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7.あふれる涙 涙は目の涙腺から分泌される体液のこと、眼球の保護が主な役割。 また、人特有の現象で、ある感情に際して涙を流すことがあるらしい 。 感情が高ぶった時、人は涙を流すという。 喜怒哀楽の、喜、哀の部分が多いと聞いた。 また痛みや吐き気、あくびなど、生理的現象に見舞われた時にも流れ出る。 感情の起伏が激しく、通常の排出で間に合わない場合には別の場所から流出するそうだ。 声に出して涙を流す動作を、泣く、というらしい。 涙の原料は、血だ。 あれは透明な色をしているらしいが、それではとても血には見えない。 成分が同じなのだと、学者は行っていた。 人間もどきである以上、自分にもその機能はある。 痛みなどは堪え、堪え切る訓練をした。 酷い吐き気に見舞われたこともないし。 強いていうなら、あくびはある。 あれは本当に生理的で唐突だから、それで瞳が潤むくらいの経験はあるけれど。 だから本当に、稀にしか見たことはなかった。 アリエッタはよく泣く。 あれは声も出るし、大量の涙も出るから泣いているということで間違いない。 ディストも、よく泣く。 あれはいい加減いい年なのだから勘弁してもらいたいが、感情の起伏が激しいらしい。 リグレットとラルゴ、ましてヴァンなどの涙は見たことがない。 彼らは人前であくびをこぼすような人間ではないし、感情の起伏が激しいタイプでもない。 それでも彼らは人間だから、人知れず涙しているのかもしれない。 肩に乗るものが、皆一様に重たいのだから。 その点アッシュは一番、人らしい。 あくびもするし、激昂して泣いたりする。 長くいるようになってから、よくその場面を見てしまう。 いることに気付かれれば慌てて貞操を繕おうとするあたりが彼らしい。 もちろん怒りに任せて涙が出るというのも異常と言えば異常だが。 それぞれあの年にもなってべそべそする連中よりはよっぽど人間に見える。 「―――って…何考えてるんだろ、変な本読んだからだ。」 いない人間のことを考えてどうするって言うんだ。 アッシュは当の昔に、計画から外れてしまっているのだ。 そんな人間のことを考えるというだけでも、どうかしている。 どうかしている。 フォンスロットについて調べていて、目が人体最大のフォンスロットと知って。 何でなのか調べようと思って、蛇足した。 何が悲しくて仲間の人間らしさなど見極めなくてはいけないのか。 変な本のせい、嫌な任務のせい。 気が重い。 ヴァンはなぜ、こんな任務を指名したのだろう。 本当にやり合うとなった時、戦えるかどうかを試したいのだろうか? そんなのは愚問だ。 戦うしかない、敵対する者は薙ぎ払う。 それが今ここにいれて、息をしていられるための、覚悟。 たとえそれが、如何様な相手だったとしても。 依存?馬鹿馬鹿しい、首を振る。 そんな感情は知らないし、今後一切知っていこうとは思わない。 未だ、何もない。 足は進まない。 言い渡された任務はまずアッシュとの接触。 可能な限りの妨害と、今後の行動を探ること。 もう一度こちらに来るように、説得を試みること。 妨害なんて出来るわけがない、あんな奴が。 素直にこちらの言うことを聞くくらいなら可愛げがある。 気が重い。 「何の用だ、こんなことろまで。」 「何の用って、そんなの決まってるでしょ。それくらいわかってよね。」 「…御苦労なこった、無駄だとわかってわざわざ探したのか?」 そんなに足労はない。 こいつのレプリカ達は、満足にこいつを追えていないらしいけど。 こっちは一応部下もいるし、よっぽど広範囲で荒探しが出来る。 人一人見つけられない教育なんぞはしていないだろう。 今回も、すぐに連絡が入ったくらいだ。 「…別に、アンタ目立つから、やっきになって探さなくてもすぐ見つかる。」 