※眩暈もただのガラクタであれば 6話には、かなり度の入ったエロ表現があります。
行為自体はぼかしてありますが、やってることは相当危ないです。
シーン的には、水谷×栄口ではありません。
直接書いてしまうとネタばれなのであえてここには書きませんが、身の危険を感じた場合はリターンしてください。



よろしいですか?
では、どうぞ。








































何も知らない無知な手を取って君は笑う。

嬉しげに、楽しげに、悲しげに。

ある時見つけたその奥底の、本当の笑顔。

底冷えするあまりにも冷淡な顔を、初めて見つけた。


嬉しかったのかも、しれない。







眩暈もただのガラクタであれば ― You are hard-pressed to tell me the night ―







なんて白さ。
この世の醜さなんて一つも知らない、抜けるような白さ。
どんなに黒く汚そうとしても、きっとその白はどこまでも輝くんだろう。
この白さであれば、オレは。



胸が痛い。







―――あるがままを、大事にするよ。






ぐんと、頭を揺らした。
なんて白い言葉、すがりついてしまいたくなる。
馬鹿な、そんなことをしてみろ。
もう秒読みの段階で?すがる?馬鹿な、オレの夢はどうなる。



ついさっき聞いた言葉。
欺瞞に溢れた世の中を覆すような言葉は、あまりにも優しかった。
こんなのあんまりだ、オレは何故、彼を選んでしまったんだろう。
あぁ、目元を抑えつける、後悔が押し寄せて。
嘘じゃないんだ、あの言葉は。
何も知らないからそんなこと、平気で言えて。
何も知らないから、そう叶えられるんだ。

甘えられたら、甘えられたら。
違う、違うだろ、甘えてお前はどうするんだ。





―――帰って!!





そうやって追い出して、そうしないとオレは見せてはいけないものを、彼の前にさらしてしまいそうだった。
逃げ帰ったオレは、自分の部屋に倒れこんで、痛む胸を押さえて。
じくじくと痛む腹の傷、足の疵。




なんでオレは、水谷を選んでしまったんだ!!





望まなければ、求めなければ。

嘘なんてついてないんだ、水谷は信じてくれない、信じないように、そうしているけど。
オレの言葉なんて信じちゃいけないんだ、そんな。
オレは―――。




コンコン。
自虐の念に駆られた一瞬を、音が現実に引き戻す。






「アニキ、帰ってんの?」







弟だ。
すぐにドアを開ければ、いつものような無邪気な笑顔でそこに立っている。
同じ、とっくにネジの外れてしまった兄弟。
弟はまだ、その現実を受け入れてないのだけど。





「どした?飯なら姉さんが…。」

「違うよ、アニキ帰ってきたらさせてもらおうと思って。」

「―――あぁ、そう。」



にっこり笑って告げる、弟に、オレも笑う。
返答してないのにするりと部屋に入り込むと、オレのカバンの中から筆箱を漁りだしてくきた。
暗い室内でも判別できる、切っ先の黒ずんだ、カッター。
一応隠しているのに、すぐにバレてしまう。
刃物を持つ弟の表情は変わらない、笑顔。
上手な擬態、学校でも、そうしているんだろう、オレみたいに。
す、と差し出される切っ先、溜息をついてしまいそうになる口は噛んで。
弟の前でシャツの裾をたくる、醜く赤い線の走る、脇腹。
下手をされて服に血がついたら、姉までも巻き込むことになりそうだ、服を脱げば早いんだろうが。
そうすれば胸元の赤い印が見えてしまうだろう、弟にそんなものは見せたくない。
堕ちるところまで堕ちてしまったオレとは違う、出来ることなら、引き返してほしい。

にぃ、と笑って、刃先が脇腹に押し付けられる。
つ、ほんの小さな力で付き立てられる、カッター、皮膚に食い込んでいく。
大きな力はいらない、肌の上を走る切っ先は、その一瞬ではまだ痛みが来ない。
切れ目の直前でぐり、と押し付けられて、刃が離れた直後、ひりひりとした痛みが襲った。
傷の両端から、ゆっくりと血が溢れて来た。
拭わないと、そう思っていたら、カッターを投げ捨てた弟がオレに抱きついてくる。
オレとは違って文系を歩む体はオレよりも細い。

