意地の悪すぎるこの感情。

気持ちがぶれる裏腹な自分。

ぼろぼろと零れる嫉妬心。

あぁ、惨め。

やっぱり今日も、星は遠い。





鯨の見た夢 4





嫌い、きらい、キライ。
お前なんかキライ、嫌いきらい嫌い。

黒い暗幕の向こうから、たくさんの声が聞こえてくる。

お願いだ、もうそれ以上何も言わないで。
何も望まない、もう何も求めないから。

キライキライキライキライキライキライキライキライ。

誰の声?
ぶれたフォーカス、だぶり始めるたくさんの声。
一つに収束しない、誰の声とも知れないそれが、どんどんどんどん削っていく。

なけなしの理性、つきかけの心。

お前がいるからいなければ打てないくせにホームランちょっと打てるからって打率がなんだよでかいの打っての4番だろ。

―――男にしては可愛い顔してどうせ監督に入れ込んで一発はそれじゃ士気はとれないから。

違う違う違う!!
違う?何を否定してるんだ?
違うことを言われている?何が正しいんだ?

唐突なフラッシュバック、ある日を境に貪られていく記憶。
泣き叫んでも解放されない奈落に引きずり込まれ、いつから光が見えなくなった?
過酷な4番争い。
年功序列を無視した配列に、反感を買って。



協調性を知る彼なら、初めて奪われないで済むと思ったのに。



キライキライキライキライキライキライ、キライキライキライ。
これは誰の声?






―――お前なんかいなければよかったんだ。






オレはオレの力の限界をまだ計り知れないでいて。
奪われないこと。
大前提に置いたその言葉のせいで秀でてしまう、誰からも嫌われる。
秀でていればいるほど、拒絶されていく。

それが自分のためになることは一つもない。




キライキライキライキライキライキライキライキライキライ。

止まらないエコー。
耳元で、どこか遠くで、サイレンのように響き渡る。
頭が割れてしまいそうだ。




輪郭すらはっきりとしないフォーカス、霧が晴れたように、ふと、シルエットが浮かぶ。
オレよりもがっしりとした体、誰もが信頼する主将。

オレのせいで唇を噛む、オレの一番の被害者。

感情の灯らない顔。





―――お前のせいでオレはどうせ、いつまで経っても2番目なんだ。



消えろ消えろ消えてしまえ!!
一瞬静まっていた怒号が、彼の声を境に再び溢れ返る。
消えてしまえ消えてしまえ!!お前は環を乱すだけの悪魔でしかないんだから!!










――――っ…田島!!











重たささえ感じるほどの浮遊感、息をつめれば、体が痙攣する。
はっ、として、重い瞼がようやく上がった。
眩しすぎるほどの電灯と、青白い、人の顔。

―――ここ、どこだ?

霞む視界、見開かれた瞳孔。
ようやく焦点を結ぶ目が映し出したのは、泉の、動転しきった表情だった。
あぁそういえば、こんな泉の顔を知ってるのはオレくらいだろうなぁ。
ずきずきと痛む頭がそんな意味不明な回答を出してきて、こんなときでもオレは相当馬鹿らしい。
体を起こそうとして、あちこちから激痛の返答、ぴくりとも動かない。



「田島っ、大丈夫か!?すげぇ魘されてた…っ!」

「あ…うん、たぶんへーき…。」

「ばか…平気とか言うなよ…汗、すごい…。」



ようやく気を落ち着けたらしい泉の指が額を辿る、水の滴る軌跡を感じて、汗が相当酷いものだということを実感した。
拭いたくてもなかなか動かない、ぎしりと痛む腕をなんとか持ち上げようとしていると、上から抑えつけられてしまう。
そりゃあ、動けば悪化してしまうんだろうけど。
ここはどこ?まずそれが知りたい。



「花井に…何、されてたんだ…?」

「―――ここ、泉の家…?」

「え…あ、あぁ、そうだけど…。」

「オレ、いつ来た…?記憶ねぇ…。」

「道路の脇で倒れてた、意識ねぇし、2ケツは相当怖かったぜ…。」

「あー…悪ぃ、ホントは歩いてくつもりだったんだけど…。」



聞かれたくない、話したくない。
もうわかっていないわけはないけれど、たぶん泉は、ずぅっとそうだったことを知っている、けど。
指の先、あちらこちらの感度が悪い、包帯とか、そんなものを通しているような。
結構あちこちにあったんじゃないか?また泉に手間を…―――。



