あちこちに散らばった傷が全て心の傷と同じなら。

こんなにも深く苦しい傷はない。

自分がつけたもの、つけられたもの。

ひっくるめて、オレは許さない。



この先、オレは強くなる。

 







眩暈もただのガラクタであれば 10 ― And a lot of debris in the ―










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目が覚めた時、部屋は薄暗く、だけどそこには水谷の顔があった。
オレの目が開くと気付いたようで、薄く笑みを浮かべる。
素肌をさらしたまま、オレ自身も肌寒さを感じて。
少し腫れたような眼と、動かそうとして動かない体のきしみを感じて思い出す。
息苦しい首筋、体中を包む倦怠感。

―――死にたくない、って言ったんだ、オレ。

生きている。
あんなにも死んでしまえたら、早く壊れてしまえたらって思えていたのに。
水谷の腕に抱かれていて思ってしまった。
ずっとこの腕の中にいたい、ずっと一緒にいたい。

水谷から、離れてしまいたくない。
母さんの代わりになるなんて、嫌だ。

水谷の傍で、栄口勇人として生きていたいって。
言わなければ水谷はオレのことをちゃんと殺してくれたはずだった。
そしてオレは、母さんになれるはずだったのに。

それが一番大事なことなんだと、思っていたのに。

泣きそうな顔をしてしまったんだろうか、水谷の顔が苦笑げなものに変わる。
長い指がオレの頬を撫でていって、無音の空間に温かさが広がった。





「…体、辛くない…?」





辛いわけなんてない、水谷のしたことは何処までも優しくて、こんな交わりは初めてだ。
ふる、と首を振って、笑んでみせる。
熱い手が、それでも慈しみに満ちていた。
触れ合いが嬉しくて、何度も泣きだしそうになって、結局泣いた。
終わってしまいたくなかった、もっとずっと、本当の終わりまで一緒にいたくなった。

―――あぁ、我儘だと言われるだろうか。
 
一番大事に思わなければいけない家族の思いをないがしろにして、自分の我儘を優先させて生き延びてしまった。
父が、姉が、弟が望んだのはオレじゃないのに。
水谷に望まれたからと、死ねなかった。

我儘でも、いい。
オレは水谷といたい、この先の限界まで、ずっといたい。
親不孝だと、言われても。
罵られても、一緒にいたい。



オレは水谷が好き、水谷もオレを―――好きでいてくれるから。



まだ、死んでしまいたいとは思う。
現実はどこまでも残酷だし、望んだだけの自由が手に入るわけじゃない。
でも生きていたいとも思う、出来る限り。
水谷が望んでくれるうちは、ずっと。





「オレさ、馬鹿だし、空気も読めないしさ、ダメなやつだって分かってるんだけど、ね。」

「…?」

「栄口と一緒にいるために、強くなりたい、心ごと。」

「水谷は十分…!」





強いよ。
その白さは、他の誰も及ばない。
その優しさは、深く深く、そして強くあるのに。

そう言えば、水谷は首を振って苦笑する。
全然なんだよ、すぐ泣いちゃうし、そう言った。
泣いてしまうのは生理現象、仕方ないことだと思う。
だけど水谷がそうと望むなら、止めないでいよう。
オレに向けられた想いで、無碍にしたくなかった。

ならオレは、拒絶する力を手にしたい。
望まれれば答える道しか選べなかったオレに、水谷は拒絶する術を教えてくれた。
拒絶と否定とを手に入れられば、オレは水谷の傍にいられるだけ、強くあれるだろうか。

自分のことを、弱いとは言わない。

確かに心は落ち窪み、悪いことばかりを考える、弱い心かもしれない。
修正も利かないとは思うけど、それでも。
水谷はそれを否定しない、そのままでいいって、言ってくれるから。

でも強いとも言わない。

オレはオレだ。
水谷が、オレでいてくれと言うなら、強弱はもう関係ない。
脆弱な心と壊れた思考を強弱と呼んでも、水谷はそんなこと、気にしないから。



気だるさこそあれ、体に痛みはない。
水谷の優しさが、父に抱かれた痛みすら拭い取ってしまったように感じる。
父との行為はすべて、灰にはってしまったようで。

やっぱり水谷は―――。
本人がどれだけ否定しても、オレはそうだと思う。
馬鹿なことなんてない、その白さがすべてだ。
オレの痛みも、眩暈も全部。
灰に変えれる、オレの特別な人。
オレはそんな水谷が好きになって、そんな水谷じゃなくなっても好きでい続ける。

