どうせどうせ、もうここは何もない。
つかの甘い匂いも消えうせて、ここにあるのは面影だけ。
大きな穴が開いたから、土を盛っても消えやない。
待っいる。

もう埋めても無駄だから。
舞台の上には配役がそろって、あは踊り出すの待つだけ。
と少し、んの一瞬。

情もなく笑めばきっと肢体を千切る程の怒りを灯してくれるから。

本心、か。
この世界から、疑心が消えるなてことは決してないのに。

一つ一つ丁寧に手折って、くべて。

待っている。
そうやって期待すことで、はまた追い詰められていくのにね。



そして僕もまた、追い詰められていくのにね。





眩暈もただのガラクタであれば ― I'll never be able to give up on you. ―





一度は否定された考えをもう一度話すには、少しばかり勇気がいる。
一応前もって、一回話したことあるからね、とは、伝えたが。
二人はやっぱりどこか、煮え切らないという表情をしているから、話さないほうがよかったんじゃないかな、と思う。
実際、突飛だ。
あんなに優しい表情で笑う栄口をおかしいという、オレのほうがよっぽどおかしいに決まってる。
でももっと、そんな表面的なことじゃないんだということだけ、分かってくれれば今はもうそれでいい。



「にわかには、な。」

「事実、オレ達は栄口には違和感ない。田島とお前が言うような、冷たさっていうか…。」

「そう、冷たいの、どっかがさ、まだよくわかんねーんだけど。」

「…お前ってつくづく女っぽいよな、そんなことで泣くなんて。」

「うっさい阿部の馬鹿っ、対面したら分かるよ、ホントに悲しくなるから。」

「お前じゃないからなんねーよ、クソレ。」

「阿部、水谷、話にならないから静かにしてくれ、頼むから…。」

「う、ごめん花井、花井は真面目に考えてくれてるんだね…。」

「まぁ、田島じゃな、ほら、頼りになんないだろ、うん、うん。」



それはあのぅ、遠回しに田島のところには行くなって行ってるんだよねぇ?
この人きっと今の自覚なしに言った、ひどい、酷すぎる。
でも、考えてもらえないよりはいいよ。
きっとさ、外堀を埋めていけばかわるはずだから。
グラウンドに向かう間、花井はずっと何かを考え込むように俯いたまま歩いていく。
逆にオレと阿部が花井のこと心配になって、そろそろ後ろをついて歩いて、きっと変な光景。
部室で着替えている間も、沈黙。
騒がしい音で現れた9組の面々、とくに田島が足元をちょろちょろしても、今はダメ、というだけで相手にしない。
真面目に考えてくれるのは有難いんだけど、田島が拗ねたら面倒だよなぁ。
それはそれ。
部活が始まればさすがに切り替わるらしく、練習中にこの話題に触れることは一度もなかった。
オレは花井がどういう結論を出したのかすごく気になったんだけど、モモカンに授業をサボったことがバレていたらしい。
おかげモモカンの視線が怖くなり、私語どころじゃなかった。
栄口は怒られてなかったから、間違いなく日頃の行いなんだろうなぁと思って。
蒸し暑い中でひたすら練習、ちょっと休憩して、また練習。
その時間はまったく苦とは感じない、栄口も一緒にいるわけで。
割とそれだけで、頑張れてしまうオレは栄口のことがホントに大好きだ。
少しでも、話してほしいんだけどな。

ようやく一日の工程が全て終わり、みんなでぞろぞろ部室棟に向かって、着替えを始める。
栄口を探したら、いない。
巣山に聞いたら、さっきモモカンに呼ばれてたよ、と教えてくれた。
そう言えば花井もいないから、一緒に行っちゃたんだろう。
もしかして怒られてるのかな?オレのせい?そんなわけないか、きっと明日の練習とかのことだ。
ユニフォームを脱ごうとネックに指をかけて、ぐい、と脱ぎ捨てる。
アンダーも同様に脱いで、カバンに放り投げた服を引っ掴んだ、その時だった。



