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5.なけなしの勇気 どんな人間よりも臆病だ。 今の自分を、そう評価することしか出来やしない。 ありえない、ありえやしない。 でも怖い。 なんて憶病なんだ。 知ったことか、そんな言葉を吐けていた頃があったなんて思えない。 わかっては、いる。 今も、彼が自分を裏切らないことなんてわかってはいるのに。 でも、怖い。 殺されたって、おかしくない。 そういう感情こそが裏切りだって言うの、分かっているのに。 彼は拒まないし、その意思を否定したりしない。 でもそれは従僕として虐げたが故の反応で、本来は拒んでいいはずのもの。 それでも求めてしまうのは、彼を従僕などとして見ていないからだと思う。 明日はそんなに、忙しくない。 むしろ、明日は何もない。 切迫した状態であることには間違いないが、今日を含めず二日間、ここで足止めを食らう。 アルビオールの不調、が一番の原因。 二番目は、ジェイドが今手にしている資料をまとめておきたいと言い出したこと。 場所はケテルブルク。 ジェイドは資料をまとめると、ネフリーのところで資料作りに精を出している。 曰くグランコクマですれば、陛下の妨害に耐えられないであろうとのこと。 女性陣は、日頃の疲れで荒れた肌を癒すとかなんとかで、一階のスパに行っている。 そもそも、女性陣とは部屋は別。 ご飯時以外は、顔を合わせないと言っても過言じゃない。 ネフリーの好意で、部屋はタダ。 この三日間は、羽伸ばしが出来る。 聖獣と名高きチーグルも、今は女性陣とともにスパに行っている。 あれは自ら泳げないと豪語しておきながら、あの程度であれば水も好みらしい。 だから、部屋には二人きり。 ガイと。 彼は椅子に腰かけて、さっきから熱心に本を読みふけっている。 ついこの間シェリダンで手に入れたばかりの、音機関の本。 実物を目の前にすれば子供のようにはしゃぐくせに、本を読んでいる目つきは真面目そのもの。 偏執狂の香りなど、どこにもしない。 じっと見ていても、飽きない。 それでも、男には限界というものがある。 最後にシタの、いつだっけ。 髪を切る前は、数えきれないほどした。 でも、髪を切ってからは―――? まず、自分から誘ったのが一回。 そのあと、シテない。 直後、テオルの森で六神将に襲われ、それから判明したこと。 ガイはオレを、憎んでる。 父のこと、ホドのこと。 ガイはそんなことないと言ってくれた、今は憎んでないとも。 欲求に正直だった自分は、散々酷いこともしてきた。 特権に物を言わせて、力付くで抑えつけて。 でも彼は文句ひとつこぼさず、従ってきた。 恨まれていても、まったくおかしくないことをしてきたのだ。 それがルーク自身の、愛情の裏返しだったとしても。 やり方を知らなかった自分は、ただ虐げ求めることでしか、愛を表現出来なかった。 だからもちろん、他の誰かに手を出したことはない。 ガイがホントに好きだから。 酷いことするのもガイだから。 ガイなら何をしても許してくれる、そんな甘え。 でもそれが、演技であったとしても、おかしくない。 いつ寝首を掻かれてもおかしくない事情がそこにあって、それだけの理由があって。 だから切羽詰まった状況でも、声をかけれなかった。 ぱら、…ぱら。 一定間隔でめくられるページ、回数は多くなくて、ページは進んでいない。 不意に、彼は盛大な溜息を洩らして、ぐるりとこちらを振り返った。 「…どうした?ルーク、さっきからじーっとこっち見て。」 「えっ、えーと、気づいてたのか…?」 「そりゃ気づくって、穴が開くほど見つめられるってのはこのことだな、ホント。」 「え…ぁ、…ゴメン…。」 