いつものことだ、カッターの先にたまっていたオレの血が、床に一滴零れた。





「―――アニキはどこにも行かないよね?」

「…行くわけないだろ?大丈夫だから。」





ぎゅ、と強い力。
しがみつく、子供だ。
オレがいないとダメなんだという、おかしな弟。
ようやく体を離してもらえると、弟は何事もなかったかのようにおやすみ、と笑って部屋に帰っていった。



家は、オレがいないと成り立たない。



もうじき父さんが帰って来たら、オレは下に降りて、父さんの話を聞く。
他愛ない話で時間を潰して、姉と弟が寝静まるのを、待つ。









水谷―――。










別れる前に見た、悲しそうな顔が頭から離れない。
それでもすぐに彼は笑って、また明日ね、って、言う。
どうして?オレは帰れっていったのに。
オレは、自分の欲で水谷を―――。

ダメだ、違う、そうじゃない、意味をもたせるためには、こうしないといけないんだ!!
そうだろう?そのために、オレはこうして。

じく、新しい傷が痛み始めた。

暗くて嫌になる、自分の心。

どこまでも酷く淀んだ、最低な―――。

自分でつけた足首の傷。
よく見るのは手首、でもそんなところにつけていたら、すぐに見つかってしまう。
見られても言い訳は思いつかない、不自然なんだ。
なら初めから見えないところにつけていく方がいい。
弟につけられた脇腹の傷は誤算、ここはあまりにも見つかりやすい。
傷の数が増え始めてからは、みんなが見えにくい位置で、みんなが帰り始めてから着替えるようにはしている。
それ以上の誤算は、印。

馬鹿な、水谷。
こんなものであんなに慌ててしまって、彼らしい。

違う、馬鹿なのは、オレだ。
こんなものを見せて、水谷の不安をあおるだけじゃないか。

違う違う違う!!
そうじゃなくて!!

あぁダメだ、水谷のことを考えたら考えただけ、自分が別の何かになってしまいそう。
保っている自我が、溶けて行ってしまう。
ずっとずっとそうして保ってきたオレが、そんなの、困る。
オレはオレであり続けないと、この世界は、崩壊してしまうんだ。



はっ、として顔をあげたとき、床に放り投げていた携帯が唸っていることにようやく気付いた。
誰かはわからないけれど、どんな状態でも、オレはオレを放棄出来ない。
もつれる指を伸ばして慌てて開くと、すでに携帯はバイブレーションを止めている。
薄暗い部屋でディズプレイの光がぼんやりと灯る、下のほうに、メールのマーク。
かち、操作して開く、着信元は――――水谷!

慌てて内容を開いて、オレはまた、鋭い痛みが胸を抜けていくのを鮮明に感じる。













―――今日はゴメンね、また明日、ちゃんと寝てね。














きょうはごめんねまたあしたねちゃんとねてね。

あぁ、どうして今、そんなことを言うんだ。
馬鹿、水谷の馬鹿。
シャツの胸元をぐ、と掴む。息が苦しかった。



ごめん、ごめんね水谷、水谷は馬鹿じゃないよ、馬鹿はオレだ。
ごめんね、ごめんね。
こんな謝罪は、水谷には届かない。



あぁ、許さないで、こんなオレを。

許さないでいて。

ずっと、ずっと。













水谷、オレを許さないで―――。














あまりにも大きな喪失感。









ばたん、階下で扉の開く音。

その音が耳に届くと同時に、オレはいつものように、一つ笑った。

自分を嘲笑う、ただ冷たい笑みを―――。





















明かりの灯ったリビング、父さんが帰って来たんだろう。
今日は割と機嫌がよさそうだ、仕事も順当そうで、何より。
顔に影はなく、相当元気な顔つき。
もちろん、いつもそうではない。





「お帰り、ご飯は?」

「ああ、勇人…いや、まだなんだ。」

「すぐ用意するよ、姉さんたちはもう寝る頃だから。」






頼むよ。
優しい声だ、オレと同じように。

姉が作っておいた晩のご飯、今日は帰ると初めから告げてあったんだろう。
時に仕事が忙しいと帰ってこない日がある。
そのため、大体の場合父が告げてから家を出ないと晩が用意されていないことが多かった。
そんな日はささやかながらありあわせで適当なものを用意する、さすがに料理まではうまくこなせない。
今日は有難いことに温めるだけでよさそうだ、皿に盛られた今日の晩ご飯をレンジに放っていく。

