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一度途切れてしまった編み目をもう一度編み直すのに、とてもとても時間がかかった。 以前のようには行かなくても、どうか少しは鏡像となれますようにと願った。 それでもやっぱり神様はいなくて、誤った手を握ってしまった僕はまた井戸の底を見る。 音を鳴らしても満足しない中心は、いつまでも亡霊を追いかけて。 追いかけて。 いつかいつか救われると信じて伸ばした手を、あぶるような熱が裂いていく。 褪せていく記憶。 空虚な音が鼓膜を鳴らす。 お前がいてくれたらいいんだよ。お前がわらってくれていたら。 壊れた世界を直して、やっと解放されたのに。 もう一度突き放す、愛情に充ち溢れた言葉。 そうして増えていく、熱に呑まれる、のた打ち回る腫れた道。 枯れた声で囁いた。 求める声を突き離せない、脆弱すぎる心を。 愛しているんだから、大丈夫だよ、ずっとここにいるよ。 だからだから、すべての戒めたる貴方よ。 もう一度ここに来てくれませんか。 飽いて開いた大きな穴を埋めるために、貴方がいれば出来るから。 そして僕はまた囁く。 荒れ果てた降魔の足をひたと睨んで。 自らの心を差し出します。 早く、早く壊れてしまえと。 眩暈もただのガラクタであれば ― My Peace again, Please again. ― 青い空、白い雲。未だ夏の名残りを感じさせる、蝉の声と熱い風。 熱されたコンクリートの床は日陰でなければ熱すぎて、腰を落ち着けるには似合わない。 給水タンクを背にして、座り込んでいる。わざわざ端の方まで行って。 水の入ったタンクはそれだけでも冷たくて、傍の空気さえもひんやりとしているように感じたから。 サボった。 高校に入ってからは初めてだ。 一瞬きょとん、とした栄口も、一緒。 すごく簡単な返事。 うん、いいよ。 巣山の方がびっくりしていた。 栄口は真面目だから、イヤって言うと思ったのに。 あっさりとOKしてくれて、嬉しくなって。 手を繋いでここまで走った。 階段も駆け上がって、さすがに息は切れないけど体温は上がってる。 ひんやりしていた栄口の手も、いつの間にか温かい。 まだ、つないでいる。 それだけで混乱する頭、女の子とならいっぱい繋いだことあるのに。 やたらどきどきする、馬鹿だ、オレ。 たいがい馬鹿だとは思ってたけど、ホントにしたいこと忘れてるみたい。 レンアイごとに関しては多少器用だと思ってたのに。 いざ二人きりになるとどきどきするって、ホントに馬鹿。 繋いだ手が、離せない。 いつの間にか、恋人つなぎ。 過程も何もかも素っ飛ばして、手をつないでる。 日陰のコンクリートは冷たくて、ひたすらに上がる体温を少しずつ冷ましていく。 タンクに、くて、と寄りかかってみればそれも冷たくて気持ちいい。 隣で膝を立てている栄口は、こうしてサボっていてもだらしない座り方はしてない。 反対の手は向こうで、コンクリに投げ出されていた。別段、おかしなところはない。 さっきの笑顔は、恋しいけど。 ただこうしている分には本当に、何にもないのに。 でもその心は何を考えているのか、全然さっぱりわからない。 どうしてサボってくれたの?何しに7組に来たの? どうして、付き合ってくれたの? 興味、そう言って笑った真意が気にかかる。 そんなに簡単なわけがないのだ。 優しいけど、いい人だけど、どっちも男で。 なんて、じゃあ自分はって言われても俺は説明出来るけど。 栄口にはそんな理由、あるわけない。 なんていうの。 それはなんていう名前の興味なの? 「…手、あつ…。」 「あ、ゴメンっ、すぐ離すっ…。」 