白い。

白い。

白い。


これは、海だから?







鯨の見た夢 6











口にしなければ伝わらないなんていうのは、今に始まったことじゃない。

テレパスでも使わなければ、いずれ言葉を必要として、そうでなければ何も保てないから。

だからと言って、言葉を望んでいたわけではなかった。

言葉をもらうにはもう手遅れで、もう諦めてしまっていたから。



残像のようなフィルム。
ここはどこで、あれは誰で。

この冷たい滴は何で、それからどうなるのか。

映写録のように繰り返される風景。
見覚えのあるそれ。

だけど誰も言葉なんてなくて。

誰一人、うめき声の一つすら漏らさずに。



ここはあの日暮れで。

あれは全部、知っている人。

だけど現実感を伴わない、事実。


触れられもしない記憶に、手を伸ばそうとして―――。











視界の端々を占める、白。
色彩を奪う単一の、しかし、色という概念さえ疑わしい部屋。
右を覆う鮮烈なまでの白。
ぼやける視界に、薄らと映る、白い人の―――顔?





「田島…っ?」

「…い、ず…み…?」



胸に何かが詰まっているようで、呼吸が出来ない。
掠れた声を上げた、まだ焦点を結べなくて、ここはどこなんだろう。

白い空間。

触れているのは、泉の手?



「オレが分かるな…、大丈夫か?痛いとこねぇか?」

「ここ…は…?」

「喋んな、脇腹の骨がイッてるらしいから。」



―――なんで?
オレ、何してたんだっけ。
頭がまったく動かない、気だるい何かに、歯車を止められているような。
体を動かそうにも、力が入らない。



「麻酔が効いてるから、無理に動こうとすんなよ…。」



麻酔?
白い天井。
ここは、病院。
そうすると合点が言った。

夢のように繰り返して見た、あのシーンが原因?



―――しかし、どうして自分の右目には泉が映らないのだろう。
挙動を追っているのは明らかに左の目だけだ。
何かが、被さっているから?



「おい…っ、やめとけ、そこは…。」

「ど、なってんだよ…。」

「…っ…。」

「こっち、右目…。」



震える腕をかろうじて持ち上げて、顔に触れる。
柔らかいそれは、包帯のような。
右目を中心に覆うように巻かれている、これじゃ、何も見えない。
でも、包帯なら。

右目を開けている状態なら、白とか、光は見えるはずなのに。
真っ黒なものしか、映らない。
答えを求めて泉を見つめても、悲しげに目をそらすだけだった。
端に指をかける。
引きずり下ろして、布はもう、とっくに目からずれているはずなのに。



























どこまでも下ろしても、光一つ、目には映らなかった。







































花井が部活を抜け出すのを見て、漠然とながら嫌な予感はしていた。
その日、田島は朝から調子悪そうだったし、部活を休みたいって言ったのも、止めなかった。
家まで送ろうかと思ったけど、田島はいつものように笑うように、いいよ、と言うから。

―――その日のある休憩を境に、田島は一度たりとも笑わなくなった。

口端を上げる簡単な動作も、目を細める動作も、忘れてしまったかのように。
冷たく張りつめた表情。

笑えなくなっていた。

クラスメイトの前では、多少無理してでも誇大に笑う。
オレの前なら、弱々しくも、笑わないことはなかった。

あの休憩が原因なら、それは絶対花井のせいだ。
田島は三橋に話があるから、と言って教室を出て、それ以降笑わなくなった。
向こうで何かあったに決まってる。

田島が触れさせないようにしてしまうから。
なら、田島がいないこの部活中に花井に聞き出す。






田島の気持ちを知っていて、オレはオレの気持ちもちゃんと知ってる。
田島は花井が好きで、オレはそんな田島が好きだ。
二人がどれだけ酷い関係かもちゃんと知ってて、出来る限り、助けてやろうと思って。