「手間とか思ってねぇから、お前はもう少しゆっくりしてろ、動かなくていいから。」

「や、無理、風呂入りてー…。」

「…バカお前、そんだけボコボコで…動こうなんて考えねーでくれよ、頼むから。」

「やーだ、ふーろー。」

「…せっかく巻いたのに。」

「う。」

「また巻くのか?」

「ほっとけばいいよ、ふろーっ。」

「ダメだ、巻いてやるから、ほっとくとか言うな。」



面倒なことをさせているのは、わかっているんだけど。
腹の奥に残る異物感、こんなものを抱えていては、泉といても寝れるわけがない。
あぁでもさっきは寝てしまっていた、だからあんな酷いものを見てしまったんだ。

知っている顔、知らない顔。
口々に発せられる、“キライ”。
なんでお前が、お前なんか知らない。
そんな人間までも一緒になって、ただただ責め立てる。
オレが悪い、とは言っても―――。



「田島?」

「あ、…なに?」

「すぐ風呂入れっから、あんま考え込むなよ?」

「あぁ、ゴメン…。」



そろ、と撫でられる髪。
汗とかいろんなもので、ばさばさ。
早く洗い流してしまいたい、痛みだけは、残して。
意地の悪い頭だ、眠ることがあまりも億劫になる。
謂れのない罵倒なのだと、切り捨てることも出来ない荒んだ心。

あぁそうだ、その通りだ、オレが全部悪いんだろう?
そうやって自分のせいにしていったほうがまだ、自分の崩壊を止められる。

髪を一撫でした泉はすぐ戻るから、と行って部屋を出ていった。
そう言えば家の人は?
いつもは家に人がいないときに来るんだけど、今日はどうなんだろう?
部屋にかかった時計はとっくに日を越えていて、部活が終わったのが9時すぎ。
花井とどんだけ部室にいたのかはっきり覚えてないけど、3時間は寝ていた。
真夜中にこんな状態で現れたんじゃ家の人は相当大変だったんじゃ―――?

耳を澄ましても、物音一つ聞こえてこない。
寝ている時間だから?
帰って来たら聞いてみよう。

ぎしぎしと痛む体だが、痛みに一度慣れてしまえば動かせないほどではない。
そうやって3年、溢れ返る痛みを押さえこんできている、今更できないことはないから。
殴られた頬も少し熱いけど、この程度なら2、3日で収まるだろう。
あちらこちらの関節が痛い痛いと悲鳴を上げる、声を無視して、勢いをつけて半身を上げた。
腹の上にかけられていた布団が落ちて、自分の足首あたりからが視界に映る。
たぶん風呂って言いだすのがわかってたんだろう、打撲の上にはすぐ剥がせる冷却剤が乗っているだけ。
血が出ていたのはどこだったか、ぶつけて切った腕のあたり?
そこはきっちりと包帯が巻かれてあった、大した出血じゃないと思っていたけど、泉はあれで心配症だからなぁ。
体のほうの痛みはもう慣れた、軽く腕を動かして、痛みをじわじわ浸透させて。
それでも頭の、奥の方の痛みは抜けないし、これは3年間戦って、今も戦い続けている状態。

布団をのけて立ち上がると、軽くストレッチ。
前回よりは相当酷く、明日の部活がグラウンド整備で休みでなければ、ちょっと動けなかったかもしれない。
花井がそこんとこ考えてるのかどうかは知らないけど、前回は翌日ちゃんと練習だったし。

―――痛みでももらえるんだから、まだ役得だと思っとこう。

痛いくらいがいい、そうでないと。
優越感さえ奪われて、それくらいじゃないと、花井に遠ざかられてしまうことのほうが怖い。



あぁ惨めだ。
似ているからなんて、あの顔を思い浮かべるだけで泣きたくなる。
そっくり、とは言わないけど。
部分部分、あの子とオレは似ていて、それが花井の征服欲を刺激するんだろうか?
あの子に手は出せないから?
羨ましい、なんていう、惨めな嫉妬心。