「違う違う、そうじゃなくてさ、全然緊張しないなーと思って。」 「…え…?」 「手、繋いでるのに。」 離そうと力を入れかけた指が、もっと深く絡まって。 少し上ずったような声が、仕草が、体温を上げていく。 きゅ、とつなぎ直して、体を起こす。 同じ高さで話がしたい。 笑って。 「手、どんどん熱くなってる…。」 「今オレね、すごいキンチョーしてんの、分かる?」 「熱いのにね、でも、オレも…。」 小さな声で、緊張してる、と。 ふ、と逃げる視線が。 苦しげだった。 「さかえぐち…?」 「うん?」 「どう、したの?」 「…何が?」 「苦しそう…。」 「変な水谷、そんなことないよ?」 「…嘘つかないで、ちゃんと言って。」 「水谷。」 笑う。 「嘘じゃないよ。」 繋がっている指がふと、冷たくなるような気がして。 嘘じゃないなんて、見え透いた嘘で、誤魔化されたりしないのに。 ホントは嘘だってわかっているのに、いざとなると踏み込めないでいる自分がいる。 ぎゅっと握った手を、それでも離したくない。 どれだけ滑稽でも、離さない。 真夏の空気を凍えさせる声音も全部、受け止める。 「ねぇ、栄口、好きだよ。」 「…興味とか言ってなかったっけ。」 「ううん、栄口に怒って欲しくて、嘘ついた。」 「オレに怒ってほしいの?なんで?」 「ちゃんと聞いてよ、栄口。」 「…?うん。」 「ホントに好き、大好き。ずっと好きだった。」 「…ホントに?」 「ホントにホント。」 ねぇだから、そんな悲しそうな顔しないで。 笑ってるつもりなら、もっといつもみたいに、上手に。 笑えないよね、そんな状態じゃないんだよ、って。 叫んで、栄口。 「…そう、はっきり言われると、恥ずかしい。」 「え。」 「なんか、興味って返したオレ、馬鹿みたい。」 「どゆ、こと?」 「好きだよってこと、嬉しくて三橋に言っちゃったくらい。」 あぁ、だから三橋は知ってたんだ。 栄口が寂しいなんて言えたんだ、知ってたから。 でも、嬉しいの意味がわからないよ。 のぞき込む視線が優しすぎて、目の前の黒いカーテンが薄れてしまう。 「好きだよ、水谷が。」 情けない。顔が熱いよ。 その言葉が本心じゃないことくらい、栄口の顔を見ていればわかるのに。 辛そうに笑う栄口を見てたら、嘘だってわかっちゃうのに。 泣きそうな顔して言わないで。 お願い、本心を。 「栄口、泣きそうな顔してる。」 「…どうして?」 「栄口、ホントのこと言って。」 「…。」 「お願い。」 ふ、と消えていく表情。 オレの言葉が、一つ一つ熱を奪っていく。 じ、と見つめても、栄口はもう何も言わない。 冷たい目で見つめて来て、もうそれだけでもオレのほうが、泣きたい。 だけど、このままでいるわけには行かないから。 オレは本当に、栄口が好きなんだよ。 それでも君は笑うから。 「水谷が信じてくれなくても、オレは水谷が好きだよ。」 どんな向日葵よりも、綺麗な笑顔が。 流れてくる涙をオレは、拭うことすら出来ずに笑う栄口を見ていた。 そろ、となぞられるしずくの行方も追わずに、呆然と。 信じたくて、信じてはいけない言葉。 甘すぎて、寄りかかってしまいそうになる声を。 その笑顔で突き放す。 もっと、時間がいる。 こんなくらいじゃ栄口は、話してくれない。 何も。 こんなオレじゃ、話してくれない。 ボロボロ零れてくる涙は、次々コンクリと、栄口の指を濡らす。 繋いだ手はそのままなのに、冷えていて。 対の手が、背を撫でる。 笑ったまま、世話をやく、そんな笑顔で。 しばらく止まりそうにない。 こんな情けなくて、どうして。 でも、助けたいのに、おかしな栄口を。 遠くで聞こえる蝉の声と、無音の世界が涙を詰める。 