打撲、切り傷、骨折こそないけど、増えていく怪我には、胸が痛かった。

花井が田島の気持ちを踏みにじるようなことしかしないから、オレは花井が大嫌いだ。
本当はいい奴だって知ってる、だけど、田島の心を壊そうとしてるのは、花井だ。
もちろん、花井がいなければ、と思うことだって何度もあったさ。
揺れてるの、知ってたから。

オレの見えないところで何やって、何されてるかなんて、体の傷を見れば一発だ。
田島は話さない、けど、オレは分かってた。

一年の頃。

初めは仲がいいようにも見えていた田島と花井は、唐突に仲が悪くなり始めた。
田島から避けているわけじゃない、当時から田島は花井が好きだった。
花井が一方的に挑発し、田島がそれを叩き落とす。
それが気にくわない花井は、実力行使で田島の口を塞ぐ。
それでも笑っている田島を見て、オレはそんな田島を好きになった。

不毛だと知っていて、報われないと知っていて笑う、その姿がすごく強く見えたから。

お前なんか嫌いだ、と花井の口から言われたことを聞いて。
オレはその日から、もっともっと花井が嫌いになった。
こんなに好意を寄せている人間を、たかがライバルだからとけなせるのか。
いい奴っていう認識なんて、一瞬で崩れた。

田島はこれからも花井を追いかけるだろう、でもオレはそれでもいい。
酷くされたら、オレが助けてやるしかないから。
オレ以外の人間には甘えない、オレがそれが、嬉しかった。
どんな時でも傍にいた、花井以外の何かを考えなくて済むように。
厄介なものは近寄らせないように、鋭いものには、触れないように。



体中の傷が、花井につけられたものか、自分でつけたものかもわからなくなった頃。
お互いがお互いを嫌いと罵り合うのも、もはや日常となってきた頃だったらしい。
その頃から、田島はしきりに右目を気にするようになっていた。

その頃から、田島は急激に疲弊していった。

眠れば悪夢を見る。
過去の辛いことや、今現在進行中の問題とか。
知った顔、知らない顔、ひたすら存在を否定する、悪夢だと。
不眠症に陥った田島も、うちに泊まりに来たときは比較的穏やかに眠る。
時々魘されたりする時は、オレがちゃんと起こす。
一人でいさせると、安定を求めて何をしでかすか分からない。
切り傷で腫れた腕も、もう傷の付け場がないんだから。
疲弊はしているのに、徐々に徐々に病んでいるのに。
それでも田島は、強かったと思う。

何が何でも背中の4は死守していた。
花井の気を引こうと、勉強もした。

2年はほとんど、冷戦状態。
しきりに触れる右目のことが気になって、聞いてみたことがある。
だけど、右目、どうしたんだって聞いても、わからないという返答しかなかった。
田島がわからないを使うときは、本当に分からない。
気にしすぎだと、思っていた。

3年に上がって、栄口が一緒のクラスになったのは有難かった。
あいつは田島を理解できる、同じ、何かを持っている。
その様子に、栄口の支えもあってか、初めの頃は顔色もよかった。
家に泊まりに来て、うなされる回数も断然減った。
栄口の協力がなければ何も成果を生めない自分は悔しかったけど、田島が元気ならオレはそれで構わない。



恐れていたものはなんだったんだろう。
先の見えない戦いだった、田島が壊れてしまうことが、一番怖かったのかもしれない。

ある日の夜。
泊りに行くから、先に帰っていてくれと言われて、オレは田島を置いて先に帰った。
すぐに連絡が来るだろうと思っていたから、すぐに動けるようにして、待っていた。
なのに、いつまで経っても連絡一つよこさない。
心配になって何度携帯に電話をしても、繋がらない。
不安になってかけ直して、だけどそれは田島の声じゃなくて。

