i Meaning of birth




















落ちる場所。
消える場所。

どちらとも決して自分の意図では決められず、翻弄されるがままに流れていく。
落ちる場所が選べないなら、消える場所は自分で定めてしまえばいい。
そこにいる意味を知らない。
そこにいなければいけない意味を知らない。

生まれた意味を、知らない。








Meaning of birth









毎年、憂鬱。



天才、だとか。
類稀なる、だとか。
かつては最高の賛辞だと思っていたその言葉は、最高の悪口に聞こえる。
言っている奴にその気がないのは知っているけれど、オレにとってはそう。
天才だと、そう呼んで手懐ければ都合よくなる裏側を、知っている。
行き過ぎた詮索と不必要な疑心であることも理解していながら、結論は変わらない。
実際、そうだ。
オレはただ、全力で野球してるだけ、負けたくないだけ。

だけど、統率者やチームメイトにそんなこと、関係なくて。
わかってる、わかってはいる、みんなはそんなこと考えてない。
それでもオレはただ、経験の上で恐れていた。
すごい、って言われても、嬉しくなんてない。
ここに生まれなければよかった、そう、思うくらいの恐怖観念が永遠と回り続ける。

全部全部、オレが持って生まれたものじゃなければ。
オレじゃなくたって、よかったわけ。
全力で野球をしても壊れない体があるのは嬉しい。
先天的なものだけで、やれることだってある。
だけど、ただ秀でているだけで。

望まれている意味がわからない。

どうして。
例えば。
西浦に、人がたくさんいて。
オレは打つことすらままならなくて。
でも。それでも野球がしたい。

それで?
ってなる。



野球を望むような生なら、いっそなければよかったのに。
だけど事実オレはここにいて。
過去を忘れたふりをして、ただ打席に立っている。
憶測と疑念と、謂れもない罪悪の過去は、知らない。

それは、何?

そうしてオレはここにいる。
ある程度は、望めば何だって出来ることを知っているから。
持って生まれた才能は、ただ羨望を集めるに持って来い。
自分でも有効活用して、他人にも有効活用されて。
何が必要かと言えば自分の才能であり、それ以外の何物でもない。
だから。

オレはただ、野球したい。
それだけ。
遠ざかることは出来ない、そういう仕組み。
そう生きるように設定された、めちゃくちゃな倫理。

じゃあ、死に場所だけは選んでやる。
自分の思う、自分のための場所で。
だって。
ここにいる意味を知らない。
だから。

今でも、生まれなければよかったと、毎日のように思うから。





野球が好き。
金属が出す鋭利な音、グラウンドの喧騒。
風の爽快感、じりじりと迫る緊張。
全部全部、初めてこの気持ちよさを知った時から、大好き。
小学校の頃は、ただ夢中だった。
勝利する気持ちよさ、負ける悔しさ。
負けがつくことなんて殆どなかったけど。
負けるのも、それはそれでよかった。

段々知恵がついてきて、負けなくなってから。
不意に一時期、楽しさが消えた。
調子づいていたこともある、勝てるから。
だけど、楽しさ自体はすぐに思い出した、ここはオレのための舞台。
ここにいれば必要とされ、負けることもない。
延々と気持ちよく過ごすことが出来る。
当然のような力を持っていることが嬉しくて、ただバットを振っていることが楽しかった。
妬みや羨望なんて関係ない、オレはただ楽しく野球してるだけ。
大家族の末っ子で、いわゆる寵愛の対象だったから、オレは楽しいこと以外をあんまり知らない。



だから初めて、妬みが牙になったとき、その時はただ、自分を見失った。



才能がなければ、愛されて生まれることがなければ。
何の価値のある人間?
そうと突きつけられた時、まだ知恵の薄い自分は、言葉の意味を知ることはなかった。
ただ強引に振るわれる暴力の渦に、なんの抵抗もなく甘んじていただけ。

