|
暗い。 冷たい路面の上で固まる悪意に、もがれた「意思」は働かない。 鈍った本音をかき乱す。 奪われた「意志」に、気付かないで。 体を起こして走らせて、 だけど僕を、探さないで。 今度その手を取ってしまったら、僕は二度と走れない。 振り払う贄、降りかかる聖母の幻想。 忘れた闇の奥に光る、どこまで青い幻想で、 僕を忘れて。 眩暈もただのガラクタであれば 11 ― Sometime darkness in the Blue ― あの日を最後に。 栄口は消えた。 学校には病欠届け、部活には連絡なし。 メールに返信なし、電話は音信不通。 自宅にかけても無反応、携帯のほうは、 ―――おかけになった番号は、現在使われておりません。 家に行っても、明かり一つ灯らない部屋たちから、人の気配を感じない。 散乱する郵便受け、黒く滲む暗鬱な空気。 どこへ、どこへ消えてしまった。 あの時、安易に手放さなければ。 何か穏やかでないものを感じ取っていながら、大丈夫、そんな言葉を信じて。 助けて、助けて、そんな声が聞こえているのに、 どこに手を伸ばしたらいいのかわからない、ただ、膝を折って。 無駄だとわかっていても、メールはしてみる。 不通で帰ってきたら、今度は電話をする。 携帯がダメだから、今度は家にかける。 それでもダメだから、何度も家まで行く。 もぬけの殻のような空気でも、何度も何度も行った。 もしかしたらいるかもしれない、もしかしたら、光が灯っているかもしれない。 そんなこと、もう無駄だって知ってても、何度も繰り返した。 何日、経った? 数えることすら億劫になって、ただ毎日栄口を探した。 部活の面々も何度となく協力してくれた、監督も、それなりに連絡を取ろうとしてくれてるらしい。 学校にだけ連絡が来ていて、野球部のほうには音信不通。 一応、試合を控えていることは、知っているはずだろう。 だけど監督のほうも、連絡はとれないらしかった。 毎日、何度も確認して、何度も、不通。 空虚が襲う、絶望感が大きすぎて、破裂してしまいそうだった。 強くなりたい、そう願ったばかりだったのに。 やっと触れ合えた、その矢先だったのに。 どうして他の手段を考えてやれなかったんだろう。 多少強引にでも、ついて行けばよかったのに。 小さすぎて、どうしようもなく弱くて、自分の情けなさに何度も泣いた。 泣いたところで現状が変わる由もないのは分かっていて、でもどうしようもなかった。 いつになればこの虚無感が消えるだろうか、いつになっても、消えないか。 頭の中は常に栄口のことでいっぱいいっぱいで、何も手につかない。 どうしたらいいのか、そんなことばかりを考えて。 だけど実行に繋がらない、安易で端的な頭は、何の良策も思いつかない。 ―――いなくなってしまっていたら、オレはどうしたらいいんだろう。 あの日感じた体温を失いたくない、失わないために強くあろう。 たった一週間で、奪い取られてしまった。 喪失感が頭から離れないオレは、立ち止まったまま動けなかった。 栄口、 せめて、生きていて―――。 どこに向かって叫べば届くのか、それすらも、わからなかった。 栄口と過ごした時間が、忘れられない。 忘れたいとは思わない、ただ、まるで中毒のような気がして。 失ってしまった部分を補おうにも、何者にも侵す事が出来なかった。 大きすぎる、本当に大事な時間。 どうして、失わなければいけなかったのか。 どこかで、泣いているような気がして、ならない。 栄口はただ、オレといたいって思ってくれた、それだけだったのに。 どこかにいるなら、もっと強く大きな声で、助けを呼んで欲しかった。 * 「…に、おい、水谷っ!」 「っ、わ、何…えーと、何の話してたんだっけ…?」 「馬鹿かお前!お前がちゃんと聞いてないでどうするんだよ…!」 田島の声に急速に意識が引き戻されて、自分がミーティングの真っ最中だったことを思い出した。 現実逃避に浸っていたけれど、暢気な状況じゃないことは、重々わかっているつもり。 栄口がいなくなってしまって、どれくらいの時間が経ったのか。 簡単な数字に表して、もう2週間が経過している。 最後に別れたときから、2週間、14日、336時間。 何回も計算して、たどり着きたくもない数字。 本当なら、24時間のうちには必ず会っているはずなのに、336時間、ずっと見ていない。 悲しいけれど、真実だった。 あの日を境に、栄口は消えてしまったんだ。 思い事実がのしかかり、思い気分に頭は働かない。 栄口を欠いた野球部は、オレにとっては物足りなくて。 日々はモノクロ。 気持ちは憂鬱。 心配と陰鬱とが複雑に絡んで、停止する思考は先を示そうともしない。 