「そうか、で?」 「でって…何?」 「要件だ、オレも暇じゃねぇ。」 カチンと来るいい方をする。 ヴァンの指令だと頭で繰り返し、一つ深呼吸。 いつもこうだ、いざ前にすると喧嘩腰で、いつまで経っても話が進まない。 二人して言い合って、馬鹿みたいなのに。 これがないだけで、むず痒いっていうのも、また馬鹿な話。 「ヴァンが、帰ってくるように説得しろっていうんで。」 「…。」 「ラルゴとかならいい誘い文句も思いつきそうなのに、なんで僕なんか。」 「で、ヴァンに言われてノコノコ来たってか?」 「…なんだよ、何か悪いことでも?」 「…別に。」 歯切れの悪い返事。 こんな会話でさえ、アッシュがいないと出来ない。 他の面々とは会話らしい会話もしないから、ほんの数か月が、懐かしい。 きっとこの感情の正体に見当はついているのに、認めたくないのが実に自分らしい。 からっぽのまま、か。 眼前に見据えたまま、どちらも微動だにしない。 わざわざ街の外れで待ち伏せたから、聞こえるものと言えば鳥の鳴き声。 木の葉の擦り合う音、遠く聞こえる街の喧騒。 部下は下げたから、ここにはいない。 こんな時間は、いつぶりだろう。 「それだけか?」 「え…?」 「ヴァンからっていう、それだけかって聞いてんだ。」 「…。」 「言っとくが、戻らねぇぜ。」 「まぁ、そんなことはわかってるけど。」 「―――で?邪魔でもしてこいって、言われてんのか?」 「!」 「だろうな、なら、やんのか?」 唐突な展開。 確かにヴァンの指示はそうだったけど、そうするつもりは毛頭なかった。 思考の端で鞘鳴りを聴覚が捉えて、慌てて後退する。 止まる気はないらしい。 「…アンタがその気なら、僕も本気で行くよ。」 拳と剣では、相当な力量差がある。 リーチは長ければ長いほど確実に迫るし、剣は致命打に繋がりやすい。 模擬戦では、互角だった。 お互いその時はほとんど手抜きだったが、今は違う。 迫る白刃をギリギリで避け、誘いこむ。 一線上で切り合う、すでにあちこちから出血している。 お互いに無傷ではない。 得意な位置で切り込むも、引かれる方が一手早い。 間を置かずに、譜術。 フォンスロットを全開にして、詠唱なしで繰り出せる禁譜を唱える。 威力はあるが発動がアッシュを捉えきれず、空を凍てつかせた。 前方で音素の動きを感じ、今度は上空に熱気。 得意の譜術を降らせてきたとみるなり、こちらも後退。 一定距離を置いて、大気の刃で吹き飛ばす。 押し合いの爆風を抜けて、アッシュが突きの態勢を見せた。 あの位置からなら、こっちの詠唱のほうが早い。 禁譜の氷では迎え撃てない、風の音素をありったけ集める。 頭上に具現する雷の刃が、バリバリと耳障りな音を立て始めた。 「雷雲よ!我が刃となりて敵を…っ!!」 猛突してくる、焔。 詠唱が終われば、彼は―――。 鈍い音。 「…何で打たなかった。」 「…アンタこそ、何、ギリギリのところで急所外してんの…?」 真後ろにあった、木。 アッシュの突きを受けるには体が軽すぎて、不様にも飛ばされた。 終わると思ったのに、傷はまったくもって浅い方。 木に突き立てられた剣は、肩の肉を裂いたくらいで終わってしまっている。 本来は、心臓を狙っていただろう、切っ先が。 もちろん肩の傷も重傷だが、すぐヒーラーに見せれば問題ない程度だった。 それより、も。 無造作に剣が引かれ、地に投げ捨てられる。 切れたばかりの傷口から剣を伝い、鮮血が地面をどす黒く染める。 どちらからでもなく、触れる。 すぐ首筋に縋りついて、アッシュの腕が、背に回される。 どうしようもない衝動。 一瞬体を離すなり、間を置かず唇を奪われた。 ただ触れ合うだけのそれは、何故か胸を締め付ける。 飽きもせず、抱き合い、口付け、また抱き合う。 放っておけば、死んでしまうかもしれないのに、お互い。 あの時放ったタービュランスは、確かにアッシュの腹を掠めていた。 