うめき声、荒い息遣い。
ノイズの向こうから聞こえる、田島の―――。
本能的に受話器の向こうは敵と悟ってオレは吠えたのに。



田島はまだ、すごく強かった。



その時は唐突に連絡が途切れて、慌てて学校に向かったら、塀に寄り掛かるようにして田島は倒れていた。
意識のない田島を自転車に乗せて走るのは怖かったけど、有無を言える状況じゃなくて。
家まで連れて来て、簡単な応急処置だけして。
それから、田島は長いことうなされていた。
オレの声がまったく届かないんじゃないかというくらい。

それでも呼びかけに応じてくれたときは、不覚にも泣いてしまいそうだった。





花井はもう、完全に敵。





田島がどれだけ花井を好きでも、オレは絶対に花井を許さない。
そう決意を固めてから、日は経っていないはずだった。




田島はもう帰っただろうか、そんなことを思いながら、花井に話かけるチャンスを待っていた。
面と向かって話すのはおよそ2年振りになるだろう、お互いにずっと避けていた。
間に誰かいないと、話す気すらなかった。

―――が、花井は、監督に何か告げるなり、部活を抜け出してしまったのだ。

オレも抜け出したかったけど、すぐには無理で。
校舎のほうに行ったから、教室かも。
監督に忘れ物を取りに、と告げたオレは走った。
もう、嫌な予感は拭えそうになかったから。

階段を駆け上がっているとき、すごい怒声が聞こえて。
ガラスの割れるような、繊細でいて、酷い轟音に、血の気が下がる気がした。
階段を駆け下りてくる女とすれ違ったけど、目もくれずに、花井の教室に飛び込んだ。





――――惨劇だ。





ふ、と頭をよぎる、戯曲めいた台詞。
呆然として教室内を見回したオレは、眩暈がしそうで。

立ったまま呆然と床を見つめている花井。
うつ伏せに倒れている見覚えのない男。
床に散る花と水滴、割れた花瓶。

棚を背に、倒れている――――。



「田島ッ!!」



短く叫んだオレは、床の花も花瓶の破片も無視して田島のもとに駆け寄った。
酷い状況。
吐血の後も見える。
何より、右目が酷い。
閉じている目からは、だらだらと赤い血が今も流れ続けていた。

誰一人として動かない。
花井も、呆然としていて、役に立たない。
慌てた。

運よく通りかかったクラスメイトがいなければ、どうなっていたか分からない。
柄にもなく、奇跡に感謝しそうだった。


































その後病院に運ばれて田島は、三日程眠り続けた。
肋の骨が綺麗に折れていること、体中のあざ。

そして、右目の傷。

傷というより、それはほぼ打撲に近い形らしい。
強い衝撃で、潰れるまではいかないにしろ、相当な圧迫で神経を痛めているとか。
それ以上に驚いたのは、田島の右目の視神経は、かなり前から弱っていたのだという。
検査の段階で判明したものの、田島は確かに右目を気にしていた。



結論から言うと、田島の右目はもう二度と、光を移すことはないらしい。
眼球そのものも酷く、視神経の異常も発見が遅かったがために、手の尽くしようがない。
医者は田島の両親にそう語り、オレにも話してくれた。
田島の母さんは、とてもつらそうな顔をしていたけど、オレの前で泣きはしなかった。
この子を支えてやってくれ、といい、その日は病院を後にした。



あんなに好きだった野球ができなくなる。
酷く落ち込んだだろう、オレのいないところでは、涙も出ているかもしれない。
学校は休校になっていたから、オレは泊まり込みで田島の傍にいた。



凄惨な事件だとして、警察の手も下るらしい。



あらん限りの情報工作はしたが、どうなるかは分からない。
その辺りは、指示しか出してないから。



田島が目覚めて、右目が見えないことを知った時、ただ小さく、そう、と言った。
何度も何度も、目元に手を当てて、揺らす動作をして。
だけど見えていないらしい、ずれた包帯から覗く目は、完全に光を失っていたから。
包帯を巻きなおしてやると、医者を呼んで診察をさせた。
医者の口から改めて視力のことを聞かされて、でも田島は笑った。

