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無知でいることは、さして苦ではない。 何を考えなくても、何を隠さなくても、大きな流れは自分とは関係のないところにいる。 欠かせない役割を担うのは局面に立つ一瞬切りで、画面が変われば、蚊帳の外。 そこにいるだけで意味を成すのは主人公であって、自分ではない。 主人公に憧れた時期は、当の昔に過ぎ去った。 ガラクタでい続けるのはさして難しいことではなくて、時間はあくまでも時間。 いつだったかに道を反れた歯車も、まるで日常のように、変わらない回転をする。 きしむ歯車も悟られなければ、それは人間として生きていける最後の瞬間。 最後はただの石になって、炎の中に投げ入れられれば、人の最後。 あとは石を放ってくれる人がいればいい。 ひざを貸し、悪魔を払う、石投げの人。 放ってくれる人など、最終的に必要としていないことを知っているのに。 鈍った本音を自分でかきみだして、劣情は踏みつぶして。 日の大きな部分だけ、人となれていればいい。 眩暈もただのガラクタであれば ― 猫をも殺す君の眼が ― 地平に切れる陽がようやく全景を隠す頃、まだその熱が残るグラウンドの端。 西浦高校のグラウンドの一角にある、2階建ての部室棟。その2階の一番奥に、野球部の部室がある。 ようやくその日一日の練習を終えたばかりの面々が、めいめいに話し込み、着替え、帰路につく時間。 その日も彼らは部活の疲れに一服するでもなく、騒々しく着替えを始めていた。 差し込む夕焼けの眩しさに目を細めながら、雑談に花を咲かす様は練習後の疲れをまったく感じさせない。 練習が楽しい、続けられる練習。面々の意気を養うメントレも、絶大な効果をもたらしているに違いない。 だからこそ練習の後も、今日の練習はよかった、という方向に持っていくことができるのだろう。 それぞれ暗い顔をしているものはいない。 彼らは着替えが終わっても、先に一人で帰ってしまうということが滅多にない。 練習後の楽しみであるコンビニでのアイスや、CD屋への寄り道。 それを一人でするよりは、気の合う仲間と雑談交じりにするほうが楽しいに決まっている。 自然で効率的な仲の深めあいも、新設であり、同学年しかいない西浦ならではの光景だろう。 その日もおよそ間違いないと言い切れる割合で、全員が同時に帰ると思われていた。 それが日課であるし、誰かが抜けるということは早々ない。 それが今日に限って崩れるというのも、実はそう珍しい話でもないのだが。 要は何か用事があれば先にも帰るし、置いて帰られることもある。 おおよそ全員が着替え終わったであろうころに、あ、と小さな声があがった。 ぎゃあぎゃあと騒がしい部室内では、小さなうめき声のような声はすぐに消えてしまう。 偶然にも隣り合わせた誰かが拾い上げない限りは、忘れられてしまうような小さな声。 声の発生源は、部の副主将。 と言っても、極めて性格が悪く、部の、というよりは投手専用の副主将をしているような阿部のほうではない。 部の良心と言っても過言ではない、誰に聞いても主成分の半分は優しさとの返答が来そうな、栄口のほう。 小さな声を拾い上げたのはそのサイドで彼と雑談を交わしていた、クソレフト、こと水谷と、主将の花井。 優しくもしっかりした栄口が、こんな聞き取り辛い声でうめくのは珍しいので、二人してサイドから覗きこむ。 「どした?栄口、腹でも下した?」 「着替えでキンチョーって、どしたの栄口?」 「違っ、なんで腹下すほうに到達してるんだよ!えーと、部誌、書き終わってないなーって思っただけで!」 それにしてはうめき声のようなか細さだったのに。 疑問は残るも、実際すぐに彼はロッカーに入れておいたらしい部誌を取り出し、鞄の中の筆記用具を取り出している。 大体の男子がそうであるように彼もこだわりのないらしいボールペンを取り出して、パイプ椅子の方へと向かって行った。 おかしな様子はないということで花井は着替えに戻ったが、水谷は何故か、彼が放置していった彼のカバンをじっと見つめている。 鞄の口は開け放していくのに、筆箱はしっかり閉めて、鞄の奥へ。 奥へとねじ込むくらいなら、鞄の口くらい閉めてもいいのに。 