すべての人間がオレが秀でることを妬むかと言えばそうでないことは、考えればわかること。





「死にたいなーって、思ってたんだよなぁ。」

「…今もじゃねぇの?」

「あー今も、かもなぁ。」





今もわかんない。
緑の格子の向こうに二人。
妬まれないでいるはずがない。
だって肩に数字が乗ってるから。

誰も奪おうとなんかしない、この4の数字はお前だけのだって?
馬鹿言うなよ。
どれだけこの数字が必要とされるか、わからない二人じゃないはずだから。
笑ってはみたけど、二人には届かないだろう。



別に、死にたいんじゃない。
世紀のスターとか、そういう表現が合うらしいとして。
それが消えれば相当なもんだけど、死ぬことが目的じゃない。
そんなことはどうでもいいんだよ。

全部なくなってしまえばいいとも、思うけど。
根深くいる記憶は全部消えてしまえばいい。
そうとは思うけど。
名目上そんなこと口にしない。
いらない心配をかける必要はないと思うから。
青い空の下の犯罪者も、凄惨なまでの現実主義も、全部記憶。
人格形成にあたって積み重なったものは全部消えてしまえばいい。

そしたらただ無邪気に、自分の才能を愛せたから。

秀でていても、いいことなんてない。
過去も何もかも消えてしまえばいいのに。
死んでしまえと言われた時に、簡単に死んでしまえたらよかったのに。




「はじめっからこんなんじゃなかったんだぜ、いちお。」

「でも今そんなじゃん。」

「んーだけど、初めはオレもちゃんとわかってたんだよ。」




死んだって意味ないってこと。

だって、オレが悪いんじゃない。
何も。
持って生まれた何かを、悪を決めつけたのは他人。
それをおいそれと受け入れたわけじゃなかった。

でも、回数聞けば、暗示も同じ。

いつだったか。
唐突にオレが悪いんじゃないかと思ったら、一直線だった。

無粋な暴力に考える気力すら、湧かなくなってしまっていたのかもしれない。





「…じゃあ田島、そうやって下見てて、楽しいわけ?」


「べっつに、頭に血が昇って、そのうちトマトみてぇになんじゃね?」


「やめろよ、そんなグロテスクなもん、昼間っから見たくねぇ。」


「やだね。」





ぐるりと回る空。
重たい頭を揺らして、反転する世界を見ていたら何か変わるのかと言えば、何も変わらない。
世界がひっくり返っても、何も変わらない。
些細すぎる迷いだった、小さすぎる傷だった。
空にとっては、微弱な動き。
世界にとっては、関係ない些細な事情。

生まれてこなければよかった。

自分の才能がただの道具で、愛されてもいないのなら。
人の輝かしい道を踏みつけてまで進むしかない、馬鹿見たいな道なら。
初めからなければよかったのに、憂いたところでもう、オレはここにいるんだけど。


なければいる意味がないのに、なければいいと言う人。
じゃあオレって、何?
結局、どうしたらいいのかすら分からない。
死ねばよかったって、こと?

野球したかった、単純なことだったんだけど。
死んでしまいたいようで、そうでもないようで。
死ぬのは簡単。
このままフェンスの向こうから逆さまに空を眺め続けていれば、いずれ落ちる。
頭に血が昇って、意識がないまま勝手に死んでいくだろう。

それでもいいのかもしれない。
考える気力は、とうの昔に消えうせてしまっている。



頭に血がいってるせいで、指の先は白くなっているかもしれない。
両手の指先にそれぞれ温もりのある指が絡まる。
思う間もなくぐい、と引かれて、視界が緑のフェンスを越していった。
ぽかんとしていたオレに、泉と花井は、それぞれ複雑そうに、笑った。
よく分からないけど、笑う。