久しぶりに見た、田島の笑顔。
でもそれは、ひたすらに悲しげだった。

それから田島は少し寝て、それから両親が病院に来た。
席を外していたから、何を話していたのかは分からない。

退院はしばらく先だという。
休校中で部活も出来ないから、時々面々が見舞に来たりして、田島はちゃんと笑っていた。
目のことは、田島自身から口止めされていたから、オレは一切触れない。
誰かが問いかける度に、目の上に傷があるだけ、視力に支障はない。

田島の嘘は誰にもバレない。

オレでさえ、田島の言葉は嘘かホントかわからないんだ。
こんなに不甲斐ないことはないけど、でもそれも、田島の一つの手段だ。
それをオレのエゴで、使わせないなんて出来ない。
嘘をつかないでいるには、田島も辛いだろうから。
そうでもしていなければ。

綺麗な嘘で現実は変えられない。
だけど、苦しい真実だけじゃ、ただただ傷は増えていくばかりだ。

田島はそれくらいちゃんと知っている。
逃げ場を求めて嘘をつく。

その嘘があまりにも小さくてささやかだから、誰も気にとめないだけ。
オレも、ただ、わからないだけ。



三橋と栄口の心配様は特にすごかった。
二人は足繁く病室にも通う、オレも、二人には相当な信頼が置ける。
無下に踏みつぶしたりしない。
田島も特に二人には懐いている、もしかしたら。
もしかしたら、自分の口で目のことを話すかもしれない。
オレと田島と家族としか知らない秘密、そうでなくなるのは少しだけ、残念な気はしたけど。
モモカンもたびたび見舞いに来ていた、バイトはいいんだろうか。


でも、野球部以外で関わりを持っている人間は、どうもいなさそうだった。
クラスの人間は一人もこない、他校の、あのでかくて目の色のおかしい奴とかは来たのに。
田島は一見して人懐こく、交友関係も広いように見えて、実はそうでもない。
病室で寝転がってるときも、実は来客を面倒がっている節も、見られないことはなかった。
もちろん知り合いをじ邪見にすることはない、チームメイトやあの他校の奴には、笑顔で接していた。

だけど田島は、いい意味で有名人だ。
3年間、あちこちの報道団体に顔が割れてるし、西浦は相当有名。
病室にまで、記者が押し寄せてくることもあった。
オレが気づけばすぐに追い出してはいたんだけど、オレや来客がいないときを見計らって忍び込んで来るやつらもいる。

その多くは、田島の何も語らない冷たい目に負けて逃げていく。

多くは田島の不調に触れることすらも出来ず、ただ噂だけが巷を廻った。

入院から一週間、まだ学校は休校が続いている。
今日も三橋と栄口と、珍しく阿部と水谷も顔を見せた。
阿部と水谷は田島が目覚めた翌日、総出で来ていた時以来、顔を合わせていない。
まぁもちろん、まったく顔を見せてない奴も一人、いるわけだけど。

阿部と水谷の来訪に、田島は気持ち喜んでいた。
基本的に人を嫌わない質だ、阿部のことも、あの短気がなければちゃんと懐いていただろう。
阿部は阿部で、田島のことを邪見にしたりはしない。
水谷にしても、「羨ましい」っていう嫉妬心さえなければ、田島はちゃんと仲良くなれただろう。
どっちも、本来は能天気で、馬は合うんじゃないかと、思ってる。



「田島ぁ、目、大丈夫?すごい怪我ってあっちこっちはやし立ててんだから。」

「みたいだなー、取材とか来んの、追い返すけど。」

「け、けがしてるのに、来る、の?」

「ネタがありゃいーんじゃねぇかなぁ。」



水谷や三橋相手なら、田島も警戒心を持たずにいられるだろう。
今日阿部に呼び出したのは、その後の学校のことを詳しく聞く為だ。
栄口にも目配せして、水谷に声をかける。



