引いていたから見つけられなくて。

押そうとしていたから、開けられなくて。

引いても押してもダメな時、オレの神様はこう言いました。

馬鹿野郎、お前の器はそんなもんかよ、と。






眩暈もただのガラクタであれば 8 ―Dizziness Rain T―






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人の受け入れるよ、なんて言葉を信じようなんて気になったのは、いつぶりだろうか。

もうあの瞳に恐怖はない、どこにも。
嘘はない。
どこにも、もちろん、疑っていたわけじゃないけど。

話してしまえば、失うに決まってる。
水谷は、いなくなってしまうだろうから。
ううん、知らなくてもいい世界なんて、山ほどあるからこそ。
知ってほしくない、そう思って。

だけど今なら、話せる。

初めはこれを機に、水谷との距離を明確にさせようと思っていた。
傷つけるがために、話すつもりでいた。
でも、今の水谷は、オレのそんな言葉で泣いたりしない。

幻滅して、逃げたりしない。





「―――田島から、大体のことは聞いた?」

「だいたい、ね。でもさ…ちゃんと栄口の言葉で聞きたい。」

「…うん、話す、全部話すよ。」





端折った方が早くていいかと思ったら、そうではないみたいだ。
結論は急がない、そういう姿勢は、水谷らしい。
少し離れた位置、オレだけ座っていては悪い、長い話になるだろうから。
す、と手を差し出すと、頭上に疑問符を飛ばし始める。

手を重ねるなんて、仮に恋人であれば当然の行為だ。
水谷、ごめんね、ホントにごめんね。
放り出され手を取って、緩く引く、簡易ベッドとは言え、二人くらいは余裕で座れるはずだ。
意図に気付いたらしい水谷はようやく足を動かし始めて、オレの隣に腰を下ろした。
手は、離さない。
きっと今までの水谷なら、離さないの?とか、オレがそれを望んでいると思って、聞く。

もう、そんな言葉は必要ない。





「母さんが死んでから、家は酷く荒れたことがあるんだ。」





物々しい口調には、ならないように気をつけて。
出来るだけ、過去のことであるように。
だけど、今もあることだと、気づいてもらえるように。





「まだオレ、小学生の時ね。オレ自身もすごいショックで、姉さんも弟も、父さんも、酷かった。」

「うん…。」

「母さんがいなくて、家の流れ自体が淀んでね。」





父さんはまず、姉さんに母さんの代わりを求めた。

オレは幼いながらに姉さんだけにはあまりに重いことを悟っていて、必死で姉を手伝った。
母と違う家事をすれば怒り、比べる。
姉は中学生で、反抗期のまっしぐらだった。

ある日、父さんは求めてはいけないことまでも、姉さんに求めた。





「もうね、オレが中学に上がることだったんだよ?」

「3年以上、経ってる…?」

「そう、なのに家は一向に治まらなかった。」





もちろん姉さんは酷く傷ついて、家を飛び出した。
酷いもんだった、弟とオレと、父さんの世話をして、自分のことなんかできなくて。
荒れたって仕方無い。
オレは姉さんを探しに行ったけど、見つからないし、見つけても姉さんは帰らないことに気付いて、家に帰った。
姉さんと父さんの喧嘩に弟は動転していて、正直、オレも酷く混乱していたと思う。

ずっとそうだった、ずっと、そうやって、混乱を必死に抑えて。
その後のことを、オレが一生忘れない。





「その、あと………。」

「弟を寝かして、オレは父さんと話をしようと思ったんだ。」





気持ちは分かる。
だけど、母さんがいなくて辛いのは父さんだけじゃない。
むしろ父さんは、オレ達を支えてくれる立場なんじゃないのか?
家のことは姉さんに押し付けて、そればっかりで。
そんなの父親なんかじゃない、ただの、身勝手な恋人だ。