考える気持ちすら、停滞してしまった。 そんなオレを見かねてか、本格的に栄口を心配し始めたのか、花井は今日、ミーティングを開いた。 副主将が2週間もの間、一つも連絡をよこさず、挙句こちらからの連絡も取れない状況に陥っている。 もっと早く動きだすべきだったんだろうけど、肝心のオレがまともに動かなかったからだろう。 花井のほうは、今更になって動き始めたことに対し苛立っているみたいだった。 動けないんじゃない、できる限りのことはしたけど、ダメだったから。 わかってはいるんだろう、ここまで待っていた自分に対し腹を立ててる、花井はそんな奴。 栄口の様子がおかしかったのは、もう隠せない事実だろう。 田島は口の軽い奴じゃないけど、必要なら口を開く。 隠してはおけないだろう、栄口は怒るだろうか。 ―――いや、あの日のままなら、きっと栄口は笑って「いいよ」っていうだけ。 それくらい、優しくなれていたのに。 「で、整理して…栄口の家には連絡取れる、携帯は使われてないっていう返答。」 「…えーと、自宅にかけても、野球部とか、友達だとか言っても栄口には繋いでもらえなかった。」 「教師からかけたらつながるみたい、ただ…。」 花井の問いかけに誰ともなく、誰かが補足を加えて話は進む。 声は遠く聞こえる。 ミーティングで栄口にたどり着けるんなら、そう思って参加はしたけど。 これじゃダメだ、埒が明かない。 一度でもそう思ってしまったら、真面目に取り組む意欲さえ薄れてしまう。 時間は何処までも空虚だ、こんなこと整理してて、どうやったら栄口を助けられる? 電話には出ない、結果がわかってて。 でもオレだって何も出来ない、結局、誰もたどり着けないのだ。 学校側だって訝しんでいる、病欠にしては長すぎる。 今に休学届けが出されてしまうんじゃないだろうか、そうなると、栄口は―――。 どうなるって、いうんだ。 栄口伝手にしか、家族のことは聞いていない、信頼はしているようだけど…。 安心出来る相手かと言われればそれは違う。 オレの見解だけど、今、仲の良さは関係ない。 お父さんも、お姉さんも弟も、今もきっと、母親扱いしかしていないんだろう。 栄口を壊した元凶、やっぱり、返すんじゃなかった。 後悔ばかり募る。 今となってはもう、どうしようもない。 たどり着けないのだ。 結局そのミーティングは、意味のあるものにはならなかった。 誰も栄口にたどり着く方法を見出せないでいる。 歯がゆくても、仕方ない。 初めて栄口の本質に触れたときのように、底知れない暗いものが渦巻いている。 何か出来るなら何でもするのに、その何かが、見つからない。 事実と時間ばかりが募りに募って、胸が痛くて思考も止まる。 練習のない日にわざわざミーティングを開いて、収穫はなし。 全員悩みに悩んだ顔を隠しもせずに部室を出て、後はもう、帰るだけ。 部活をしてても、オレの頭は部活に向いていない。 だから何をしていても一緒なんだけど、あまりにも腑抜けていると、どこからか怒声が聞こえてきそうだ。 何をすべきか見つかるか、わからないけど。 今日も、栄口の家に行ってみよう、手がかりでもつかめるかもしれない。 あくまでかも、だけど、何もしてないよりは、マシだと思う。 部室を出て、それぞれが自宅への道を行く中で、オレの足は反対へ向く。 正反対の方向、距離にしたら相当遠くて、呼び出されて自転車を飛ばした時間が懐かしい。 「水谷、お前どこ行くんだよ、お前ん家そっちじゃねーだろ。」 「あー、栄口の家、行ってみようかなって思って。」 自転車を押して歩き始めた時、すぐ田島に声をかけられた。 別に引き止められたりはしないだろうし、隠すことでもないだろう。 オレの返答に何を思ったのか、田島はそれまでの沈んだ表情を一変させて、 「オレも行く!」 と、告げた。 別に異存はない、田島がいてくれたほうが心強いというか。 情けないことに、やっぱりオレは強くなくて。 そんなオレの内心も田島はわかっているんだろうか。 ただ小さく、笑う。 その笑顔の下に何が隠れているのかはわからなかったけど。 今はそれがとても、力強いものに見えた。 「…で、お前らがこっちにいるのか…何の用かと思えば…。」 「何だよー、悪いの?」 「いや、悪かねーけど、水谷は毎日のように来てるじゃねぇか。」 「心配なんだもん、いいでしょ別に、阿部に来てって言ってるわけじゃないんだし。」 「そーだそーだ、阿部に迷惑かけてねーからいいだろ!」 「そうじゃなくてだな…。」 阿部が言いたいのは、オレの足労のこと? 何しても、阿部がそんなやつだとか、想像できないわけだけど。 素直にそう言葉にすると、少し黙った後、献身的だと思っただけだ。