溢れ出る量は、お互いあまり変わらない。 すぐに治療すればいいのに。 今、ここで死んでしまったって―――。 世界に復讐するため、自分の存在意義を、全否定する極論。 それを、受け入れてしまいそうな、リアル。 「…ヴァンの野郎…わかっててお前を寄こしたんなら、本気で許せねぇ…。」 「僕はもう、いい、…その、会えたし、アンタと…。」 「…その点だけは感謝しといてやる。」 「…ねぇ…。」 「…あ?」 「戻って、きてよ…僕が、本気でそう思ってる…から…。」 「…バカ野郎…。」 見つめ合う顔が、切なげなものに変わる。 この高ぶりは何なんだろう。 「帰れねぇよ…オレだって、本気でやってんだ…世界を滅ぼす片棒なんか担げねぇ。」 「…。」 「だから、お前が来い…!」 「…なっ…。」 「このままヴァンの元にいさせるなんて出来ねぇ…!」 ぎゅ、と音がするほど強く抱きしめられる。 力強い抱擁は、息苦しくも何故か、幸せだと感じた。 初めての、幸せ。 行きたい、と同時に思い出す。 愚かしい生、預言なんてもののために生み出されたただの肉塊。 代用品ですらなく、不必要と捨てられるだけの、生。 復讐する、そんな世界に。 預言を尊ぶ人々に、復讐する。 どす黒い感情。 自分、存在理由。 預言を憎み、復讐する。 それがなくなってしまったら、自分はどうなると言うんだ。 体を、押し返す。 嫌ならこうすると、アッシュに教わったその動作で。 「シン…っ。」 「捨てられないんだよ…!復讐を…!!」 「………。」 「振り返らずに行って…30秒してそこにいたら、今度は本気で殺る…っ!!」 俯いて、吐き捨てるように、叫ぶ。 1、2、3。 4、5、6。 時間は進む。 20を切ったところで、彼はようやく動き出す。 俯いたシンクの頬に手を添えて、上を向かせた。 ほんの一瞬、触れるだけの口付け。 一瞬で離れると、アッシュはもう振り向きもせずに駆けて行った。 その背はどんどん距離を開き、ついに、消える。 傷口が、やたらと熱い。 のどに何かつまっているような、息苦しさ。 胸が痛い、目がちりちりする。 痛みに顔をしかめて、肩の傷口を抑える。 ぱた、と。 地を濡らすそれは、身に覚えのない、液体。 次第に数を増やすそれは、自分の眼から零れていることに、ようやく気付いた。 血も止まらない。 ―――涙の原料は血。 「…なら僕は今…全身で感情を表してるのかな…。」 空はいつしかどす黒く染まり、ぽつりぽつりと雨を散らす。 初めて零した涙は、大粒の雨に消されていった。 いつのまにか、からっぽでなくなっていた自分が。 ようやく、何かを欲する気持ちを、手に入れていた自分が。 誰かを愛し、傍にいたいと思う、その気持ちが。 血となり涙となり、消えていく。 あふれる涙―――いつしか信じていた愛を、気付けば突き進むカタストロフ。 END ホントはA部屋に格納する予定の作品でした、タイトルはカタストロフィーで。 そっちで書いたほうはちょっと自分的に納得いかなかったというか、捏造過ぎたというか。 書き直そうかなーって思ってる時にいいお題を見つけたので便乗。 タイトルは気合いれてたのであおりに放りこんでみました。 こういうぐだっぐだな悲恋が好きです、そのうちアブソーブゲート再会編を書きたい。 満たされかけていた器をヴァンのせいでひっくり返すことになり、また空っぽになってしまったというお話。 その後シンクのヤンデレっぷりに磨きがかかっていきます。 ちなみにお題5のいつかの景色の前提となっているお話でもあります。 流れて的には、A部屋の罅割れと、埋めて固めての続編、アブソーブゲート編(未完)を挟んでいつかの景色となります。 出来ればエルドラント最終決戦編を書きたいところ。 で、最後は捏造ED編です(ぁ たぶんお題の中では書けないと思うので、様子見つつA部屋用に書いてみます。 伯繽葬キぇっ; |