水谷が好きだって言ってくれる限り、ずっと一緒にいられるから。

体を起こして、差し出される水谷の手に指を絡める。
今までのぎこちない動作より、よっぽど自然で、愛しく感じた。





「―――帰ろっか、栄口。」

「…うん。」







繋いだ手は、祈りの形に似ていた。
神様、オレは貴方を信じてはいない。
オレの祈りは全部、水谷に捧げたものだ。
水谷もきっと、同じ気持ち。








































帰ろう、と言ったくせに、オレは自宅には帰らなかった。

部活の面々と泊まり込みで勉強会をすることになったから。

初めて家族に、自分のための嘘をついた。
必要なものだけ取りに帰ってから、水谷の家に泊まらせてもらう。
家にはちょうど姉さんしかいなくて、嘘もつきやすかった。
ホントはいけない、こんな嘘をついて先延ばしにしても何も変わらない。
わかってはいても、オレは水谷から離れたくなかった。
父や弟に合わせる顔もないし、自分自身、決心がつかない。
揺れる心のまま家に帰って、またいつものように父の期待に沿わなくてはいけなくなったら。

きっとそれを受け入れられない、絶対に拒絶する。
オレはもう家族のための母じゃない。

水谷の恋人。

それだけを望んでいたいと思ってしまっている。
だから家には帰らない、もう少し、ちゃんと父と対面しても揺るがないだけの時間が欲しい。
母と呼ばないで、そう告げるには、オレはあまりにも弱すぎた。
水谷のように立ち向かえない、まだ怖い。
実際に勉強会なんてしないだろうし、みんなと口裏を合わせているわけじゃないから、バレるとなると一瞬でバレてしまうだろう。
それはリミットだ、その時は甘んじる。
ただそれまで、少しだけ。
我侭でいるために。
叶えばいくらでも思いつく我侭も、本当に綺麗な未来が待っているかはわからないから。
今だけ、少しだけ。
水谷と一緒に、いたい。

水谷の家の人は、水谷と同じで、本当に優しかった。
家の事情で、という端的な情報に何も言わず、逆に甘えてくれ、とまで言うのだ。
たぶんこれが本当の家族というものなんだ、家が病んでいるだけで。
素直に甘えていいものかはオレにはわからないから、いちいち水谷の顔を見ては反応を探していたのだけど。
むしろ甘えてほしいのだということに気づくまで、そう時間はかからなかった。
この暖かさが心地よかった。

死ななくて、よかったと思うくらいになって。
オレは、幸せだったんだと思う。
水谷といれる時間が、甘えてもいいと言われる時間が。
自分の家族のことを忘れているわけでは、ない。
ちゃんと帰らないといけないとわかっているし、帰らなければどうなるかもわかっている。
それでも立とうとしないのは、オレの甘えで。

水谷はオレに指示しない。
だから、帰りたくないなんて思うまでになっていて。
苦々しい、あれだけ守らなければいけないと思っていた家族なのに―――。





「へぇ、それで毎日一緒に登校してんのな、最近落ち着いてるみたいでよかったなーとは思ってたけど。」

「うん、みんなにもなんか、盛大に心配かけてたみたいで…。」

「適当に誤魔化してっから、他の奴は大丈夫だよ、栄口もさ、前より明るくなったよな。」

「…そう…?」





水谷の家に転がり込んで、早一週間。
楽しい時間が過ぎるのは早いとは、まさにこのことなんだと実感する今日この頃。
今までなら毎日が息苦しくて、時間の経過ばかりを気にしていたのに、今はそうでもない。
時計の針を追って、過ぎない時間にため息をついていたそれまでが、嘘みたい。
際限なく、続けばいいと思う。そんな価値観さえもできてしまうくらい。
そんな幸せな時間を謳歌していた今日、オレ達、というか、オレと水谷と田島と、泉とが屋上にいた。
田島とはこの前のことで色々とバレ、バラされしたから、最近よく一緒にいる。
同類だからだろうか、どうも、お互いのことが放っておけない。
ただ、オレがそうであったように、田島はオレのことに気づいていたし、オレも、なんとなくそうではないかと思っていた。
だからあの日、田島はオレに三橋が聞いているのも構わずカミングアウトしたんだろう。
―――だからオレも、話したわけで。
水谷と泉は購買に出ていて今はいない、が、すぐに戻ってくることだろう。
何をカミングアウトしたかというと、自分の心の状態?
不安定具合を露呈し、田島は水谷ならそんなこと気にしない、大丈夫、なんて言ってくれて。
水谷がそれすらも受け止めてくれることを、田島はちゃんと分かっていて、オレのほうが水谷のことをわかっていなかった。