「…ホントにどうしたんだ?」 したい、したいって目で、じっと見ていたなんて。 気付かないはずがない、彼には何度なくそういう視線を送り続けてきたのだ。 欲深い目が、見極められないはずがない。 知っているのに、そんな風に困ったように笑わないで。 本をぱたりと閉じて、体をこっちに向ける。 組んだ足、机に載せた腕で頬杖。 そういう一挙動でさえ、誘われているような錯覚。 ダメだ、そんな目で見たら。 「べ、つに…なんでもねぇよ…。」 「ルーク、オレにそんな嘘通じるとでも思ってんのか?」 「う…いや、そうじゃねぇけど…。」 乗ったベッドが、気まずげに軋む。 正直に言えてしまえば、言葉の通り身も心も楽にはなるんだろうけど。 ためらっているうちに、ガイは体を預けていた椅子から体を離す。 身軽な動作ですぐ傍までやってくると、ベッドの縁、ルークの足元に腰を落とす。 「…で?大親友のオレに…あ、下僕か。」 「なっ、だから下僕とかじゃねーって!」 「んーじゃそれは置いといて、話せねぇって?」 「…う…。」 じ、と腰を屈めて見上げてくる仕草は、よろしくない。 男として、は。 「言っとくけど、ルークが言わねぇならオレからは何もしないからな。」 「…へ?」 「誘ってやるなんて思うなよ?」 やっぱり、分かってる。 に、と笑みを浮かべる。 ホントならすぐにでも、押し倒してしまいたいのに。 ―――誘わないなんて、冗談もいいとこだ。 喉を鳴らしても、決心はつかない。 そうしてここにいることだって、彼から従僕の精神が消えていないからだ。 仕えているから。 そんな気持ちを、持っていて欲しくない。 対等でありたいのに、ガイは平気で下僕だ何だと口にする。 だから恐れてしまうのに、拒絶されること。 怖い。 なんでこんな風に、小さくなってしまったんだろうな。 強気でいられた自分なら、どうする? 違う、あれじゃあダメなんだ、あの姿は、もっともっと傷つける。 違うこと、もっと、大事にしたい気持ちが伝わるように。 口にすればいいだけなのに、その時間はとても長く感じられて。 「…ルーク?」 「…下僕とかって、言うなよ。」 「…ん…。」 「…自分のこと、オレ、そんな風に言われんの嫌だよ。」 精一杯の、有様。 なんて情けないんだろう、俯いて、目を合わせることも出来ないで。 あぁ、またヘタレって思われるんだろう。 実際自覚があるだけに、本当に嫌だ。 なけなしの勇気、全然足りやしないとわかっていても。 「言ったら嫌そうにするくせに、なかなか嫌って言わねぇんだもんな、お前。」 「…ぇ?」 「下僕とか、ずっと思ってるくせに言わないから。自分で嫌だっていうの、待ってみた。」 自惚れかなー、なんて。 笑顔で告げる、ガイ。 「オレたち、もうずっと前から対等なんだぜ?」 「意地悪ぃ…。」 「仕返しくらいしねぇとな。」 「…酷いことばっかしたもんな…ゴメンな。」 「バッカ、お前そりゃ。」 ―――愛情の裏返しって奴だろ? 「…ガイはなんでもお見通しなんだな…。」 「当たり前だ、ホントに嫌な奴に寄り添ったりしねぇよ。」 「…バカやろ、覚えてろよ。」 「望むとこ、…お手柔らかに。」 一番のしかかっていた懸念が、消えた。 こういうのも悪くないな、出来るだけ大事にしよう。 それはきっと、簡単なこと。 なけなしの勇気―――小さな、たった小さな一言が壊れていく日常の鍵。 END そいえばうちのサイト作ってから短髪ルークって書いたことなかったな。 ずっと書きたくて放置してた、短髪ルークの自称下僕葛藤問題。 ちょうどいいお題があったので取り組んでみました。 ガイ様はルークが嫌な顔するんで、自主的に言い出すのを促すために下僕下僕と自称するのかと。 ヘタレな旦那を持つと大変だね、頑張れ奥様(ぇ |