「水谷、オレらちょっと出てくっから。田島と三橋、頼むぜ。」

「んー、ごゆっくり〜。」



もうしばらくすると、このでかい病院から近所の診療所に移るって話を聞いた。
県立病院はでかくて、でも一週間も泊まり込めば、だいたいの構造は頭に入っている。
今向かっているのは、簡易の喫茶スペース。
簡単な食事くらいなら出てくる、食堂兼憩いスペースってところだ。
自販機もあるので、そこでめいめい適当な飲み物を買って、一角を陣取った。



「その後、どうだなんだ。諸々。」

「とりあえず学校のことだけど、落ち着かないというか…。」

「今な、自殺者が続出してんだよ。」

「…はぁ?何で?」

「知らん。うちのクラスの女子が発端で、それからボロボロ出てる。」



そんなにでかい事件でもないのに、警察が動いてるのはそういうことか。
これだけなら暴力事件で適当に終わるもんな。

納得して、それから続きを促す。



「で、泉の言ってた床で伸びてたうちのクラスの奴な。」

「あぁ、うまくやってくれたか?」

「花井が何も言わねぇから、お前の話だけで向こうサンは納得してる。」

「そのうち田島と泉にもう少し詳しい話を聞きに行くかもって。」

「ふぅん…わかった。」



田島のため。
自分も相当おかしいところまで来ている自覚はあったが、一度走り出してしまった以上、止まらない。
来ても追い返そう、あんな連中と田島を鉢合わせたらよくない。
それに何度聞こうと、田島は絶対に口を割らないから。



「―――必死だな。」

「あぁ、何?悪ぃか?」

「別に。花井よりゃマシだ。アイツ、全然顔見せねぇよ。」

「田島の見舞に誘ったんだけど、行かないの一点張り。」

「こっちゃお前のためになるように動いてんのにな。」

「悪いな、田島がほっとけなくて。」

「悪いとは言ってないよ、花井より田島のほうが心配だし。」



冷たいコーヒーが喉を抜けていく。
年が経つに連れ、段々とコーヒーに入れる砂糖の量が減った。
今ではそのままでも大分飲めてしまえる。
糖分を摂る時は、頭に栄養が欲しいときくらいだ。
阿部も同じブラック、栄口は同じ種類の微糖。
田島は、コーヒーは甘ったるいのでなければ飲めない。
―――あと何回、田島のために…。



「―――泉?」

「あ、悪ぃ、ぼっとしてた。」

「泉は大丈夫なの?田島につきっきりなんだろ?」

「あぁ、田島の親も家のことあっからな、今は一人にしとくほうが怖ぇーし。」

「ちゃんと寝てんのか?」

「まぁ、ぼちぼち。」

「お前まで崩れんなよ…。」

「んな簡単に凹まねぇよ。」



そんな場合じゃねぇし。
オレ自身、そんなに柔ではないと思ってる。
そう思って再度口を開けようとしたのを、阿部の声が阻む。



「もう一つ聞いときたいんだけど、田島の目はどうなんだよ。」



田島本人は、決して本当のことを口にしない。
だったらオレから話すことは何もない、田島のように、違うことを並びたてるだけ。
目の上に酷い怪我が出来ただけ、視力に問題はない。
これまで通り打席にも立てるし、背中の4も、譲らない。
田島ならそう言うであろうことを、だけどあまりにも希薄な嘘を、ひたすら並べた。
綺麗な嘘は、舌がつる。
嘘も方便とは言うけれど、根拠のない嘘は、難しい。
田島はよく、そんなことが言えるもんだ。
一通りの回答を終えた後、二人は沈黙したあと、何も言わない。
一度田島本人の口から語られていたことを、念押しているだけにも関わらず、疑われているんだろうか?





