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乾いて乾いて、伸ばした手さえも枯れてしまって。 雨なんか届かない、一口の恵みもない。 ただの潤いなどに、興味はなかった。 くすんだ雨水がくれるものに意味はない。 けれど、僕は望んでしまった、気づきもしないうちに。 されど望むことは許されなかった、けど。 いずれ、枯れ果てたその、光る石。 眩暈もただのガラクタであれば ―Hope…Help you,Crazy you― ―――帰って!! あんなに取り乱した栄口、初めて見た。 怒ってたんじゃない、すごく、辛そうだった。 まるで、聞きわけの悪い子供が駄々をこねる姿に、そっくり。 メールは返ってこなかった、見てもくれなかった、かもしれない。 見ていても、返す気力もなかったのかもしれない。 もしかすると、見る暇さえ、なかったのかもしれない。 わからない、どれもこれも、ただの予想でしかない。 栄口は何も教えてくれないし、他の誰かに頼る元気は、正直なかった。 凹んでる。 凄む声で怒られても大丈夫だったのに。 嘘でも泣かせてしまったときも、大丈夫だったのに。 ―――帰って!! その一言が、衝撃的なほどオレを追いこんでいた。 恐ろしく、べっこり凹んでいた。 阿部の喧嘩腰な声も花井の心配げな声も、全部全部スルー。 田島と泉の問い詰めも、三橋のカミカミの声もスルー。 仕舞には沖や西広にもしっかりしろよって怒られてるのに、それすらスルー。 巣山にしっかりしてくれ頼むからって言われて、意味が分からないままそれもスルー。 ものの見事に、べっこり凹んでいた。 いやもう、べっこりどころの騒ぎじゃないって。 泣きはしなかったけど、呆然と、そう、灰になったような感じ。 栄口は今日も普通。 の、振りなんだろう、あれはたぶん。 それくらいのことは、なんとなくわかる。 あぁ今無理して笑ってんだろうな、とか。 わかるって言ってもオレの予想なだけで、実際はオレなんかじゃ測れない。 なんとなく、なんとなくなんだけど。 でもやっぱり、無理、してそうで。 オレはまーったく無理せず、ただ呆然と燃え滓状態を続けている。 栄口は昨日のことに何も触れないし、オレも触れるのが怖かった。 朝から一言もしゃべってない。 やる気なんか欠片もないくせに、焦れていた。 おはよう、とか、そんなやりとり、普通にしたかっただけ。 馬鹿馬鹿、昨日の今日でそんなこと出来るか。 鬱々と下がる気力、うだっているうちに時間は勝手に過ぎていく。 止まっててよ! それこそ勝手な極論が認められることはありえないわけでして、結局オレはグラウンドに立っている。 ぼんやり、まーったくやる気のない動作で。 やらなければいけないことはわかっている、もちろん。 そんなんだからクソレフトと呼ばれる、っていうか現在進行形で呼ばれている。 「ダメだな…こいつ、人の話一言も聞いてねぇ。」 「クソレ、おい、クソレ聞こえてんだろ!真面目にやれクソレ!!」 「聞こえてるってー…やるからそんな大声で叫ばないでよー…。」 「「…。」」 なんて言いつつ、無反応。 右から左とはうまいことを言う、本当にそのとおり。 数発頭を殴られたけど、多少視界がにじむくらいでやっぱりオレは動かなかった。 やる気というやる気が根こそぎ奪われているようだ。 いや、ようだも何も、やる気って何ですか?とでも聞きたいくらいの気分だ。 ―――帰って!! ぐるぐるぐるぐるずっとずっと、何度も何度も再生される。 栄口が心配なのに、近づけないでいる、自分が傷つくことが怖い、とか。 栄口のこと裏切ってるみたいだ、怖いとか、自分本位に考えてること自体が。 馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿はオレだ。 ばしばし頬を叩いてみるものの、脳を揺さぶるとエコーのように声が聞こえる。 「…重症だな…。」 「おーい、水谷、ボケっとしてるだけってのもどうかと思うぞー?」 「んあー…?」 「とりあえずさ、監督ももうずーっとキレ気味だし、倉庫からピッチングマシン取りに行って来いよ。」 「…なんで?それさっき、田島たちが行かなかった?」 田島以下二人くらい。 「帰ってこねーんだよ、栄口も一緒だから何してんのかまったくわかんねーわけ。」 「さかえぐちも一緒…?」 「そーだよ、栄口も、オラ、わかったらとっとと行ってこい。」 「うー…ん、行ってくる…。」 もしかしたら本当に困ってるのかもしれない。 あー田島と栄口で二人でしょ?あと一人誰? マシンの移動に手間取るようなことはないんだけど、不審なものを感じながらもオレは倉庫を目指した。 実際、ホントに困ってるのかもしれない。 …あれ今の2回目?うん、ちょっとさ、マジで緊張してたりする。 倉庫の入口の方に、ちっちゃく人影。 あの挙動不審な動きはもしかして、三橋? きょろきょろあちこち見まわしながら、心配そうな顔で倉庫のほうをちらちら見ている。 ―――何? いきなり不安が胸いっぱいに広がる、駆け寄って三橋の名前を呼んだ。 いつも通りびくっと肩を鳴らして振りかえった三橋が、口を開こうとした瞬間だった。 「じゃあそれ!!水谷に言えばいいだろ!!」 ビクぅッ!! 三橋だけじゃない、オレまでビビって肩が跳ねた。 この声?田島?ってか、オレ? 「簡単に言うけどじゃあ!!田島がオレの立場なら、花井に言えんの!?」 え?え?今の、栄口? さらに肩を遊ばせるオレと三橋、二人の声は相当ピリピリしている。 オレはもう気が気じゃなくて、倉庫のほうに駆けだそうとする三橋の肩を押すようにして入口の前に立った。 の、だ、が。 「ああわわああおおおお押さおさないでえええええ!!」 「わわっちょっ三橋落ち着け…っ!!」 「「おわぁっ!!」」 「「!?」」 がたーん。 という擬音が正しいか。 咄嗟にオレの体を下に敷いたのはいいけど、俺より小さいっても三橋も男だもんな。 ぐぇ、とか、そんな声が出そうだった。 危ない危ない、三橋にケガさせたら、総勢何人に怒られるかわかったもんじゃ…。 「み、水谷!?何でここに…!?」 「あっちゃー…盛大に…。」 「…マシ、ンを…取りに行ったまま、帰って、こない、から…。」 「うお、マジで?そんな時間経ってた!?」 「う、うん、け、こう。」 「やべー、監督キレてた?」 「そ、そうと、う。―――ねぇ、み、はし、頼むからお、おり、降りてっ…。」 三橋くらいの体重なら重くはないはずなんだけど、たぶん乗られどころが悪い。 息が詰まるように苦しくて、慌てて三橋が避けたあと、盛大に息をついた。 真面目に死ぬかと思ったね、うん。 こけた拍子に打ったらしい背をさすりつつ立ち上がれば、―――栄口が、すごい、心配そうな顔、してる。 田島も、何かばつの悪い顔をして、何の―――話をしてたんだ? 「あ、あの、さ…!」 「―――水谷、悪ぃけど後で、監督怒ってんだろ?」 「…あ、うん…。」 「三橋も悪ぃな、オレら、マシン連れて先行ってっから。」 「な、田島!?」 「栄口は水谷ともう一台を出してからくることー、行こう三橋。」 「う、うん!」 「田島!!」 栄口の声を無視して、田島は三橋の手を引くと入口付近に置いてあったマシン(新型)を押して行ってしまった。 オレはその後ろ姿を呆然と見ることしか出来なかったが、不意に田島が振り返る。 あ と で は な す。 口が動く、音を伴わない声は、数度それを繰り返すと、ふ、と目が細まった。 すがるような目、田島がなんであんな顔を―――? 三橋も、その田島の様子を見てかどうか、オレの方を振り返って、同じような目を向けてきた。 何―――?オレ、そんなよくない時に来たのかな…。 