遥か遠くに沈む。
上げるだけ、贈るだけ、渡すだけ。
言葉の影に何かを乗せて。
触れる指先に切なさを込めて。
だけど誰も気づかない、精一杯の小さな悲鳴、それすらも。

だって、ホントは誰よりも、自分を殺してしまいたいから。














Fortune for Melancholia

















別に、それを不幸せと言いたいわけじゃない。
悲しみに触れて、そう叫べば、誰しも手を伸ばして言葉をくれる。
だけどそれを拒むのは結局自分自身で、そんなもの、求めていない。
助けてと叫ぶのは簡単、一緒にいて、乞うことすら、容易くて。

求めるのは辛くて、与えるのは簡単だったから。
言葉にするには浅はかで、求めるためには足りなくて。
子供の戯言。
知らないでいて。
誰も。
別にいらない。
別に、いらない。






「誰かと思ったら巣山、どうしたの?」

「悪い!西広、今日数学ある?」

「あ、教科書忘れた?」

「…。」

「はは、いいよ、持ってるから、ちょっと待っててね。」





全能なんていう言葉は、どうして必要だったのか。
きっとそう、完璧に補完されていさえすれば、じりじりとしたジレンマすら、感じなくてすむのに。
そうしていたいと、自分で思ったわけじゃない。
ただ偶然、そう偶然、あえて望んでいたわけではない。
強いて言うなら、勝手にカバンに入っていた、それこそオレの望みではないのに。
だけど確かにカバンに入れた覚えもあって、だってそうしていないといけないから。

どうしてだろう?

ねだればいいのに、本当は。
持ってないよ、事実が嘘を否定する、それも全力で。
与えることが、あまりにも簡単で。
失うほうが、ずっとずっと多いから。
簡単だったから。
抜き出した薄っぺらい紙の束、軽薄なくせに、だけどそれは。





「おまたせ、返すのはいつでもいいからね。」

「え、授業は?」

「もう終わってるから。」





嘘ばっかり。
ホントは授業なんてないくせに、一時間目が終わった直後に回る口。
飼いならして使いこなして見せれば、あとは笑うだけ。
説得力の低さをも理解して、常識は範疇にないから、どうだっていいこと。
笑って、押しつけるように。
煮え繰らない顔をしていた巣山は、だけど差し出されたオレの教科書を取って背を向ける。
一歩進んで聞くだけの勇気は何処にもない。

理論に肉をつけても、刃は立たない。
強烈な嘘と笑顔を溶かして、それも全部あげてしまえば。
手元には何も残らない、幸せは憂鬱と紙一重。

だけど、そんなの結局関係ないよ。

一つの欠片も全部、上げる。
欲しいとねだるには小さくて、奪い取るには大きくて。
だから上げる、全部。





「西広、また教科書貸したの。」

「―――うん?そうだけど?」

「いっつも持ってる。」

「借りにくるからね。」

「授業ないのに。」

「偶然持ってたんだって。」

「そんなに偶然ばっかり、毎日毎日重なる?それも毎時間のように。」

「…何?沖ってば、やきもち?」

「違う!真面目に話してるんだけど!」





問われれば拒否権はない、嘘を上げればいいのだけど。
嘘ばかりでは、受けとってくれない。
虚実の中に一遍の歌を混ぜたって、それがホントかダウトか、誰が判断出来る?









「カバンから出すの、忘れただけだよ。」







見え透いた嘘でも、何でも構わない。
結局それを覆すだけの根拠と理論、度胸がなくては。
誰にも分からない、小さなダウト。
だけどその嘘だって、解いてほしくて仕方がないのに。
そこには枝はない、だからオレはまた、無性にアイして上げるだけ。

上げるだけ。

無償で、見返りなんて言葉も知らず。
瞳すらもくれと言われれば、喜んであげる。

求めたって、何一つ手に入らないから。

伸ばしたところには、隙間だけ。
求める時間すら無駄なら、ないものねだりに割く時間なんて必要ない。
嘘すら上げる、だってそう、奪われるくらいなら上げる方がカッコイイ。
奪われたなんて言い訳で、ホントは何もないくせに。
あれば傍から消えていく、それを望んでいるのは結局、自分自身。
見返りなんていらない、貰った傍から消えていく。
元からいらない、何だって望まない。

どうせだれも、ほんとうはなにもくれないから。










「あるならあっただけ、全部あげる。」










だって結局、オレには何もくれないんだから。
上げる瞬間の幸福感すら、指から離れた直後には、憂鬱に変わっている。
また上げている、また渡している、何の形にもならないのに。

ホントは、

って、声を上げて、叫んで、泣いてみせればきっと、世界は変わるのに。
だけどオレは今日も一人、ないものねだり。
その間で、揺れる心はやっぱり、止まりはしないから。

ほしい、小さな声すら斯き消して。
だけど幸せなら、もういらない。
結局そんなの移行して、気付けば単なる憂鬱。




沖はオレの言葉を聞くなり、酷く不機嫌そうな顔をした。
だけどそれに対してオレはただ、笑顔を上げることしか出来なくて。









Fortune for Melancholia―――Between happiness for negative hollow.










上げたんだからちょうだいよ。
どうしてみんなそんなこと言えるのかしら、きっと先生は言えない。
言えたらきっと楽だけど、言えば自分の良心が酷く痛む先生は毎日自分のネガティブと格闘するんだと思う。
沖はそんな理由が分かってるけど、自分じゃ結局悪循環に放り込むようなことだって知ってる。
巣山は薄々知っているけれど、全力否定されるのが怖くて仕方ない。
ホントは全力否定してほしいのに、結局出来ないないものねだり。