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それはあくまで擬態したものであり、本質とはかくも遠く離れたものである。 たびたび少年は憂いに浸るが、それこそが本質であることにはたとして気付くものがいるのだろうか。 かくもうまく化ける彼は日々満足げに憂い、麗しきその面をただ端正に歪める。 まるで一時の享楽など端から受け付けもせず、あるいは、滑稽なものでも見るように。 少年は憂鬱 「あっれ、阿部じゃん。何してんの?」 むしろ何でお前がここに来てるんだ、オレよりよっぽど違和感あるじゃねぇか。 ここをどこだと思ってやってきているんだ。 西浦には形ばかりのマルチメディア室が存在している。 授業に使う頻度も少ないがために、放課後、情報処理部だかなんだかの活動時程度が主な使用用途。 昼休みには解放されているが、教師が覗きに来ることもなければ、生徒が利用することなどほとんどない。 そういう意味では穴場だが、あまり人が来ないのは立地条件と、ありもしない噂話。 立地条件というのは校舎の一番上、一番奥のまったく人気のないところで、利便性は皆無。 さらに噂話というのは、よくある手の怪談。 それもつい最近から流れ始めたもので、さらには憂鬱な事件も続いているせいかまったく人は来ない。 教師ですら、気味が悪いと近寄りたがらないのだ。 しかし一応形ばかりは機械を扱う部屋なわけで、冷暖房は完備されているし、静かだ。 一時格好のサボりポイントとして重宝されていたが、今はその影もない。 オレがここにいるのはその居心地のよさ故だが、いきなり扉が開いた時はさすがにビビった。 調べ物やら課題やらに没頭していた時だ、もちろん頭には滑稽な怪談話がこびりついている。 怪奇現象なんざ信じてはいないが、IFを想像するのは癖のようなもので。 そこに突っ立っていたのが知り合いでなければ、それこそ恥になるほど肩が跳ねた。 ―――その知り合い、田島はオレの顔を見るなり不思議そうに首を傾けたまま静止していた。 昼休みに、増してパソコンなど一切の興味もなさそうなコイツが。 逆に何でお前にここにいること問われなくてはならないのか。 「つーか、お前が何してんだよ。」 「べつにー、暇つぶし。」 「…あっそ。」 怪談話や怪奇現象の類にビビるようならまだ可愛げのある奴だった。 変に構えた自分が馬鹿を見ているようで、視線をディスプレイに戻す。 虚ろな文字列。 課題はなんら問題なく終わり、暇が出来たからなんとなく開いたページ。 閲覧履歴に残っていたのはどこも小難しい政治討論やニュースをまとめたサイトばかりだ。 どこも言い回しは厳格で、とにかく一高校生の見るような文章ではない。 教師辺りの使った後だろうか、そこまでの推測は出来ないが。 無論この程度の言い回しが読めないではやっていられないので、ちょうどいい暇つぶしにはなる。 田島が何をしに来たのかはしらないが、暇つぶしになるようなことは考えてやれない。 流すように文字を追っていれば左手に気配を感じ、それが田島であることは明白だろう。 アイツの行動をいちいち追っていては心労がかさむだけ。 不必要に干渉し合うと面倒なのはわかりきっているから、出来うる限り放っておこうと思った。 が、田島は何を思ったのかオレの手に自分の手を重ねて、マウスホイールを回し始める。 「うぉ、活字だらけ。」 「…んだよ、テメェ見てもわかんねぇだろうが。」 「何見てんのか気になっただけじゃん。」 わかるわからないについて返答はしないのな。 すぐにパッと手を離して、いつものような能天気な笑顔。 ――――だけどその眼が、ディスプレイを除く瞬間、ぐっと細められたのを見てしまった。 もちろん目が悪いからじゃないだろう、コイツの視力の良さはお墨付き。 いつもそう、何考えてるなんてわかりゃしない。 コイツの言動はいつも空っぽのようで、鉛でも埋め込まれてるみたいに重く感じる。 「むつかしすぎてわかんねーよ、オレ、頭全然だし。」 それならそれで別にいい。 詳しく突っ込んで聞きたいとは思わない、コイツと深く関わるのは―――恐ろしい。 