気まずいものを感じて振り返る、栄口も、気まずそうな顔をしていた。 「あ、のさ、いつからそこいた…?」 「あ、…っと、田島が、オレに話せばなんとかって言ってるとこ、かな…。」 「そ、か。気にしないで、なんでもない話だから…。」 そんなふうに言われたらさ、余計気になっちゃうのが人間ってもんだよね。 じ、と見つめていると、栄口の目は逃げるように逸らされる。 今日初めて話したことが、なんかよくわかんないことなんて。 ―――今日は絶対に聞き出す。 ただの興味じゃない、どうせただの興味心だろ、という自分の心を一喝して、再度口を開いた。 「なんでもないわけ、ないよね?」 「………っ。」 「話して、今日ははぐらかされない。」 「…話すようなことじゃないから。」 「栄口、話して。」 逃げるような目が、止まった。 「―――話さないって言ってるんだけど。」 「っ…話してよ…!!」 「ごめん、話さない。」 たった一閃。 またも盛大に凹むオレの心。 睨まれているわけでも、なんでもないのに。 ―――背を向けて、走りだした。 練習とか、オレが何をしに倉庫まで行っていたのか、そんなものもう、頭にない。 土を弾く勢いで走りながら、零れてくる涙はもはや放置。 どこに向けて走ってるんだろう―――? 何もわからず、オレはただただ走り続けた。 今なら壁にぶち当たっただけでも死ねそうだ、と物騒なことを考えながら。 ぶち当たればいいのに、と、同時に考えながら。 またどこかで、ごめんね、なんて声が聞こえる。 どうせ、気のせいだよ。 * 「あ!いたいた!花井!こっち!!」 「おーホントだ、おい!水谷!!」 それからオレは、言葉通り壁にぶち当たって、そこでぐずついていた。 倉庫から直進すると、校舎裏の壁にぶち当たる。 それが判明して、あまりのどうでもよさにまた泣けてきて。 壁にもたれてひたすら泣いた、どれくらいそこにいたのか、ちょっとわからないくらい。 疲れてきて、ぼーっとしていた時に現れたのが、二人。 花井と田島だ、うわぁ、泣いてるとこみられた。 「お前何してんだよ、大丈夫か?」 「わー待って待って花井、悪ぃのオレだって言っただろ!」 「わーってるけどさぁ…。」 「あー…オレ、結構長いことサボってた?」 「結構も何も、今日は早く上がるって言ってたじゃねーか、だから探しに来たんだろ…。」 「モモカンも心配してたよ、ゴメンな水谷、オレ頭たんねーから…。」 「え?や、田島は悪くないよー…。」 へら、と笑ってみても、たぶんうまいこと笑えてないだろう。 顔がひきつっているのが自分で分かる。 「マシンも栄口一人に運ばせて、お前どっか行ったとしかわかんねーし…何があったんだよお前らさぁ。」 「うーん…なんかオレもよくわかんなくなってきちゃってさぁ…。」 というより、考えたくない? ただただ、オレじゃ何してもダメだっていう事実が重たすぎて。 そりゃ花井としてはもう何がなんだかだよね、あれから全然話してないし。 「その栄口のことだけどさ、水谷聞くだろ?花井は聞く?たぶん花井はまだしも、水谷に話したらすっげ怒られると思うんだけど。」 「…いーよ、オレ。さかえぐちのこと全然わかんね…。」 ホントにホント。 嫌いになったとかそんなんじゃないけど、凹んだ部分が事実を拒否しようとする。 せっかく見つけた本当のことも、あまりにも大きな拒絶感の前では吐き気も当然で。 栄口は話してくれない、オレには。 田島には話すし、花井なら別に聞かれてもいいんだろ。 オレが聞いたら怒るんだ。 また泣きそう、さすがに鼻をすすってこらえているけど。 オレじゃダメな理由ってなんなんだろう。 聞きたくない、いいよ。 念を押すようにそう言った。 花井が声を上げようとして、田島が止めたらしい。 うん、今何言われても耳に入らない。 ―――栄口はオレのこと、本当は一欠片も好きじゃない。 自己完結した単語がぐるぐると頭の中を回る。 