「泉、お前さ、オレと栄口に工作任せたのはどういう理由なわけ?」

「どうも何も、お前らなら出来んだろーと…。」

「出来るよ、出来る。だからさ、嘘はやめてくれ。」

「オレ達も馬鹿じゃないよ、田島の本当の病状くらい、割れる。」

「――――――………。」





隠す意味はなかったってことかよ。
田島はそのこと、知ってるんだろうか。
知るわけないか、栄口は知ってても、話さないだろう。
わかっているのに隠し通すことを、田島はよしとする?
―――話しても田島は怒らない、ただ、そう、仕方ないな、というだけ。
誰が聞いても、そういうだろう、田島なら。
そして笑って、―――もう野球出来ねーなーって、言うだけだ。





「―――田島の目、な…もうまったく見えないんだってよ…。」

「…だろうな…。」

「治療も難しいって、対処が遅かったって。」

「っていうと…?」

「視神経に元からダメージがあったんだと、それで今回眼球にも…。」

「…野球は出来ない、よね。」




田島は天才だ。
片目のリスクくらい、越えてくれそうな気がするのは、致し方ない。
だけど田島はもう、二度とバッターボックスには立たないだろう。
もう二度と、あの背を見ることはないだろう。
栄口の小さな呟き、オレは頷いてやることしか出来なかった。

その後は簡単な事後処理方法を考えたりだとか、割とすんなりと時間は過ぎた。
缶の中身がなくなる頃には話は終わり、部屋への道を戻る。
白い廊下、白い部屋。
なんでもかんでも白一色。
これが普通なんだとでも思わなければ、ある意味おかしな世界だ。
部屋に帰って、談笑に花を咲かせる三人。
阿部も栄口も、ここでさっきの話を出すようなことはしないだろう。
他愛のない話、二人の口ぶりだけだと、水谷と三橋はどうなのかわからない。
でも知られていても、田島は決してそのことに悲観した表情はしない。

時間は簡単に流れて、直日暮れ。
オレはいつものように泊まり込み、4人は普通に帰る。
そろそろお暇を、と言い出す4人を廊下で見送って、病室に戻った。
オレがそこにいることなんてわかっているはずなのに、田島は右目に触れたままぴくりとも動かない。





「田島…。」

「…ん…?」

「警察の目は、外したみたいだから。」

「…なに?」

「花井、あの時いた奴になすりつけといた。」

「…あぁ、うん。」

「オレは、それでよかったか?」

「…うん、十分。アイツは辛いだろうけど、花井は…。」





助かるだろう。
第一発見者だ、嫌疑は全部、あの男がかぶってくれる。
警察は甘い、学生の領分を測り間違えているから。

―――みじめだ。
ライバルとも言える相手を助けて、息苦しい。

だけど、それでいいと。
それも直に、終わってしまうから。






「―――泉、…。」

「あぁ…わかってるよ…。けど、お前の声で、ちゃんと聞きたい。」






















もうじきに、終わってしまうだろうから。





















NEXT










泉語り編。
田島はその昔から、スターです。どこにいても人の目をくぎ付けにする、それでいて憎めない。
だけど、全員が全員そうであるはずがない。
田島の先輩なら、まだ年功序列を気にする年でしょう。
自己嫌悪するんです、田島はひたすら。段々追い詰められるんです。
だけど自分がスターであることを知っているから、笑むことだけは忘れてはいけなかったんです。
泉はずるい子です、報われないのなんのと言いつつ、ずっと一緒にいられて。
でも、姿勢がカッコイイ。
田島のように達観しません、いつでも活路を探します。
そしてあくどい子です、田島のためなら、何でもします。それが出来るだけの泉です。
振りを書くとき、一世代くらい前を目標に書いてます。
なんとなく、まだ科学捜査の発達してないころ。そして、職務に怠慢が見られるころ。
あざとい子です、糸のほつれなんて一瞬で見つけるでしょう。
鯨ももうじき、クライマックスですね…。