※ いつもよりグロ成分が強い希ガス。





















ある日の通学途中、ふと視線を向けた先には一羽の鳥と、細身の猫の姿があった。
天敵同士とまでは聞かないが、猫と鳥…それはおそらくカラスで間違いないのだろう。
その二種の動物は、決して仲がいいはずではない。
けれどその二匹は互いを傷つけあうでもなく、ただ道の端のガードレールの下で、寄り添いあっていた。









サイレント









嘘、ついてる?
ついてねぇよ。ホント。
そもそも嘘をさ、付きたいわけじゃなくてさ。
けど泉は、オレには平気で嘘つくよ、間違ってる?
…うーん…。

語弊かある、あくまでも田島のタメの必要措置であって。
煙に巻きたいとか、からかいたいとか、やましい思いはないんだが。
田島が勝手に勘違いしてるだけで、田島に実害のある嘘なんかついたことないのに。
…語弊があるか。




「んで?それがなんて?」
「あ?何って…。」

「猫とカラスが、何?」




…何、と、言われると。
ただそれが非常に気になっただけであり、特に意味はない。
雑談のつもりだったのだが、田島はそれがお気に召さなかったようだ。
ここ最近、またひねくれの度合いが上がってきている気がする。




「猫とカラスが何だって言うんだよ。それ、何かおかしい?」
「…は?」
「その現象って、何かおかしいかって。」




そう言う田島の問いかけに、オレは次の言葉が出なかった。
目を細めて、それこそ馬鹿にしたような様子で、田島はじっとオレを見ている。
言うことに欠いて、




「…普通はおかしいもんなの。」




田島はふぅん、と興味を失ったようにして、また人の膝の上で寝がえりをうった。
遠くに昼休憩の終わりを告げる予鈴が聞こえるが、田島が動きだそうとしないのでサボリだな、と呟く。
話す相手を間違えたなぁ、とか。
とりあえず次は誰に話してみるか、とか考えてみて。
たぶん一番普通な反応を返して来そうなのが花井だろうな、というとこに行きついて、考えるのを止めた。

5限の教科担当に怒られるのが何回目か忘れたけど、相変わらずこの教師はオレに田島を甘やかすな、と言ってくる。
それは無理な相談だ、と思いながら適当に聞き流して今日も部活だ。




「いずみー。」




職員室の扉を閉めるなり、後ろで自分の名前を呼ぶ声がする。
振り返ると、そこにはいつものようにニコニコと笑顔を浮かべた水谷がいて、ひらひら手を振っている。





「どしたの、泉が職員室って珍しいねぇ。」
「そーか?田島の関係でしょっちゅう行ってるけど。」
「でもそれって泉自身のことじゃないでしょ?だからおかしいなって。」



いつにしたって思うんだけれど、コイツらの着眼点がどこについてるのか理解できない。
部室へ向かいながら水谷と適当な会話をしていれば、いつしか金属が固いボールを打つ音が耳に付き始める。
オレが職員室に行ってる間にも田島はさっさと部室に行ってしまう。
教師も、田島には言っても聞きゃしないこと分かってるから、オレしか呼ばないわけで。

もう直に部室につくというところで、オレはふと昼の話を思い出して、足を止めた。




「なぁ、今朝のことなんだけどさ。」
「ん〜…?」
「猫とカラスが、寄り添ってたの見たんだ。」
「うん。」
「道の端だったんだけどさ、ガードレールの下でさ…。」




「寂しかったんだね、きっと、一人は辛かったんだよ。」




オレにそう言うなり、水谷はいつもとは違う調子で笑った。
掴めない風が流れて、その笑顔を崩してまた違う笑みを浮かべる水谷の顔を一発でいい、殴ってやりたくなる。
それが荒んだオレの頭には、あまりにも正論だったからだろう。
また殴りたそうな顔してる、と水谷が言った。
それで殴らせてくれんのかよ、と内心で呟きながら、溜息が洩れる。





昨日の帰りは、その道を通らなかった。
どうもその組み合わせを見ると何をしでかすか分からなかったというのもある。
翌朝、いつものように道を選んだ時には、そこに奴らの姿はなかった。
雲が広がり、暗い朝だった。