いつものようにそれでもオレは、なんて言えないくらい頭が、心が、疲れてしまっている。 だからもう少し放っておいて、そう言おうと二人の方を向いたら、 ガンッ!! 壁を強打する痛々しい音。 そこにはオレの知っている雰囲気はなかった。 いや、というか、花井もなんか、驚いた顔で固まってるだけなんだけど。 田島が、オレの知ってる田島じゃない。 握った拳が校舎に打ちつけられているのに、立ち姿さえ、別人のように。 無表情、これは、栄口のあの笑顔といい勝負かもしれない。 空気がピリピリしているようで、今口を開くと、とんでもないことが起きそうな。 怖いくらい張りつめた空気。 普段は見下ろす側の田島に見下ろされて、その顔つまるところは完全に―――キレていた。 拳が壁を離れ、指が勢いよく、オレのユニフォームの襟首をつかむ。 勢いよく引き上げられ、うわ、田島ってちっこいくせにすげぇ力が―――。 じゃなくて、すごい怖い顔で睨みつけられている。 「お前、本気でどうでもいいとか言ってんじゃねぇだろーな。」 「え…?え?」 「ふざけんのもたいがいにしろよ、オレは真面目な話しに来てんだよっ!」 「っ。」 「お前がこのまんまだと、栄口はマジでやべーんだ!!」 「う…っ…。」 「しっかりしろ馬鹿!!栄口がどうなってもいいのか!?」 と、頬に鋭い痛み、それから軽く脳がぶれ、視界がくもる。 ひっぱたかれた。 痛みがじんわりと浸透していきながら、田島の怒声が、頭のすみずみに行き渡っていく。 ぼやけた視界が再び焦点を結ぶと、田島の肩の、向こうで花井が固まってる。 ―――はは、変な顔、あーでもオレもか。 田島の顔は、さっきまでの無表情じゃなくなっていた。 倉庫で見た、あのすがるような目。 田島も心配してくれてるんだよね、オレ、何してんだろ。 田島の目をしっかり覗きこんで、オレは一度しっかり笑んだ。 逃げ腰でやっていけるほど、甘い恋なんかしてないだろ? ―――しっかりしろよ、馬鹿。 指がオレの襟首を離れ、それから田島は少し急くそうな口調で話を始めた。 話しだす前に、オレ頭マジ足んねぇから、ちょっとわかりにくい話だったらゴメン、と言われた。 けど、その実はまったくそうでもない、というか。 おおまかな話だけでも、オレにはとても重大だった。 深い話は、田島も聞き出せなかったと言っていたけど。 ――――母親の代わり。 それはオレや、世間一般の人間が考えられるであろう常識から完全に逸脱していた。 姉を、弟を、父親を。 それぞれに、弟でも兄とでも、息子ですらない扱いと、それ相応の、愛情。 本来あるべき役割を超えた、ありえない関係。 腹の傷は、痛みを知らない弟のため。 赤い鬱血は、伴侶を求める父のため。 足の傷は、安定を求める自分のため。 極端に足場の狭い関係、いつもろく崩れるかも分からない。 土台と呼べるはずの愛情も、根元がただれて腐りきっている。 これでは、いつどこから、誰が崩壊するかなんてわかったもんじゃない。 いつしか家族は落ち着いて、形だけならば、平穏はあると。 まだその裏までも修繕出来てはいないから、内側は狂気していると。 いつしか、自分の心がその崩落に耐えきれなくなっていた、と。 役割に見合わぬ愛情、重圧が、次から次へと心を削る。 それでも役割はあり、変えられない過去と、変えられない未来。 安定を保つ自傷、劣情を隠すための暴挙、暴言。 狂気を隠すための、嘘。 家族が嫌いなわけじゃないんだよ、と彼は言ったという。 それでもオレは、解放がほしいんだ。 不必要な役割から、じわりと蝕む痛みから。 選択を誤った過去の自分から、その、罪の意識から。 家のものは誰ひとり余すことなく愛している、だからこそ、彼らにはさせられない。 だけどもし、もし解放が待っているのなら。 唯一心の底から愛した、誰かに―――。 