唐突にオレの座る椅子の横に座り込んで、背を椅子に当てる。 特に何をしだすでもないから、オレはまたディスプレイに目を戻した。 極めて政治的でありながら、しかし偏った見解であり、歪められた思想である。 先の死刑制度撤廃の云々の先入観から民衆はマスメディアに踊らされ―――。 読めば理解は出来るが、こんなこと長々討論して何になるんだろうか…。 日々を生きることに必死な人間としては、討論している暇があれば実行してほしいもの。 「―――そこ、オレのとくとーせきだったんだけどなー…。」 「…あ?何だって?」 「だからぁ、そこがオレのとくとうせきだったんだって。」 「…ここのことか?」 「そう。」 「なんでお前、こんなとこ来てんだよ。用でもあんのか?」 「別に、暇つぶし。」 話をしながら、もう一度履歴のフォルダを開く。 日数を遡れば、辛気くさい事件が始まったころからこの重苦しいページへの足跡が残っていた。 もちろんのことだが、スタートプログラムのところにゲームの類が起動された形跡はない。 本人はこのページを見ていることに全否定のようだが、―――言葉に遊ばれている気がする。 癪に障る、そういう態度は気にくわない。 とはいっても、癪に障るというだけで、何があるわけでもない。 どうこう言おうが、知ったことじゃない。 ほざいてろ、ということだ。 何をしようが知ったことではない。 とがめる理由はない、ただ気にくわない、ただ気になる。 たったそれだけだ。 マウスホイールを回し、ページをめくって字を流し込む。 ここ近年のメディア批判文は過激なものだが、暇つぶしが出来る程度の面白みはある。 あくまでも知識としての吸収。 話の流れに意味を持つのではない、あらゆる場面で、知を振るうための。 しかしまぁ、よくこれだけのモノが書けるもんだ。 たかだがネットの批判文で、公になるが人目につくものでもないのに。 政治家のメディア戦略の賜物、遺伝子組換え、死刑制度。 メディアに踊らされる日本人は酷いもんだ。 誰もかれもテレビが新聞がラジオがこう言ったからと信じ込む。 何でそれが真実とはかけ離れているかもしれないことに気付かないのか。 「遺伝子組換え、ね…。」 ついぽつりと口にしてしまうほど、何かしら感慨があったわけではない。 ただ目で追っていた言葉を口にして、噛み砕いてみただけ。 巷を大いに騒がせたものの代表格に違いない。 といってもそうと言うだけで、興味心をそそるものではない。 これもメディアに踊らされているものだとわかってさえいれば―――。 「…あんなん、マスメディアが勝手言ってるだけじゃん。」 不意に耳を打つ小さな声。 「本質も知らないで騒いでるだけじゃん。」 「…あ、ぁそうだな。」 「馬鹿みてぇ、何がイケナイのか考えもしないで悪い悪いって。」 「…。」 「メディアに踊らされて馬鹿ばっか…あ。」 「…あ、じゃねぇよ…なんだこれ…。」 唐突に口を抑えて、田島が振り返る。 目の色は、動揺が見えているようで、そうでもないようで。 なんていうんだろう、この目の意味を理解出来ない。 何でこの、馬鹿の筆頭がぺらぺらと口を回す? 「あ、ほら、うち、農家だから、そういうの敏感っつーか。」 「…そう言う問題じゃねぇ。」 それで納得する奴もいるんだろうが、あいにくとオレはそうはいかない。 あの口調は農家だからとか、そんなものを一掃させる思念がある。 オレの返答に田島は一つ盛大に溜息をつくと、―――釣り眼を細めて、睨め上げてきた。 普段の感情を一掃させる、冷たい視線。 「阿部と話してるといっつもこうなりそうだったんだよなぁ。」 なんのことだが。 ―――こっちが本音でいいってことで? 「そんな感じ。」 信じられん。 あの馬鹿が。 とはいうものの、実際わからないでもない。 コイツは正真正銘の天才だ。 聞くところによると、履歴は間違いなく田島のものらしい。 驚くことも多いが、納得は出来る。 天才、その一言で片付いてしまうから。 ホントにとんでもないやつだ。 「でも、それホントに暇つぶしだかんな?」 「あぁ?」 「そんな話、考えれば思いつくじゃん。」 「…。」 「そんなものに、熱上げるほうが馬鹿げてる。」 「田島…?」 