なるべく静かに話したつもりだった。
反応のない父に、だけどオレ自身も、相当参っていたから。
多少強く言わないと、ダメな気はしていた。
段々と語尾を強めて、でも反応のない父さん。
さすがに心配になって、その膝元について、そして。






「―――ならお前が、母さんになってくれ、って言ったんだ、あの人。」

「………。」

「オレは男で、息子で、どうやっても、母親になんかなれないのに。」

「………。」










「抱いたんだよ、あの人。自分の息子を。」










触れている手が、水谷の手に包みこまれている。
温かい、傷を癒す、優しい温度。
目を合わせて、微笑む。
先を促したりしない、けど、止めたりしない。
吐き出してしまいたいことを、受け止める心。
水谷は、弱くて弱くて、でも、ホントはすごく強いんだね。







「オレの心は、その時完全に亀裂を生んだんだ…。







母がいれば、この家は回る。
後釜として、姉は父の期待にこたえられなかった。
鉢は回り、オレのもとへ。

抵抗を物ともしないまま、オレはあっさりと父に犯された。
ただただ、愛する妻を求める手に。

姉のいない間、家事はすべてやった。
 
ぐずる弟の狂気に気付いたのも、その頃だ。
自分の時間は惜しみなく分け与えた。

それで家族は回る、その日オレは―――



死んだも当然だ。

姉が帰って来ても、その役割が変わることはなかった。
何しろ姉は、女性の身だ。
自分と同じ道を辿らせるわけには、いかないだろう。

何が壊れていて、何を直さなくてはいけないのか。

識別できたものは、すべてやった。

ここ数年で、人づきあいが出来るくらいには、回復した。
だけど、その分だけオレは、母親としてだけの存在になっていく。
いずれ、栄口勇人という人間は、飾りだけのものになるだろう。





「怖かった、それが。」

「…。」

「もう、それは人じゃないよ、ただの、ガラクタ。」

「…っ…。」

「すごくすごく綺麗な宝石、でも存在する価値が、自分の望むものじゃない。」





父は勇人と呼ぶ、だけど発音はもう。
弟は兄貴と呼ぶ、だけどその発音は、もう。

かあさん、と動く喉。




生きていたことを、全否定する役割。
本当の母を、オレを、忘れていく重たいだけの愛情。
冒涜にも等しい愛情、だけど二人は、姉も、惜しみなくくれる。

母だからくれる、勇人として、ではなく。




足首を切り始めたのがいつだったのか、それさえもう記憶にはない。
弟が自分の体を切るのを怖がって、切らせた時からだったのかもしれない。
よく聞く話を実践しただけだ。
深い意味なんてない。
もちろん、救われた気分にもなれなかった。