田島は、ちゃんと水谷に事情を話して、助けてって言えばいいだろう、そんな叫び。 栄口は、そんな自分を、知られたくないがための、叫び。 「―――自傷なんかじゃ、もう、安定すら出来ないって、言ってた。」 「………。」 「だけど、水谷といるときは、本当に、幸せなんだって、言ってた。」 「………っ。」 「助けてとは一言も言わないんだよ…っ…。」 「…っっ!」 「お前だけだよ…!!栄口のこと、助けてやれんの!!」 悲鳴のような声だった。 息がつまるような、胸がしめつけられるような。 ―――また泣いてしまいそうな。 重たい事実。 開けてはいけない蓋、だったのかもしれない。 話さないでいることが、あるいはただの我儘ではなく、―――優しさだったのか。 どうしてオレは、栄口の言葉を信じなかったんだろう。 好きだよ、も、ごめんね、も。 どうして信じてあげないで、諦めてばかりいたんだ―――! 「栄口は…どこ?どこにいる?」 「さっきは部室にいたけど…。」 「保健室、行くってよ。」 「え?」 「ちょっとな、接触あったんだよ、練習中に。だから早めの早めに終わった。」 「な、それマジ!?」 「大したことなさそうだったけど、モモカンが大事とって行って来いっつってた。」 「あー…そいやそうだった、オレ忘れてたよ。」 接触って…ホントに大事なかったんだろうか? 心配だ。 いつもの自分が、戻ってきたような気がする。 胸をぐっと締め付ける痛みが、ようやく目を覚まさせてくれた。 遅いよね、挽回しないと。 絶対、逃げない。 「田島、ありがとね。凹んでる場合じゃなかったよ。」 「感謝なら花井にしてやって、二人のことすげー心配してたから。」 「ちょ、田島!!」 「ホントだろー?」 「へへへ、二人ともありがとね、オレ、行ってくるよ。」 立ち上がって、砂を払う。 二人のほうに向かってもう一度ありがとう、と告げて、また走りだす。 それはさっきまでの足取りとは違う、しっかりした足取りだっただろう。 「―――大丈夫なのか?あいつら。」 「オレにはわかんねーよ、栄口、頑固だし。」 「…オレ、まだ信じらんねーんだよなぁ。」 「まぁな、そうだと思うよ。―――…でも、大丈夫だと思う。」 静寂に包まれる廊下、来る前に西広とすれ違った。 接触したのは西広で、すれ違いざまに栄口ならまだ保健室、と教えてくれた。 オレのサボりに関しては閉口してくれたので、西広ももしかしたら事情知ってる? というのは、おいといて。 時間的には、6時前。 保健医は臨時職員だから、放課後になる前には帰ってる。 オレらは擦り傷なんかはしょっしゅうで、出入りは頻繁。 応急処置くらいは自分たちでもできるから、酷くない限りは来ないけど。 今日は顧問もいなくて、怪我の判断が難しかったんだろう。 まだ明るいけど、直に日は落ちる。 保健室の扉に指をかけ、大きく深呼吸。 高鳴る心臓を落ちつけて、ゆっくり指に力を込めた。 きぃ、と小さな音を立てて開いていく扉。 「早かったね、当分来ないと思ってたんだけど。」 扉の一直線上に、栄口はいた。 日暮れの光が差し込む部屋、簡易ベッドに座って、傷だらけの片足をさらしていた。 よく見てみると、周りに赤くなったガーゼや消毒液が落ちているので、治療の途中だったのかもしれない。 足のは、接触とは関係ないよね? 「西広と接触、したって聞いた…。」 「どこかひねったとかじゃなんだけどね、倒れた拍子にこっちが開いちゃって。」 「…大丈夫?痛い、よね。」 「―――全然、もう慣れちゃったよ。」 栄口は笑う、すごくすごく、疲れたような笑顔だった。 オレを嘲笑う、暗い笑顔じゃなかった。 達観しすぎて、消えてしまいそうな―――。 「田島、話したんだろ?」 「え?」 「口止めしたけどまぁ聞かないだろうね、じゃあ花井も聞いてた?」 一瞬なんのこと?と聞きそうになって、田島の話だということに辿りつく。 花井もいた、正直に頷くと、一つ溜息をついた。 