「熱に浮かされてるだけなんだよ。」 嘲笑だ、冷笑だ。 全貌を知る目は、冷やかに笑う。 そうか、コイツは知ってるんだ。 盛者必衰という言葉を、体の芯から知っている。 誰よりも現実を知っているから、誰よりも馬鹿にしているから、誰よりも愛している振りをする。 まるでキュニコス学派だ。 いや、それよりももっと歪んだ彼らは、キニカルに挑発したりなどしない。 彼らは何よりも真実を肯定しているから、「世界など所詮そんなものだと」言ってのける。 田島は双方とも持っているようで、それはまるで、分裂症の患者だ。 誰よりも未成年だと思っていたのに、誰よりも早く、未成年を脱した存在だったのかもしれない。 「―――でも、阿部はそう思わないだろ?」 「…あ?」 「恋愛も夢も、阿部はちゃんと楽しめる。」 「…一時の幻想だって、切り捨てたりはしねぇな。」 「オレ、超可哀想な奴だと思う?」 思うな、世界を嘲笑うことしか出来ないんだ、不幸だとしか言いようがない。 そうなってしまった理由もまた、天才だからなのだろう。 化けの皮を被り、自分を信じる世界を踏みにじる。 可哀想だとしか思えない。 何よりも好きだっていう連中がいるにも関わらず、愛やら夢やらを一刀で切り捨てるんだから。 ―――報われない連中だ。 どうりで、あてもない三角関係なんぞに身を投げてると思った。 中核のコイツがこんなじゃ、割り切るしかねぇわ。 「誰と何したって、好きだとか言ったって、夢見てるだけ。」 「…まぁ、お前にすればな。」 何にしろ、達観に至るには何らかの理由があったんだろう、と懸念してみる。 そんなことはもちろん当人にしかわからないわけで、オレは想像するしか出来ないわけだけど。 阿呆らしい、何でオレが田島のことで頭を悩ませているんだか。 気にかけないわけではないが、本人は不遇していない。 ならば気にかけることでもない。 「誰にも言うなよー、特に花井と泉な。」 「言ったら?」 「二度と三橋の顔、拝めないようにしてやるよ。」 そんなことあっさり言うなよ、お前ならホントにやれちまいそうだから。 もちろん言いふらすつもりなんざない、不利益だ。 「―――お前、性欲に敏感なのってそれが理由?」 「あーかもね、一番分かりやすい話じゃん。」 欲求が満ちるのは一瞬だ、それを人の衰退に見立てて楽しんでいる。 なんて思想だ。 「別に、してもしなくても、どーでもいいんだけどね。」 「お前からそんな言葉が出てくるとは思わなかったな。」 「そういうふうにしてるんで、思われてたら困るよ。」 「――――なぁ、オレとシタら忘れらんなくなったりしたら、どうする?」 何でそんなこと言っちまったのかはわからん。 ただ唐突に、考える間もなく、言葉が口をついた。 はっきり言って、らしくない物言いだったかもしれない。 「―――らしくねぇ、何も考えないで言ったろ、今。」 おぉ、バレている。 「――――でも、面白そうだ。」 「…マジ?」 「シテみろよ、どうせ忘れるに決まってっけど。」 そう言われたら、男としてはプライドが廃るわけで。 本能のままに顎を掴み上げ、オレはシニカルに笑う口元を貪った。 ―――だって、一度きりのものって結局、覚えてられないよ。 少年は知っているのです、世界があまりにも馬鹿馬鹿しいことを。 愚かしくも高望みした少年は、世界を知ってしまったが故に少年ではなくなってしまったのです。 少年の荒いため息は、憂鬱。 END わかった、うちの田島はシニズムなんだ。 花泉田、阿三・前提阿田。 あんまり病んでないように見えるけど、田島が賢いってそれだけで病みな気がしてならん。 でも田島って素は賢いんですよね、あれ。 なんたって天才ですからね、頭の作りが根本的に違う。 野球って動けるだけじゃダメだもんね。 世界そのものを冷笑する田島はスケールが違いすぎて愛しいので、こういう阿田は好きなんだけど、話が高尚過ぎて無理私には! 実は天樹様に捧げた相互記念「芙蓉は堕ちる」とちょっとリンクしてたりします。 ホントは表におこうか迷ったんですが、こんな田島はダメな人も多そうだということで隔離; 初アベタジ作品が浮気ものとは…続くかもしれんです。 |