「おい、水谷。」

「ふぁい?あぁ、阿部?何?」

「ちょっと栄口のこと、わかったかもしんね。」

「え!?」

「いや、ちょっとだから、そんな期待を込めて見るな。」

「いやいやいや!!ちょっとでもオレは嬉しいよ!!ありがと阿部ー!!」

「気持ち悪い!!いいから聞け!!」

「う、はい。」

「おかしいってーか、さ。今日見てて思いついただけなんだが…。」



無理しているように、見えた。



「…ってーと語弊があるか、なんていうか、自然体じゃないような…。」

「うん、そう!そんな感じ、なんかうまく説明出来ないんだよね。」

「特にお前といるときなんかな。」

「…それホント?」

「いや、ちょっとこれは言いきれねーな。正直直感だ。」

「や、それがホントでも全然違和感ないよ…うぅ、阿部ぇ、今後も頼りにしてるよぉ。」

「するな!!気持ち悪い!!」



うぅ、と泣き真似をしてみると、案の定ボカッと殴られる。阿部はホントに酷いやつだ。
でもそんな悪いやつでないのは、この半年でわかってきたと思ってる。



「あと花井な、ちょっとさっき話したけど、オレと似たようなこと言ってた。」

「マジ!?うわぁ、花井も頼れるなぁ、花井も大好きだ〜…。」

「いやお前、それは自重してくれよ、ホント、気持ち悪いから。」

「阿部ひっで〜。」



人のことなのに、二人は花井はともかく、阿部も根はいい奴。
たとえそれが三橋に近づけないように、という策略のもとだとしても、今のオレには必要だ。
栄口のこと、ちょっとでも多く知らないと。
そのためには外堀を埋めて、いろんな人の目で栄口を聞かないといけない。
このままじゃ、嘘つかれたまま、あの無理な笑顔を浮かべさせ続けることになる。
それは、いや。
本当に。
阿部にありがとう、と言えば、お前じゃなくて栄口んためだ、と言い残して三橋のほうへ帰って行った。阿部らしい台詞だ。
そうして着替えが終わる頃に、花井と栄口は帰ってきた。
二人以外はもうとっくに着替えを終わってるのに、いつまでもぐだぐだしているのは、疲れているからだろうなぁ。
花井は着替えるのが早くて、終わるなりみんなに帰れよーと声をかけ始めた。
花井の声にぐだぐだしていた面々も、ようやく腰を上げて動き出す。
最後に花井と田島が出て行って、オレ達は違和感なく、残った。
栄口は、まだ着替えてない。



「…栄口?どしたの?着替えないの?」

「…水谷さ、ちょっと別のとこ向いててくれない?」

「え。」

「さっきから…そんなに見られてたらさすがに恥ずかしくて着替えられない。」

「えぁっ、ゴメン!」



呆れた表情で告げる声は、やっぱり優しいんだけど。
オレは慌てて後ろを向いて、視界に入らないように、する。
栄口が男でも、オレも男なわけで、反応するものはしてしまう。
あぁあまた恥ずかしいことしてるオレ、ホントに馬鹿だなぁ。
すり、と布ずれの音。
その音が妄想を掻き立てる、リアルに、脳内が沸騰しそうだった。
もちろん、好きになってからそういう考えを起こさなかったわけはない。
探究心との間で、ちゃんと欲求も揺れていた。
熱の下がらない夜は、想像のまま処理してしまったこともあるわけで。
夢にまで見た、その妄想が背中にはある。
これは、結構、ヤバイものが―――。



「水谷。」

「あ、な、なに?」

「こっち、向いて。」

「…っえ!?」



問い返す前に、首はぐるりと回ってしまった。
蛍光灯の照らすほのかに暗い部屋の中に、白い、体が。



「っっっっっ!!」



つい、首の位置を戻してしまった。
呼ばれていたのに、そんな状況じゃないことはわかっているんだけど。
理性が。

ふーっと息を吐いて、ちゃんと振り返る。
栄口はまた、泣きそうな顔をしていた。
状況が、わからない。
自分の理性が崩壊しかかっていることもあって、理解力が落ちている。



肌の上には、いくつも赤い点があった。
白い肌の上、いくつもいくつも、あちこちに。
そして、脇腹のほうに、細く、赤い線が。
現状理解が、まったく追いつかない。
栄口の肌、というか、普段露出しない部分を見るのは初めてと言っても過言じゃない。
ちらりと盗み見たことはあっても、すぐに逃げないと頭が爆発してしまいそうだったから。
今、こうして見て。
絶句、するしかなかった。

赤い点がなんなのかは少し、決めつけるには難しい。
位置だけ見れば、それが何なのかは一目瞭然なのだけど、嫌だ。
それ以上に、脇腹の赤い、線が。
す、と幾重にも引かれたそれは、まだ真新しいような、傷。



「…きたないでしょ、これ。」

「…。」

「ね、水谷。」

「…。」



「オレ、絶対水谷のこと後悔させるよ。」



「…どうして?」

「教えない。」

「…そう。」



悲しそうな顔。
オレは、ただ思ったことを、口にした。



「さかえぐち。」

「…な、に?」

「栄口は、可愛いね。」

「…は、ぁ。」

「オレは、栄口が好きだよ。」




息を呑む音がする。




「話して、栄口。」




「い、やだよ。」




「栄口。」




「いや、いやだ。」




「オレ、逃げないから。」





突然動き出した、時間。
栄口が、泣いている。
泣いている、迷子になった子供みたいに。
音はないのに、胸を痛ませる。
ごしごしと拭っても終わらない。そばに言って、背をさする。
どんどん嗚咽が激しくなって、いつの間にかオレは栄口を抱きしめて。