こうしていると普通なんだけどなぁ、オレも。

ぴぴ、と鳴る電子音、あっため終わり。
熱い皿を引き出して台に、次のを入れて終わったやつは運んで行く。
テーブルに順に並べて、その間は静かなもの。
対面に座るまでは、別に、何かを話すわけではない。
ネクタイを緩めて、落ち着いた姿勢。
いつもよりも随分落ち着いてるな、相当いいことがあったのか?
それはそれで構わない、そうしたらオレも、辛くない。
一晩楽出来るかもしれない。

次いで温め終わる皿を運び終わって、対面に腰を下ろした。
そうしていることは、我が家では当然の行為。

母の亡い家で、弟でもなく、姉でもなく、オレ。
家事は、オレと姉さんとの交代制。
だけどこうして父の前にいること、絶対に必要で、オレでなければいけない。

なんでかなんて、そんな理由は知らない。

何故オレなのか、オレでなくてはいけないのか。

そんなこと、今となっては、どうでもいい。





すでに一度崩壊した家庭、ぎこちないながらも、持ち直しているようには見えて。
それでも確実に蝕んでいく狂気を、隣人は知っているだろうか?
知るはずもない、人の皮を被るのは、上手なんだ、恐ろしいほど。
自分で自分が恐ろしいよ、あぁ、そうやって自分は擦り減っていくんだな。
人の振りをするだけしか出来ない、まるで人形の真似事。
そんなの、オレだけで十分なのにな。

黙々と進む時間、あとは開いた皿を片付けていく。
皿をシンクに入れて洗剤と、スポンジ。
もうずっとこうしているものだから、当の昔に慣れている。







「勇人、野球は最近どうなんだ?」

「うん…?」

「楽しいか?」

「え、あぁ、楽しいよ、チームメイトもみんないい奴だし、ね。」

「そうか…なら、いいんだ。」

「…何?含みがあるね。」






「―――恋人とか、いないのか?」








どき、っとした。
嫌な聞き方をする、何を考えてるんだ、この人。



―――恋人?



それって、水谷、のこと?
利用してるだけじゃないか、何が恋人だ、オレにそんなこと言える資格があるのか?

―――ないよ、そんなの。
隣にいる資格なんてホントはないんだ。





「いないよ、いるわけないでしょ。野球三昧なのに。」

「そう、か、そう、いいんだ…それなら。」






馬鹿な人だ、弟みたいなことを、言いだすんじゃないか?
大いにありえる、この人は、オレの父さんは。
オレを壊した、張本人じゃないか。

片付けの最中の皿をシンクに置いて、手についた泡をざっと落とす。
なんだ、結局いつもと同じなんじゃないか。
少しでもなんて、短絡的だった。
どうせ今夜も眠れない。
寝てね、か、ごめんね、水谷。
返信もしてない、それでも今日もし眠れるだけの時間がとれたなら、守ろうとは、思っていた。
守れそうにないよ、ごめんね、水谷。
簡単に、水を払う。
布巾で手を拭って、テーブルに戻った。

父親の、鬱蒼とした表情。
もういつからだろう、この人に息子として扱われていないのは。
オレは、貴方と添い遂げる約束をしたオレの母親ではないのに。

この人がオレに求めているのは、共に生きると誓いあった、自分の伴侶。

息子として相応しい能力も何も、この人には必要ない。
中学にも満たない、まだ成長途上の体と心を、徹底的に壊したのはこの人だ。
だけどオレはそれを拒絶しない、してしまえば最後、この家は本当に壊れてしまうだろう。
もう二度と、壊れてほしくないんだ。
こんな役割でしかなくても、オレにとっては―――。

沈んだ顔をした父親の足元に膝を折る。
演じる顔は、貴方の前に傅く貴方のための伴侶。
夜を超える度にそうして微笑んで、父が、この人が飽くまで。
この人のための、愛しい妻。
深い深い闇に魅入られた目、オレと同じ、狂ってしまった。
ただ一つよかったと思えるのは、自分が狂ってしまっていることに、気づいていないことだろうか。
父にせよ、弟にせよ。
男は脆いな、オレも含めて。
姉はこんなことはない、勘のいいあの人のこと、この関係を知っているのかもしれないけど。

―――こんなことを、姉さんにはさせられないだろう?