何故か、言い知れぬ不安がそこにあった。

昨日のガードレールの下には、何もなくて。
そこには何も、なくて。
朝練は今日、ないからゆっくり。
自分の家の前でオレが来るのを待ってる田島を迎えに行って、短い距離を一緒に登校するのに。
そんなこと忘れて、オレはそこに立ちつくしていた。

いや、けどそんなことしていたって、意味はないはず。
何故か額に浮かぶ汗を拭って、いつもの道を行こう、その時だった。

道の対岸を渡るガードレールの下で。
















「学校サボって、何してんの?」



田島の声で、ようやくオレは顔を上げた。
朝から広がる雲が雨粒に変わってからもう、どれくらいの時間が経っていたんだろう。



「電話も出ねぇし。」
「…あー…うん…、悪い…。」
「体調悪ぃの?」
「…違う、と思うけど…ぁ…でも今はちょっと悪い…。」



通勤ラッシュが終わったその道は、今や車はほとんど通らない。
濡れた音の合間に、田島の声がする。
どうしてここに座り込んでいたのか、自分が分からないけれど。



「猫、撥ねられた?」



その瞬間を見たわけではなかったけれど。
道路に広がる赤黒い筋に、鳥肌が立った。
くすんだ赤い色の上を走っていく車、血溜まりから伸びる筋に。



「泉が動かした?」

「…違う。」

「…じゃあ、ソイツ?」

「知らねぇ…。」

「…。」



それ以上は何も言わず、血で赤黒く染まっていたオレの指先に手を重ねた。



猫の躯のすぐ傍で、カラスが一匹、悲しげに佇んでいた。
小さい猫の骸を見下ろして。
埋めて上げる?ホントは保健所に連絡しなきゃいけねぇけど。

田島の声に、すぐに自分が動けなかった理由がわかった。
どうしていいか分からなかった。

指先だけ触れて、怖くなった。

命の消えた体、乾いた血が。



「泉、行こう。」



骸の上に乗ったオレの指を払って、田島はその小さい骸を抱き上げた。
両手から少し溢れる猫。
抱きあげられる姿を見て、その先に視線が動く。
田島は珍しく小さく笑って、さらにオレを促した。
何も言えないオレはただ立ち上がって、田島の後を続いた。
カラスは、その場から動かなかった。



猫の躯は、田島が埋めた。
どこの敷地とも分からない空地の片隅に。
これが見つかったら大事になるかもな、とこぼしながら田島は手を休めなかった。
濡れた地面を素手で掘り返して、そこに骸を横たえながら。
泥にまみれた指を払いもせずに振り返る。

学校、遅くなったけど行こうな、と言う。
適当に頷いて、田島の後を追った。
元の道に戻ったその先で、カラスは今も微動だにせず、待っていた。

車は通らない。
静かな道のど真ん中を、田島は躊躇なく渡って行く。

カラスの傍にしゃがみ込んで、しばらく同じように佇んでから。



「お前ももう、ここにいちゃダメだよ。」



カラスに通じるわけもないのに、繰り返す。
早く行け、とか、そんな言葉で。
いたたまれなくて、声を上げようとしたとき。



「お前もここで死にたいのか。」



言葉とともに、色が落ちる。
ようやくカラスは、よたよたと動き、飛び去った。
はばたきの音を遠くに聞いて、田島はようやく立ち上がる。



「…ヤだったろうなぁ、ここにいたかっただろうけど。」
「ぇ…。」
「撥ねられてたら、また明日泉がそんなになっちゃうし。」



だからもう、学校行こうよ。
そう言って、田島は泣きそうな顔で笑う。
我慢していたものが堰を切ったように、オレの涙腺すら、崩壊させた。

よくあることだよ。
動く鉄馬車だから。
田島が繰り返し言う言葉が、息を詰める。
どうして奴らは、寄り添ってなんかいたんだろう。

声がそこには、ないのに。





サイレント―――無音の寂しさは車輪に消える。











それが日常だなんて、誰が許すもんか。
と、一人毎朝追悼式。
人の死と何も変わらないはずなのに。
いつもよりグロ成分が高い希ガス。