少し、分かった。
栄口は、ほんの一言を知らない。
言えなくなってしまう何かがあったんだ。
温かい体を抱いて、ふと思ったそれが正しいかはわからない。
栄口はこれからもまた、話してくれないだろうから。
冷たい笑顔。
泣きそうな、笑顔。
心が、冷たい理由。
経緯は知らないけれど。
栄口はずっと昔に、自分のことを、忘れてしまったんだ。
そう結論付ければ、簡単だった。
何を求められているかも分からないから。
誰が栄口を、こんなふうにしてしまったんだろう。
それだけでも、知りたかった。







後悔なんて、安い言葉でオレは絶対に逃げない。
一時的な幻覚だと、周りが冷たく見下すなら構わない、好きにしろ。
報われない?そうかもしれない。
欲しいとは、考えない。
それが妄想の戯言でも、オレは馬鹿だから。
今は感情に、素直に従うだけ。
栄口が好き、笑ってほしい、それだけ。
もし寄りかかってくれるなら、オレは全力で腕を差し出す―――。
笑ってくれるまで、ずっと、ここにいよう。

ずっと。

たとえその涙の理由がわからなくても、泣いているその一瞬がすべて。






























「…ここまでありがと、気をつけてね。」

「オレはへーき、栄口が気をつけてね?」

「…もう大丈夫だよ、ごめん、心配させるようなことして。」

「そんなこと、ないよ。」

「…そう?でも、ごめんね、水谷。」

「大丈夫、栄口。ね?」

「…う、ん。」



オレ達は、家の方向がまったく違う。
一緒に帰るつもりっていうのは、栄口を家まで送ろうと思ってのことだった。
相当な距離があるし、少しでもそのうちに話が聞けるかも知れないと思った、安易な。
結局はほとんど話さず、ただその間、完全に開いてしまっている距離にオレが泣きだしそうだった。
彼の家、この道の先にあるそれが、気になっても今はまだ遠い。
居たたまれなくて、じゃあね、と声をかけると、栄口は控えめに笑んだ。
かすれた目元が、痛々しい。
その理由を知らないオレはまだ、踏み居る権利も何も、持っていない。
まだ遠い、遠すぎる。
そんなことを気にして、く、と振りかえった、その時だった。



「み、ずたにっ。」

「っ、な、何?」



必死な、目つき。すがるような、その理由がわからない。



「こ、こで。」

「…うん。」





「キス、して。」





遠く離れた体が、ぐ、と近づく。
ほんの一瞬でぶれる遠近で、気付けばもう唇が触れていた。
ただただ短い時間を、共有する温もり。
たったそれだけの時で、離れた。
柔らかな余韻を残して、すぐに体は離れた。

栄口は、笑った。

それはオレの知らない、とてもとても。
暗い笑顔。

嘲笑っていた。
ふわりと、音もなく。
嘲りと自嘲と、すべてを否定する。

まるで、悪魔のような笑顔だった。



「…ありがと、水谷。」

「………。」

「ありがとう、すごく感謝してる。」

「………何、が?」





























「水谷には、教えてあげない。」






















笑う。



「また明日、じゃあね。」



小さな笑顔を残して、栄口は踵を返すと歩いて去ってしまった。
それはまるで、踊り出すような足取りで。
黒い夜が、栄口をすっぽりと覆い、ゆっくりと、消えた。

空間そのものの風が止まってしまって、息苦しくて仕方がない。
空気さえも凍らせる笑みが、脳内にこびりついて離れなかった。

そうか。

ようやくと息を吐きだした喉が、なおせり上がる冷たいものに侵食されないうちに。





「あれが、さかえぐち。」






自分に言い聞かせる。
突飛な笑顔は、忘れないように縛りつけて。

やっと始まった。言い聞かせる。

心臓の上をばしばしと叩いて、呼吸を整えて、前を見据える。
そうだ、やっとスタート地点じゃないか。
待ちに待った彼の冷たい部分を、ようやく露呈してもらえたんだ。
好機に変えよう、なんとしても。

触れた唇をなぞる、不謹慎でも。
その唇にたくされた情念が、助けてくれと叫ぶから。







例え彼に一欠けらの好意がなくても、それでも奔走するだけだ。
言い聞かせて、走って、振りはらう。


ごめんね、好きだよ。



遠くでそんな声がした。







NEXT






水谷はホントはびびりです。
阿部はいいやつです、花井はなんか謎です。
田島は花井が栄口のことを考えてると知って、途中から静かになりました。

栄口は、これからです。
瓦解です。

本番スタートってやつです。