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22.見た目の幸福 ねぇ、じゃあ見えるものにだけ縋ろうとするのはよくないこと? 見えるものばかり追い続けて、現実味のないものを恐れて、何がいけない? 幸福に行き着くとは何か。 個々人がそれは幸せだと思えば、それがすべてだ。 たとえそれが真実じゃなくとも。 それが決して、自分のためのものでなくても。 自分がそうと思えば、それはもう、幸せなんだ。 「田島。」 「…何?」 「意地になってんなら、やめとけよ…。」 「何で?オレは今幸せです、それだけだろ。」 意地だけど、否定することが出来る? 同じじゃないか。 泉だって、違うって言える? 「いいじゃん、逆に泉は今幸せじゃない?」 「棚から牡丹餅っつーんだよ。そんなん本意じゃねぇし。」 「じゃあ、オレはいらねーの?」 「…そうとは言ってねぇだろ、なぁ、それが意地ってわかんねぇの?」 「残念ながら、まったく。」 繋いでいた手に、ぐっと力が篭る。 痛いくらいの締め付けが、現実感を増してのしかかった。 目の前を歩く受けれがたいリアルに、歯車がかかるようにして。 よかったね、花井。 好きな人と一緒になれたんじゃん。 よかったね、オレも幸せだよ。 終わったんだから、もういいだろ。 もう花井のこと考えなくてすむんだから。 ね、泉だってそうだろ? 繋いだ手が、圧力を増す。 指先が白くなるくらいの痛みに顔を顰めても、泉は放してくれない。 絡まる指が潰れてしまいそうな圧迫で、でも、離れない。 いいじゃん、棚からなんとか、でも。 幸せだと思ったら、それでいいじゃん。 現実逃避でもしてないと。 前を横切る現実は、脳の奥まで届かなかった。 見た目の幸福―――目先の花に囚われていることの、何がいけないことなのか? ちょっと突発的すぎた! たぶん百花的なものを見ちゃったんだろう。 今回の田島は自信家である。 泉と手繋いでる状態で、泉今幸せでしょとか言うんだぜ。 最近こういうやたら酷い田島にも愛を感じる^^ |