ぼけぇ、と見つめてみたところで答えは出ないので、着替えに戻る。 ちらりと彼の方を見れば、つっかかるでもなくスラスラと書けているらしいので、それからは着替えに集中した。 当分栄口が動けないことは一目に分かったらしいので、面々は先に行かせてもらうことを選択した。 お先に、とめいめい言葉を残しては、部室を出ていく。 最後に花井が様子を聞いて、鍵を預けて出て行った。 部屋には栄口が一人、ボールペンを動かす音だけが残った。 カリカリと規則的に動くペン先と、集中しているために消える表情。 特に悩む様子もなくペン先を走らせる様は、普段の雰囲気とはまったく違って見えた。 と、突然開く扉。 「ただいまー。」 「っわ、びっくりした…なんだ…水谷か。帰ったんじゃなかったの?」 「出戻って来た、一人で寂しいんじゃないかなーと思って。」 「んなわけないだろ、先帰ればいいのに。」 「―――オレいたらまずいの?」 「…なんで?」 「別にぃ、何となく〜。」 能天気な声。 間延びした声は先程みんなと流れるように出て行った水谷。 唐突な現れ方に、さすがにペンを離した栄口だったが、すぐにまたペンを握り直す。 表情も先ほどよりは柔らかく、普段の表情と変わりない。 出る直前に見た表情とは、まるで違う。 水谷は、部室を出る直前まで栄口を置いて帰るのに乗り気ではなかった。 なぜそんな気分だったかと言われればよくは説明がつかないが、いろいろ気になって、と言ったところか。 そうでもなければ色気のない空間に長居したいとは思わない。 それでも戻ってきた自分の行動が間違いではないと思いたい、それには栄口にいろいろ聞き出さないといけないが。 ただ、色気がないというのは、なんとも自分に対して説得力がないとも思うけど。 面と向かって話している分、おかしなところなどまったく見受けられない。 やっぱりただの深読みだったのだろうか。 思い起こせば一日、練習中なんかはおかしなところなどなかったのだ。 たった一瞬の言葉で、何を心配する必要があったのだろう。 いや、それは言いすぎだ。 事実心配に至るだけの塵が積もっていたのだから、自分の行動は間違いではないと思う。 それに焦れるほど待たなくても、直に彼は書き終わる。 「はい終わりっと、待たしてゴメンな。」 「んーいーよいーよ、早く帰ろ。」 ぱたん、と部誌を閉じると一つ伸び。 部誌を書くなど大した労力でもないだろうに、その様は自然だ。 閉じた部誌は明日提出になるだろう、ロッカーの前に投げ出したカバンに詰め込んで、今度は筆箱を、という手順だろうに。 彼はボールペンは筆箱に納めず、シャツの胸ポケットに刺してしまった。 奥から取り出すのが面倒だったのだろうか、そんな大雑把な性格でないことは、よく理解しているつもりなのだが。 そういえば筆箱のことがあって戻って来たことを、クリアに思い出す。 聞こうとは思ったが、何故か触れてはいけない話題のような気がして、あえて避けてしまったこと。 少しためらいながらも、背を向けてカバンを閉じる彼の方を見、口を開く。 「栄口ぃ、ボールペン、胸に刺しっぱだよ?」 「…ん?あぁこれ、いんだよ。」 「…どして?」 「面倒だから。ほら行こう、鍵閉めるよ。」 有無を言わさない口調。気になってしまったのに、口は噤んでしまった。 こちらを向かない彼が、今どんな顔をしているのか、想像もできなかった。 が、杞憂に過ぎない。すぐにこちらを向いた彼は変わらず笑顔だった。 ―――引っかかる。 無論、そんな自分の勘など当てにならないから口を閉じたのだが。 ただもし何かあるなら、やっぱり。 手早く荷物を担いで扉のほうへ向かっていく彼に、閉じ込められては敵わないと追いかける。 簡単に見まわして、照明を落とす。 すぐに真っ暗になり、見えない鍵穴を探して鍵をかけた。 先ほどまでの他愛ないやりとりを繰り返しながら、カンカンと鉄製の階段を下りていく。 暗闇の中、駐輪場を目指した。 昼間ならばまだ真夏と言い切れる気温も、夜になるとさすがに薄寒い空気を醸し出す。 駐輪場に向かうのに隣りを歩いて、なるべく顔を見ながら話してみるが、大きな変化はない。 ―――ただの思い過ごしにするには、自分にとっては大きい。 杞憂であってほしいとは思うが。 「水谷?」 「ん?あ、ゴメン、何?」 「考え事?らしくない。」 