―――オレだって栄口のこと言えないよ、頭おかしいよ。
   だけど、水谷はそんなとこも含めて、栄口のこと、好きになってる。

田島の言葉を全否定して、こんなオレを認めてもらえるわけがないと思っていたのに。
オレのほうが、水谷のことわかってないよ、田島はすごい。
それは田島が、人の心の動きに機敏になることを迫られたからなんだろう―――。
そのことを、田島はまだ話してくれない、いつか話してくれたらいい、くらいに思っている。
オレのことはほとんど話してしまってるんだ、家族のこととか。
一つ話していないことといえば、オレは本当に本当に水谷のことが好きだったことだろうか。
それすら田島は、知っているんだろうけど。





「これからどうすんの?ちゃんと父親とかに話すんだろ?」

「うん、それは考えてる…―――母さんじゃない、って思ってもらいたい。」





その言葉はすんなり出たはずの言葉だったのに、何故か田島は目を丸めた。
次の瞬間には苦々しげに目を細め、そして、また苦々しく笑んだ。









「栄口の気持ちが本当なら、聞いてもらえるよ…だけど。」












「………?」












「…―――や、なんでもねぇ、栄口なら大丈夫だろ、たぶん。」

「な、何だよ、田島らしくない…歯切れ悪いなぁ…。」



「確証に変わったら話すよ、今は…。」




「ただいまー!今日購買すっごい込んでたよー。」

「テメーがやったら人気のものに飛びつくからだろ、ずっと待たされてたオレの身にもなれ。」

「それはゴメンってば泉〜…って…どしたの二人共?」

「…何?シリアス?」

「いや、終わったとこ、あー!水谷のソレ何!?」

「よくぞ聞いてくれました!購買部の伝説・ウルトラクリームチョコレートサンド、いっつも残らないんだよ〜。」

「…またそんな甘いものを…。」





さすがのオレでも胸焼けするくらいの量を普通に食べるんだから…水谷の胃はどんな構造になってるのか、気にはなる。
いや、止めはしない。
食べた分は動いているし、ある意味バランスが取れているのかもしれない。
甘い物は切り離せないとか、そういうのがあってもおかしくないと思うんだよね…。
突飛した考えであることはわかっているつもりだけど、体に入った甘い物を行方を考えると…飛んだ考えにもなってくるというか。



そんな、暢気なことを考えていられるくらい、平穏だった。
オレの後ろで田島が俯いていることも、泉の眉根が下がっていることも。
知らなかった、幸せでいすぎて。

自分の家族が、どうなっているかなんて、考えもしなかった―――。





































































あまりにも突然で、なんの身構えもなく、唐突に。
少しずつ蝕んでいる何かに気付くことも出来ず、迎えてしまった。

生きる道なんて本当はなかったのかもしれない。









「え!?熱…!?う、うん、わかった、今日は…帰らせてもらうから、うん。またあとで…。」






一日の授業が終わり、部活も終わって日も暮れる頃。
自宅からオレの携帯に、姉からの留守電が入っていた。
部活が終わってからそれに気付いたオレは慌てて家にかけなおし、姉さんから弟が熱を出して寝込んだことを聞いた。
電話を切り、沈黙するディスプレイを見つめていれば、薄ら肌が粟立つ。

帰りたくはない、今帰っても何を言い出すかわからない。
そんなことはわかっていたが、弟が寝込んでいるその最中に、そんなこと言ってる余裕はなかった。
帰らないといけない。
普通に考えれば当然のことなのに、それ一つの行動すら取れないでいる自分は、嫌だ。
自分の家族は守りたい、そう思っていないと、オレはここにいない。
そうでなければ、母さんの変わりになろうなんて、考えていないんだ。





―――帰らなくては。
大丈夫、きっと、なんとか出来る。
携帯を閉じて、一つ深呼吸。
そうしていると、挙動不審なオレに気付いたのか、水谷がオレの肩を叩いた。





「栄口…どしたの?大丈夫…?」

「あ…水谷…。」

「電話、もしかしてお家の人?熱とかって…。」

「うん…弟が…。」

「…帰るの?」

「…―――帰らないと。」

「大丈夫、なの?オレもついて…。」

「ダメ、だよ。一人で大丈夫、だから…。」

「…顔色悪い。」

「…大丈夫、ホントに…。」





こんな力のない笑顔じゃ、水谷の追求は逃れられない。
わかってて、でも、水谷の前ではオレの壊れた笑顔なんて意味、なくて。
無理にこんなことして心配かけるのわかってる、
でも帰らないといけない、水谷の傍を離れて。

過ぎる幻影、呼応する声。
オレは何をすべきなのか、そんなこと。

思い出して、言い聞かせて、水谷に笑う。
笑ってでもいなければ、オレは何も出来ない、ただのガラクタ。
そんな不穏な心を悟ったんだろうか、水谷は一度俯き、それから肩に乗せた手でオレの頬に触れた。
温かい指、オレの大事な、水谷の温もり。
いつもは優しさを湛えるその目は、―――痛烈な意思で優しさを隠していた。
その重さに、口を開けなくなる。