「どういう意味で、死にたいとか言うのか、どうせ話しちゃくれねんだろ?」

「田島のことだからな、自分から話そうっていう方がらしくねぇ。」

「……何?」

「あんな、誰が何と言おうと、オレはお前が生まれてきてくれてよかったと思うよ。」




寝転んだままのオレは泉を見上げて、何の憂いもなく言い切る姿に、困惑した。
率直なだけに、どう受け取っていいのかもわからなかったから。

憎まれたっていいくらい、オレは泉に酷いことしてる。
なのにどうして泉は、簡単にそんなこと、言えるんだろう。
そんなはずないのに。
同じチームでグラウンドに立つ以上、殺したいくらい憎まれたって当然なのに。




「オレはお前に、救われてるような気がするね。」

「…んだよそれ、意味わかんね。」

「そうかぁ?花井もわかんねぇ?」

「や、言ってることはわかるようなわからないような。」




花井もそう言って、笑う。
見下ろす二人の顔は、憎悪の影を感じない。
どうしてだろう。
無茶苦茶にされてるときだって、いつ殺されたっておかしくないくらいなのに。




「オレも、お前が生まれてきてくれてよかったなぁとは思う。」

「…なんで?」

「何をいつから悩んでるかは知らねぇけど、な…。」

「…。」




「お前の才能は、愛されて当然だと思うんだけど。」





途端に鳴る心臓。
愛されているはずがないのに、特に二人には。
オレがいたらいい打席取れないだろ。
4番打てないだろ。
愛されるはずがないのに、どうして。






「必死になって野球してるの、見てて悪い気しねぇって。」

「実際すげぇのは見てりゃわかるし。」

「けどオレ、人の邪魔ばっかしてる。」

「そんなことねぇって、少なくともオレはでかい目標出来たしな。」

「あー、うん、オレも。」

「………なんだよ。」




「そりゃ秘密、田島が話す気なったら話してやるけど?」


「泉ずりぃ、話さないのわかってるくせに。」



「そりゃずりぃけど、仕方ねぇじゃん、お前が嫌いだから話さないとか、そんなんじゃねぇからな。」






指先の冷えの理由を、知ってるから?
嘘かホントか分からなくて、笑ってごまかす前に、首を振られた。





「死にたいとか言うなよ、泣きそー。」

「そりゃ花井の涙腺が弱ぇだけだっての、泣かねぇけど、聞くだけですっげぇ辛ぇ。」







だって、好きだからなぁ。






そんな簡単に言ってしまえる理由がわからなかったけど。

オレのほうが泣きそう。

絶対、この才能は愛されるものじゃないんだけど、二人にとってもな?
だけど二人が、今日この日だけでも愛してくれるなら、それでもいい。
それだけで、生きててよかったって思えるくらい、ホントは単純な問題。
積まれた過去は何も変わらないけど、今だけ。





「誕生日おめでとうな、田島。」

「頼むからこんな日くらい、辛いこと思うのやめようぜ。」





オレは二人に、何も話してない。
辛辣な過去も、忘れたい思い出も、何もなかったからっていう言葉で終わらせて。
何も話してない。
だから何も知らないのに、オレの傷の場所くらい。
二人は知ってるんだろうなぁ、そう思うと、胸が痛くなって、わーわー泣いた。
声を上げて泣くのは久しぶりだったけど、二人は何も言わない。
相変わらず自問自答に回答は出ないし、オレの傷はなかったことにはならないけど。

祝福は、忘れない。






Meaning of birth―夕暮れの生誕に最高の祝辞を。―






田島様お誕生日おめでとぉぉぉおおおおございます!!(ぁ
これでも田島様より三つ上なのか…いい感じ過ぎて笑えるぜ…。
これも伏線ばっかだよねぇ、およそ意味はわかると思うんですが。
田島の中学時代は凄惨というのが憂氷宅の共通設定であります。
ついでに泉の「救われた」発言も伏線だったりするんだけど、
これいつになったら全部話し繋げられるかなぁ…;
田島のあのノリは素と演技との混ぜあいの結果というのが想像である、計算高いとは思うんだ、頭はいいし。
しかし気合いのいる文章だ!!