堕落に塗れるのは、それが堕落だと知るのは、オレだけで十分だ。
ガタが来る、もうすぐなんだ。

頬を包む手のひらは、いつものように冷たかった。
















































「勇人…お前まで、いなくならないでくれ…。」

「な、に…っあ…んんっ…はっ…。」

「お前までいなくなったら…。」





話をしたいなら、その律動を止めてくれ。

浮いた熱のせいで、一つも聞き取れないんだ。
言ってることはいつものことと変わらないんだ、なら真剣に聞くつもりはない。
もともとこんなことしてる時に、正常な思考能力なんか保てないから。
まだ遅い時間じゃない、下手な声を出して姉と弟が下りてきたら大変。
普段こうなる時は鍵のかかる父さんの部屋だから、気にしないんだけど。
空気に流されてオレ、何してるんだろう…。
何も、ないよね。なんて空虚な問いかけだ。
フローリングに押し付けられているせいで、背中がかなり痛んでいる。
明日もまたこんな痛みに耐えながら体を動かすのか、よく保ってるよ、オレの体。



さっさと壊れてしまえばいいのに。



ライトも当たらない影の主役?主役ですらないただの脇役。
ここ、という時に唐突に必要とされるだけで、ほんの一瞬の陽光。
立っているだけでは意味がない、それが許される特権階級は、誰?
人の真似事、魂の欠けたマリオネット。
糸も切れて動けない、ガラクタになっていく哀れな人形。

日に憧れた時は、もう終わった。

嗜虐的な行為を迫る父に暴かれたのはもう、いつの話だった?
発育途中の体を蹂躙した、この人はもう父ではない。
次から次へと綻んで、さぁ自分でしてみせなさい。
お前がいてくれたらなんて、お前が笑ってくれたらなんて。
人権無視のただの鏡像。



自らを切りつけるだけの痛みを知らない弟と、いつまでも知らない振りを続ける姉と。
自己満足を独走している父、いや、もう彼は父ではなく、オレにとっての伴侶なんだろう。






ここにもう、オレたちの母はいないのに。



どんなにオレにその影を求めても、オレ達の愛した母親は、あの時確かに神に浚われたじゃないか。
神を信じて伸ばした手が、いつオレを救ってくれた?

あぁ母さん、どうして貴女は、死んでしまったの?

オレがどれだけ貴女のいない穴を埋めても、オレではこの狂った眩暈を止められない。
唯一にして絶対であった貴女以外の、誰を信じていけばいいんですか?








ねぇ水谷、ごめんね。



これからもたくさんオレはひどいことを言うし、何度も水谷を泣かせるだろう。
早く怒って、オレを。
オレは水谷の期待を、一つ一つ折っていくから。







早くその無垢な笑顔で、オレを――――。

















一際激しい律動と、内に溢れ返る熱の量。
吐き気がするほどの熱情に酔ったまま、背はのけぞる。
自分の熱をも吐き出して、息がつまるほどに抱きとめられて。

救いの施しようもないほどに、堕ち荒んだ体。

すぐに浴室へと消える父の背を、ぼんやりと、でも確かに、睨んだ。



貴女がいなければ、オレの平和も、オレの破片も、戻ってはこないんです。



じきに消える。
水谷、ごめんね。ごめんね。











「それでも、逃がしてあげないから…水谷…。」
















人はどこまでも醜く微笑める。
あぁ、彼にこんな笑みを向ける痛みが、いつになれば和らぐんだろう―――。

逃げ道も上げない、リタイアも、絶対に許さないよ。








だから、ごめんね、水谷。







NEXT







崩壊栄口家…すんません、完全に調子乗ってます;
6巻のあのほのぼのした栄口家の設定を完全にぶっ壊して…あぁ、なんてこった(他人事か
お母さんの存在っていうのはでかいと思いますよ、カバー裏の弟はまだちっさいし、お姉ちゃんもお若い。
なら相当しっかりしてる栄口本人にまわってくるだろうなーと、お父さんがお姉ちゃんに縋らない理由もそのうち触れます。
ちなみにカバー裏で栄口はお父さんのことをオヤジと呼んでますが却下です、そんな栄口はイヤだかr(ry
栄口は話さないだけで、嘘はついてないんですよ、嘘は。
あ、でも時々ついてるか?
あくまで必要範囲で…
水谷が信じないように、栄口も頑張ってます。
どうも水谷視点よりうまく書けるな…水谷のほうはなかなか…;