「らしくないとは酷いなぁ、オレだって考え事くらいするよ?」 茶化すような声。 杞憂であればいいのに。 「じゃ、またあし…。」 「ねぇ栄口、明日はみんなより早く来るよね?」 「え?うん、鍵あるし。」 「うん、わかった。じゃ、また明日。」 「変な水谷。また明日ね。」 一つ笑顔をこぼし、ひらりと手を振る。自転車に跨って、遠のいていく背。 また見えなくなる表情は、何を語っているのか。ここからでは分からない、まだ何もわからないのに。 冷えた空気がさらされた腕を撫でていく感じも、今は薄い。 結論を出すのは簡単だったが、安易なものに逃げてはいけない状況のような、気がする。 「ちょっと早いような気もすんだけどなぁ。」 四の五の言ってられないような状況なような気がして、放ってはおけない。 何がおかしいとか、言いきれることは何一つないけれど。 団体生活をしていく中で、誰も気づいていない些細な、何か。 いつからなのかとか、具体的なことは何一つわからない。でも、ずっと見ていたから。 この引っ掛かりは大きい。 抽象的な要因であることはわかっている、誰に聞いても、そんなことはないと言うから。 一度、待っていた言葉をもらったこともあるが、結局今も、行き詰ったまま。 興味心で探って、一度痛い思いもした。 猫も居竦むあの眼光は、まだ忘れられない。 不用意に口を開かせようとして、思い切り睨まれたこと。 だが、それが決定打でもるわけで。 「仕方ないか、オレも頑張らないと。」 * 「…鍵当番でもないのに、何してるの?」 「オハヨ、栄口。」 「あぁおはよう。」 「栄口待ってたんだよ、まだ誰もいないし。」 「なんで?水谷、いっつも遅刻ギリギリなのに。」 「ねぇ、栄口。オレと付き合わない?」 「…はぁ?唐突に何?今日のキャッチボールの相手とか?」 「えー、伝わんないかな。」 「…そういう冗談やめろよ、意味わかんない。」 「冗談じゃないよ。」 息を飲むような声がして。 「じゃ、なんでオレなの?」 「興味。」 もう一度、あの眼光をもらえればきっと、図式に何かが見えてくると思って。 挑発心だったのかもしれない。 案の定、栄口の眼は細まって、睨みつけられているような眼。まだその程度じゃ、足りない。 ようやく陽の射し始めたグラウンドには、先ほどまでの会話も嘘のように静寂が下りている。 さぁ睨め。内心で呟いた瞬間、 彼は笑った。 「いいよ、突拍子ないから何かと思ったけど。」 「…え。」 「自分から告っといて何その顔。」 「いや、えーと、何で?」 「興味。」 あっさりと言い切った彼の顔は、やはり何か物々しさを感じるものだけの。 笑顔。 しまった、これがあの目に近いものだと。 気付いたとしても、すでにその眼には勝てないのかもしれない。 NEXT あとがき 神だとか、天才だとか、最強だとか。そういう肩書のつくキャラが好きだったんです。 でも、自分の趣向が意外とわかってなかった。 で、バトロワとかは、血生臭いところより、病み切った世界観が好きでした。 追い詰められて結局おかしくなっちゃって、的な。 自制心のある病みキャラが好きなんだなーわかったのは、つい最近です。 そいえば、妄想したら必ず最萌えキャラが病んでるな、と。 そいえばシンクは病んでるなとか。 文には反映させないようにしてたんですが、頭の中のカイルさんのキレ具合がそろそろヤバいです。 でもヤンデレが好きってわけじゃない。ヤンデレの定義って、恋のお相手が原因で病むとか、相手に対して病んだくらいデレデレするって奴。 もとから病んでるとか、発症原因が相手ではない場合ちょっと違うのかということで。 黒世界が巷で大流行りですが、黒というか病みが好き。 水栄読んだら、思いのほかピュア口のほうが多い。 あー自給自足しかないな、と思い立って、気の向くまま書いてみた。話自体はダークにはならないかと、病んでるけど、ただ病んでるだけ、的なかんじで。 というわけで続きます、どこまで伸びるかはまったく不明、行き当たりばったりです。 どういう話も一話めは文の流れが安定しないんですよね、悲しいことに。 最後が唐突なのは仕様、後半戦でじわじわこの辺りも触れられたらいいな。 振りキャラの地盤が固まってきたので、振り本格始動も眼の前です。 まずは水栄いってみます。 |