とだけ零した。 信じられない、いつもなら辛辣な言葉の一つや二つぽんぽん飛び出してくるこの口が。 献身的だとか、阿部でもそんな言葉を使うのか。 阿部と栄口は同中であり、副主将仲間でもある。 オレの心配じゃなくて、栄口のほうの心配に傾いてるに一票。 茶化して言えば、まぁそれもある、とつなげる。 「栄口が心配なのは当然だけど、お前も気にかかると言えばな、」 「え?なんかオレ、おかしい?」 「前にも増してボケボケしやがって、これでおかしくないほうがおかしい。」 「それ同感、前より酷いんじゃね?」 呆けていた自覚はあるけど、前より酷いとはどういうことだ。 いや、喪失感の分をプラスすれば、確かにそれくらい酷くても、おかしくなってても、ねぇ。 たった数週間の間とはいえ、それくらい、栄口の存在は大きくなってた。 気持ちに気付いた当初とは、比べ物にならないくらい。 それこそ、初めて出会ったときよりも、ずっと。 ボケたって仕方ないじゃん、それだけ大きいものが今、いないんだから。 そうと言葉にしようとして、やめた。 なんで阿部が一緒にいるかは、話さなくてもわかるだろう。 方面が同じだし、っていう理由から今は一緒に帰ってる。 けどたぶん、阿部はついてくるだろう。 オレと田島だけじゃ、何かと心配だと、思ってるはず。 実際阿部は、ホントはすごいいいやつだし。 オレ達は阿部の家を知らないから、岐路もわからない。 このまま栄口の家につくまで何も言わなければ、阿部は何も言わない。 阿部も、栄口のこと、心配してるから。 薄暗くなり始めた道を進み始めて、数日のうちに通いなれてしまった道を進む。 慣れるにしても、もっといい状況だったら、通う足も明るいものなのに、な。 しばらく進んで、曲がって。 他愛ない雑談を交わしながら、じき、栄口の家につくというところで。 ――――家の前に、女の人が立っていた。 長い髪、だけど、視界に止めた顔は、栄口によく似ていた。 栄口には、お姉さんがいる。 ふ、と頭を過ぎった単語、彼女が門に手をかけるところで、確信に変わる。 だからオレは、その場で叫んだ。 「あの…!!栄口の、お姉さんですか…!!」 オレの声に、田島と阿部が目を丸める、と同時に彼女も、ゆるい動作で振り返った。 丸めた目をオレたちのほうに向けて、しばし見回す。 しばらくして、 「…西浦の、野球部の方?」 「…そうです、栄口は今どうしてるんですか、ずっと休んでて…。」 「貴方が、水谷文貴くん?」 声は、どこか冷え切っていて。 「貴方が、勇人を連れて行こうとしたのね。」 「…!」 「うちは、勇人がいないとダメなのよ。」 「何いって…!」 「帰って、勇人には会わせない。」 彼女は冷たい声で言い放つと、オレ達が完全に固まっているうちに、家の中へ入ってしまった。 暗い暗い、火の灯らない家の中へ。 栄口はやっぱり家にいる。 疑念が決定打に変わった瞬間、駆け出そうとして、両腕が引かれた。 手首を、田島と阿部が握り締めている。 「田島…阿部…!離してよ!栄口は…!」 「馬鹿言うな!お前、今の状況わかってんのか!?」 「阿部…っ…。」 「今は、ダメだ、あぁなってる人間に真っ向から挑んでも、痛い目見るだけだぞ。」 「だけど栄口は…!!」 「この様子なら死ぬようなことにゃなってねぇよ、とにかく落ち着け!」 阿部の声は何かをまとっているかのように深く響き、抵抗の意志を殺いでいく。 無力すぎる、どうして目の前にいながら、助けることが出来なかったんだ。 闇に沈む家をじっと見つめ、無力さに浮かぶ涙を噛み締めた。 「今はダメでも、次来たときは…オレ、実力行使してもいい。」 「田島、それこそ栄口は不本意だぞ、暴力沙汰でも起こしてみろ、オレ達は野球部だぞ」 「…だけど!!」 「最悪の場合にとっとけ、今は…もう帰れよ。」 低い声が告げる。 抗う意志をねこそぎ奪うその声は、栄口の家に向けていた体を勝手に引き戻していった。 なんで、どうして。 遠くに霞む阿部の顔はいつも以上に無表情だったが、 どこか、火のような怒りを湛えているようだった。 気付くと田島と二人、西浦の前まで戻ってきていて、田島とはそこで別れた。 どうして、どうして。 家に帰り着くなり、無力に泣いた。 どうか、どうか、無事でいて。 NEXT 栄口のお姉ちゃんの容姿なんてわかんないよ!!← というか、今月発売の11巻にはどうやら登場してくれそうですね? そしたら修正します^^; そんな感じで眩暈です、はい、水谷落ち込みすぎな件← ここから終わりに向けて走ってみます、うん、あと5話以内に収めたいところ。 次は栄口視点ですよ、ふふふ← ときどき阿部が不審人物なのはいろんな意味で布石である。 |