一時間丸々泣き通せてしまいそうだった。 「ごめんね、水谷…。」 「…ううん。」 「謝らせて、もう一回だけ、ごめんね、水谷。」 背を撫でる手は、ホントにどこまでも優しいのに。 「好きだよ、水谷。」 * 結局、5時間目の授業内で泣け止めなくて、6時間までもつれ込んだあとは、ただ話をした。 他愛もない、普通の会話。 オレは話してばかりで、栄口は聞いてくれる。 それから最後に、一緒に帰る約束をして、教室に帰った。 阿部と花井に集中砲火を喰らったけど、心ここにあらず状態のオレはほとんど聞いてなかった。 次第に二人も俺が目を腫らしていることに、泣いたらしいことに気付いたみたいで、なんかあったなら話せよ、という花井の言葉を最後に、お説教は終わった。 クラスメイトの女の子はさっきの授業どうしたの?とか、泣いたの?とか聞いて、不躾な様で、励まそうとしてくれている。 そんな気持ちを無下にするのは悪いから笑って、なんでもないよって、また笑った。 何かあるなら聞くからね、という姿は確かにいい子だし、もちろん嫌いなわけじゃない。 だからって、何か話せるほど、元気じゃなかった。 いっぱい泣いて、でも少しわかって、今はどうかって、頭が真っ白だ。 わかってなお、もっと深い謎がわからなくなっていく。 もっともっと迷い込んでしまって、それを考えただけでももう、思考が停止し始める。 栄口は、わかってあんなことを言い、笑うんだろうか。 惑わせて、突き落とす。わかってやっているなら、そうしないといけない理由を、知らないといけない。 そのうちオレはまた、泣いてしまうだろうけれど。 オレが泣くだけならオレは、全然構わない。 授業が終わればすぐにHRで、HRが終われば掃除当番以外の生徒は帰るか部活。 オレ達は当然のこと、野球をやりにグラウンドへ向かう。 そう言えばサボったことに関して担任は何も言ってこなかったな、よほどゆるいのか、そこのあたりはよくわからない。 あんまりサボって出停を食らうのは馬鹿馬鹿しいから、なるべく気をしないほうがいか。 でもきっと一度味をしめたら何度もやってしまうだろう。 またサボる、栄口と。 甘ったるい響き、でも甘いだけなら嫌いじゃない、全然。 それでも栄口といると、絶対に甘くはならないから。 カバンを担ぐ。心配そうな顔をした花井と目があったから、ひらひらと手を振り返した。 まだ目の腫れが収まってないんだろうか、でも部活に支障が出るほど酷いものじゃないとは思う。 一回顔を洗ってから行こう。阿部も花井も、さっさと行ってしまうだろうから。 「おい、ボケっとしてんなよ。」 「っ?阿部?何?」 「さっさと行くぞっつってんだよ、歩け早く。」 「何?え?いつも先に行っちゃうじゃん。」 「…るせーな、置いてかれたくなかったらさっさ歩け。」 「阿部コラ、言いすぎだって!」 「花井…。」 「るせぇ、何で気ぃ使ってるこっちがバカみてぇじゃねぇか。」 「…あーはい、すいません。」 「阿部!!」 「う、あーもう!歩きながら話そうぜ!進まねぇだろ!!」 あぁ珍しい、あの阿部が心配してるのか。そんなに酷い顔してるのかな? 気の抜けたような顔はしてる、とは思うけど。 先々と歩いて行く阿部の背を追って、オレと花井も歩き始める。追いつくなり、すぐに口を開いた。 「オレさ、そんなに酷い顔してる?」 「酷いっつーか、目ぇ腫れてるし、なんか気ぃ抜けてるし。」 「授業っサボって栄口と何してたんだよ、泣かされるようなこと栄口がするとは思えないんだけど。」 「栄口は悪くないよ!オレが勝手に泣いただけだし!」 「女かお前は。」 「阿部!!」 「わりぃ、で、栄口と何してたんだ?」 「…阿部が聞くと下心がありそうで怖い…。」 