怖いことは一つもない、いつものような不自然さも、ない。 ただただ、先の見えない何かに、疲れてしまっているような、表情。 すがる目とも、威嚇する目とも違う。 笑わない、それだけの表情が、すべてを物語っているように見えて。 後ろ手に扉を閉める。 「あぁ、カギかけといてくれない?これ、誰かに見られたら面倒だし。」 「…今、開いてたよ?」 「水谷が来るから開けといたんだよ。」 ベッドの足もとに、カバンが二つ。 一つは栄口の、もう一つはオレの。 ―――なんで? 「あれ、カバン…?」 「部室戻るの面倒だし、ここで着替えてこうと思って。」 「オレのもわざわざ?」 「巣山に頼んどいたんだよ、オレと西広はまっすぐこっちだったし。 まぁ西広は部室行くからいいって行っちゃったけどね。」 「巣山に悪いことしたなぁ…。」 「水谷が気にするようなことじゃないよ、元はと言えばオレが悪いんだから…。」 いつもなら、すぐにごめんね、水谷って言う。 それが今日はないから―――栄口も、普段を忘れてしまうほど、何かに凹んでいる。 「―――ぼーっとしてないでとりあえず着替えなよ、オレもこれ終わったらすぐ着替えるから。」 「えぁ、うん…?」 声に急かされて慌てて足を動かす、カバンをひっつかむのに屈むと、すぐ近くにある痛々しい傷が目に付いた。 近くで見ると生々しい、深いもの、浅いものに関係なく。 どれも悲鳴を上げているように、あちらこちらに鋭く引かれる赤い線。 ずっとこうして、安定を求めていた―――。 カバンに押し込んだ着替えを引き出して、着ているユニフォームを脱いでいく。 ちらちら赤い線が目に入る、胸が痛い。 オレは確かに無能だけど、ここまで酷くなる前に気付いてあげることもできなかったのか。 「…終わった?」 「うん、オレもすぐ着替えるよ。」 ―――これはオレの予想だけど。 日誌を書くのに合わせて、居残りした日。 あの小さなうめき声は、その傷が痛んだんじゃないのかなぁ。 あんなに深い傷だ、部活したあとだし、汗とか染みたっておかしくない。 痛かったんだろうな…。 「――――何も聞こうとしないね、どうしたの?」 オレの着替えはとっくに終わっていて、栄口ももう終わる。 そんなときに投げかけられた言葉、なんでって。 「―――理解するてっさ、難しいよね。」 「え?」 「オレさ、栄口のこと全然分かんなくてさ、すごい凹んだ。」 「…。」 「理解したいけどさ、栄口は話してくれないし、オレじゃダメなんだなーって思ってた。」 「それは…。」 「違うんだよね、話さない理由。」 「………。」 「聞かないよ、話してくれるまで。」 「!」 「いつか話して、とも言わない。聞いちゃったあとでこんなこと言うのもおかしいかもしんないけど、さ。」 「な、んで…っ。」 「それが栄口なんだ、って。オレ、ちゃんと受け入れるから。」 呆然と見開かれた目が、視線が、固まって動かない。 オレは、笑う。 繰り返して言うなら、オレは本当に栄口のこと好きだ。 話してくれないのなら、その部分まで、好きでなくてどうするんだ。 ―――オレは何も出来ないから、せめて何一つ、拒絶しないことにしよう。 再度繰り返す、あるがままを、受け入れるために。 栄口は見開いた目をゆっくり閉じると、小さく―――微笑った。 「なら、…聞いて。もう話してしまうつもりだったんだ。」 それはオレが見た笑顔の中で、一番綺麗なものだったのかもしれない。 NEXT おおおお長いっ、最長です…;; 水栄なのに花井と田島がやたら出っ張ってるのはもはやうちの特徴だな…(笑 といいますか、水谷サイドは病み要素が薄くてなんだか。 なんというか、基本みんな病んでるんですよ。 水谷も、ある意味あれは病みですよねぇ、あるがままひたすら受け入れるなんて、人間には無理ですよ。 まぁ、それが出来るからうちの水谷なんですが…(ぁ |