溢れる血も、生きている実感にはならなかった。

だけど切り続けた、いつか分かるかもしれないと、信じて。
無駄とわかっていても、やめられなかった。

いつか、オレは―――。






「切ってるうちに、錯覚したんだよ。」

「―――お母さんに、なれると思ったんだ…?」

「うん、そう。」








この体に、母が下りてくるような気がして。

何度も何度も切りつけた。

ヨリシロとか、そういうものに。

だけど、死ねなかったんだ、心も体も。





「オレは、その時高校に上がってた。」







なんで死ねないんだろう、紙一重で生き残ってしまうんだろう。

早く早く、この体に母さんを呼ばないといけないのに。

オレの体を、明け渡さないといけないのに。





そうして気付いたのが、それはエゴだったということだ。
現実を見れば、そんなこと絶対にありえない。
ありえなくて、絶望に暮れた。

だって、オレは逃げてしまいたかったから。





「水谷と会ったのは、その頃だよ。」












白い。

第一印象。

無邪気で、疑うことを知らなくて。

すごくすごく憧れた。



オレにあるものを、水谷は持っていないんだ。



どす黒い、汚いものは水谷には届かない。
全部、消えてしまうんだ。

なら、オレはどうなる?
こんなにも汚れてしまったオレも、水谷なら―――。





「水谷は、オレが知る人間の中で、飛びぬけて綺麗だった。」









オレは、そんな水谷が好きになったんだよ―――。









初めは純粋な気持ちだったと思う。
あこがれもあった、こんなふうになれたら、と不毛に願った。
一緒にいるだけで、心が晴れそうなくらい。






「水谷に告白された時に、オレは正直に嬉しかった。」

「あれは…オレ、びっくりした、ホントに…。」

「ホントに好きだったんだもん、嬉しかったよ。」







だからこそ、―――好都合だと思った。


































この強大なまでの白ならば、オレくらい―――。
















「一瞬で、灰に出来ちゃうんじゃないかと思って。」






















普通の恋人でいれるなら、そうしたかった。

でも、それに勝る解放を望む心。

そして、切に願うようになった。







「水谷のこと、心から好きになってた。」

「―――うん。」



「だ、から…。」




































心から愛した人に、殺して欲しかった。

































もちろん、殺されるだけなら家族でも構わない。

愛した人に殺されたいと思ったのは、我儘に過ぎないのは、分かってる。



辛いことさせるの、分かってた。

水谷はホントにオレのこと、好きなんだって知ってしまって。

だからオレは、水谷がオレの言葉を信じないように。

その時、オレをちゃんと殺せるように。

ただただ、愛されないように、立っていた。





水谷に殺されることで、オレは。



































栄口勇人として、死ねるような気がしたから。

































気付くとオレは、泣いていた。
でも、水谷も泣いていた。

辛かったからかもしれない、悲しかったからかもしれない。
いつの間にか、見つめあっていて。

きゅ、と握った手も、冷たくなってしまって。




「オレの家族にとって、オレ自体は、どうでもいいもの。」

「っ…。」

「母さんがいれば、いいだけだから。」

「……っ…。」












「水谷…好きだよ…大好き……ホントに、ゴメンね。 恋人らしいこと、何も出来なかった、頭おかしくて、ダメなやつだった。」





















「そんなこと、ない!」







「…水谷…?」







ぼろぼろと零れる涙を拭って、水谷は必死で言葉を紡ぐ。





















「栄口は…!!オレの…オレの大事な…恋人だよ…!!」
















繋がった手が、強く引かれる。
バランスを崩して、それでもしっかりと、水谷の中に収まった。
優しい温もりに溢れている。
強く強く、抱きしめられて。

水谷の腕が、声が、背中が、ここにある。
強い雨のような声が、オレの乾いた心を激しく打っていく。
嘘、どうしてそんな風にオレを信じてくれるの?

オレは宝石に似た、ガラクタに過ぎないのに。








「栄口は、栄口…!」



「水谷…違うっ…オレは…!!」






「オレは栄口だから、好きになったんだ…!!」




「やめて…もう、もうそれ以上言わないで…!!」






「栄口が、大好きだよ…!」

















あぁ―――どうしてオレは、こんなに優しい人を好きになってしまったんだ。

く、と持ち上げられる顎、降りてくる唇を、受け入れる。

ほんの一瞬のふれあいのあと、水谷は泣き顔で、悲しげに、笑った。

オレも、小さく笑った。

幸せすぎる。

こんな小さな幸せを―――手放さないと、いけないなんて。























「――――栄口が望む、なら。」

「…っ…。」

















「ちゃんと、殺してあげる…。」


















「…うん…。」





















「最後に、一度だけ…栄口をちょうだい…?」
















頷く。

父のものを抱えて逝くよりも、ずっとずっと、幸せな最後だった。




見つめあって、小さく、笑い合う。





ありがとう、水谷―――――ごめんなさい。


















NEXT
















自白すると、ホントはエロシーンなしの予定でした。
受け視点で書けないということ、そういう場面ではないと思っていたこと。
ですが、あー…ありだな、と思っちゃったので、栄口サイドがやたら短いのはそれのせいですあわわわわ。

ようやく二人の心が通ってくれました、長かったです。
よーっし、エロ気合い入れるぞーっ!!