「んだとぉ!?」 「水谷!阿部!お前らちょっと真面目に話しろよ!!」 「「ごめん。」」 「で?何してたって?」 「話してた、だけ。ヤマシーことは何にも。」 「じゃ、なんで泣いてんだよ、女かお前は。それともついに振られた?」 「振られてないし!OKしてもらった!!」 「「………………。」」 「…何?」 「なぁ、ちょっと待ってくれよ、オレはさ、阿部が冗談で言ったもんだと思ったんだけど。」 「オレは冗談とは言ってないけどな、なんで栄口がOKしてんだ…?」 「なぁ、阿部、そこなのか?そこが問題なのか?」 「つまりお前ら、付き合ってることになるわけ?」 「そういうこと。」 「じゃあなんで泣いてンだよ、意味わかんねー。嬉し泣きとか言うなよ。」 「言わないよ!!マジで悲しかっただけで…。」 「だーかーらーそれが何か聞いてんだろクソレフト!!」 「酷い!!阿部の馬鹿ぁっ!!」 「二人とも!!落ち着けーっ!!」 ボカン。 母ちゃんの鉄拳を頭にもらいました、結構も何も、頭蓋骨が陥没しそうな程痛かったです。 阿部もしゃがみこんでいるので、相当痛かったのでしょう。 はい、オレも相当涙目です。母ちゃん怖いよ。 ひりひりする頭を抱えるようにして花井を見ても、肩で息をしながら睨まれるだけだった。 もう相当怒っているとしか思えない。 毒気を抜かれるようなことでも言わないと、長いお説教が始まってしまう。 「…はぁ、もう、いいから水谷さ、分かるように話してくれよ、頼むから…。」 「や、でもさ、いんだって、ぜってーわかってもらえないもん。」 「へー…、田島と三橋には話せんのになぁ?」 「………。」 あれ、花井の目が据わってる。 もしかしなくても、田島を頼りにしてることに怒ってるんだろうか。 あああこの人ホント過保護過ぎる、だから田島に相談しにくいなーって思ってたんだったよ。 嘘でも泉に相談してますとか言っとけばよかった…って、泉の方が真っ向否定するだろうな。 じーっとこっちを睨んでくる花井、視線はいつまで経っても外れない。 なんだか、阿部のほうが同情的な目でこっちを見ているから、やりにくいことこの上ない。 勘弁してよ、もう。 「あんね、じゃあ言っとくけど、聞いたら後悔するよ。」 「…はぁ?」 「だって、二人、栄口と一緒にいる機会多いでしょ。業務連絡とか。」 「あぁ、まぁ。」 「まぁ聞いても、冗談って言って流せばいいんだけどね。」 ホントは普通に話したっていい。 だけどくして発破をかけて、もっともっと深くまで入ってくれる協力者のほうが、いい。 オレだけじゃダメだよ、どうせ。 だからもっと、現状を壊すなら、それくらいしないと。 「…くだんね、心配して損した感じする。」 「じゃあ阿部は聞かないんだ、オレはそれで構わな…。」 「誰が聞かねーったよ、一回気になったら消化不良のまま終われねーんだよ。」 「阿部…。」 「同感、んなこと言われたら逆に引き下がれねぇよ。」 「花井…。」 「何があったんだよ、お前ら。いや、具体的には栄口、か?」 二人は一度首を振っているから、そこだけが心配だけど。 少し、自分の弱気に感謝しよう。 腫れた目をこすって、向き直る―――。 NEXT うちのふみきはヘタレです、泣き虫です。 阿部は基本的に可愛ければなんでも雑食属性です。 花井は母なので、息子たちがしょぼーんしてると放っておけません。 田島様は割と自分の限界を知っている子なので、何かあると花井母に相談です。 栄口は嘘つきです、腹黒です。 三橋は勘のいい子です。 水谷と栄口は、まだ恋人じゃありません。 今更ですが、前文の小細工は順不同です、繋げればなんとなく言葉になります。 一応伏線として遊ばせてみました。 |