「栄口に何かあったら、オレ何するかわかんない。」









「っ…ばか、自分の家に帰るだけなんだよ…?何もないから、大丈夫…。」

「途中まで送る、何かあったらすぐ呼んで?絶対だよ?」

「わかってる…。」





どうして、どうして水谷はこんなに。
オレを愛してくれるんだろう。








暗い道をオレの家まで進む。
どちらともなく手を繋いで、人目なんてもう気にならない。
コンクリートの道は秋の冷えた空気に沈黙し、口を開いた暗闇の先は何があるのか見えもせず。
行く末を暗示させるような、黒。
それはただの思い込みに過ぎないにも関わらず、オレは恐れている。
この先が闇に沈むことを、戻れなくなることを。

生半可な優しさが信じられないことを、オレは知ってしまっているから。

刻々と縮まる自分の家への距離。
心では何度も嫌だ嫌だと叫んで、でも足は止まらない。
先立つ使命感、浮き足立つ心。
止まらない。
バラバラになってしまいそう、ようやくかき集めたオレの気持ち。
初めて見つけた愛しい欠片も全部、失ってしまいそうな眩暈。

家はもう目の前。
ここで別れて、家に入る。
そしたらどうなるんだろう、オレはちゃんと、













役割を忘れないでいられる?















「…栄口、大丈夫?」

「…うん、ホントに平気。ホントにホント。」

「でも…!」


「―――もう帰らないと…ね…?」






水谷の手を握って、懸命に笑う。
取り巻く不穏な空気は見えないふりで、強がって。

絶対に連絡してね、何度もそういう水谷に何度も大丈夫と言って。
なかなか帰ろうとしない背を叩いて、水谷の姿が消えるまで見送った。
遠くに消えていく背が名残惜しくて、何度も振り返る姿について行きたくて。

振り払う。

オレの目にはもう、黒く滲む自分の家しか見えていない。
行こう。
ここはオレの失くしたものが詰まってる、大事な場所だから。
逃げはしない。





大丈夫だ。

言い聞かせて家の戸を潜る。
ただいま、の声は虚しく空気に消え、光すらない部屋の重い空気に軽く身震いした。
この静けさが異様であることは、わかる。
カバンを放り投げて、階段を上がった。
静まった廊下の冷たい空気に先を感じて、酷い幻惑を振り払い、弟の部屋の扉の取っ手に手をかける。
冷たい金属から伝わる悲痛な声が、思考をぶらした。
構ってはいられない。
二度扉を叩いて、部屋の戸を開いた。






「…アニキ…?」

「…あ、あぁ…起きてたんだ…大丈夫?熱って…。」






ノックの音に反応したのか、すぐに身を起こす弟の様子は、普段よりもどこか弱々しげである。
だけど思ったほど奇妙なものは感じなくて、安堵し、後手に扉を閉めた。
しかし重たい空気が占める室内で、弟の姿は何故か、かすれて見える。
寒気のする部屋で、突っ立っているわけにはいかない。
弟の傍に寄って、膝を折る。
ぼんやりとした顔でオレを見る、焦点の合っていない目がうろうろと彷徨った。



そし、て。





































「ウ ソ ツ キ 。」























「っ…な、に…?」































「ドコにも行かないって、行ったのに。」











「…そ、れは…!」























































「ドコにも行かせない。オレたちの―――。」















































鈍い音とともに、オレの意識は霞み始める。
腹の辺りに痛みを感じて、息が詰まるころには、体の自由は消えていた。
肩に触れているであろう手は、水谷のように温かくもない。

オレの自由を絡め取る手だ。

意識の耐える直前、耳元で小さく、































「かあさん、にげないで。」































掠れるような、残酷な声で。

そして、オレの意識は完全に消えた。


























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もともと幸せな時間を長くするつもりではありませんでした。
というか鬱なシーンが長いから、これでも巻いて書こうと思ってるところで…!
いや、眩暈のほうはお待たせしちゃってるので、ちょっと切るとこ切ることにしてます。
んで、もともと決めてた枠より短めに終わろうと思って。
なんというか、眩暈放置期間長すぎる…え、だって最期に更新したの7月のサイト改装のときだぜ…?(ぁあああ
なんで、今月は花井攻めと同時進行で眩暈を進めようと!!
というかあわよくば終わるところまで行きたい。
眩暈を書き気力が湧くのは、読みたいと言ってくれる人が―――なんでもねぇっす(何

それにしても栄口弟は使いにくいな!名前がわからないから誤魔化し方が難しい!