そんな風に自分の汚いところばっかり自覚して、どんどん自分が嫌いになっていく。
あぁもう、相当病んでるなぁ。



「風呂もういいぞ…って!お前!何起きて動いてんだよ!?」

「うわっいきなり怒んなよっ、びっくりすんじゃんか!」

「驚いたのはこっちだ!!」



部屋の戸が開くと同時に駆け込んでくる泉、びっくりしてオレの体は完全に固まった。
がし、と肩を掴まれて無理やり座らされる。
掴まれた部分も打撲があったのかちょっと痛いんだけど、それを顔に出すわけにはいかなくて。
気をつけていた、のに。



「あ、悪ぃ、痛かったか?」

「ぜ、全然?ぜーんぜん痛くねーよっ!」

「嘘つくな、お前の嘘がわかんねーオレじゃねぇよ!」

「………なんでわかんだよ。」



「―――お前が好きだからだよ。」



「…ごめん。」

「いいよ、わかってる。風呂行くんだろ、おぶってやっから。」

「歩けるよ!!」

「歩くな、ダメだ。」



何度も聞いた言葉だったけど、こういうシーンで言われると本当に申し訳ない気持ちになる。
背に体を預け、おぶられる。
体格差を感じる泉はこの3年で1年のころの面影を感じさせないくらいでかくなった。
オレは相変わらずちっさいのに、羨ましい。
背も伸びないし、体重なんか落ちていくほうが多い。
泉にしたらオレの体は相当軽いかもしれない、オレが泉を負うのは無理だ。



「なぁ、家の人は?」

「みんなでてるよ、いたらお前が落ちつかねーだろ?」

「え?追い出した?」

「違ーよ、普通に仕事とかうまく重なってくれてな。」

「あぁなんだ…よかった…。」

「逆にお前の心労深めるようなことしねーよ。」

「悪ぃ。」



器用に戸をあけて、廊下に。
電灯は点いていても薄暗い部屋、生きた人はオレと泉だけ。
いつも泊まりを提案してくれた日は、家の人はいない。
そういうところまで気を使ってくれる、使わせてしまっている。
人がいたら、それはそれで怖い。
泉の家の人だから、悪い人っていうことは絶対ないし、危害を加えられるなんて持ってのほかだ。
わかっている、わかっていても、泉以外の人間が怖くて仕方がない。
自分の家族ですら、どこか疑ったような眼で見てしまう自分がいて、そんな自分が嫌いで。

あの声は自分だったのかもしれない。
キライキライキライとわめく、耳ざわりな声は。



















汗を落として、腹に残る花井の残滓を洗い流して、そのころには頭の痛みも治まっていた。
泉の服を借りて、またあちこちに包帯が巻かれていく。
部活をしていると怪我も多くなるから、手当なんかはオレも泉は最低限は出来る。
打撲なんかは今でも、練習中にしたりするし。

少し、眠い。
泉といると緊張しないからだろうか?
心の緊迫が解けているからか、でも眠るのはやっぱり、どうしても、怖い。



「田島、飯は?」

「あ、食ってねーけど…。」

「食欲あんなら食うか?」

「うーん…あんまり、泉眠くねぇの?」

「オレはいいから、田島が眠ぃんなら寝るよ。」

「ちっとだけ眠い、でも寝たくない。」

「そっか、さっきもうなされてたかんな…ちょっと腹に入れといたほうがいいか?」

「どーだろ、食ったら眠くなりそうな気はするけど…。」

「なら食ったほうがいいか、つっつても大したもんはねーんだけど…。」

「オレ、食わなくても平気だよ。」

「ばか、そう言うの平気って言わねぇ。」



なんか探してくっから、そう言って泉は包帯を持っていた包帯を放り、台所のほうへ向かう。
ホントに眠くないのか?
泉はオレのことなんでもわかるのに、オレは泉のことちゃんとわかってない。
全然わからないでいる。
泉だけじゃない、誰のことも、何も。
三橋はもう通訳なんてしなくても阿部とちゃんと話せるし、オレは―――。

 


どす黒い感情、こんなものがいつまでもあるから。
オレはきっといつまでも誰のことも理解できないんだ。



キライキライキライ。
耳鳴りのようにただ響く。

誰がどう、ではなく。

オレがオレに対する言葉だったことを、ただ唐突に理解して。
さらに自己嫌悪を重ねることしか、出来なかった。







NEXT







泉に保護されました(ぇ
元気っこ田島の面影がまったく見れません、なんてこった!(ぇえええお前のせいだろ
や、まぁ病みを書こうとしてるわけだから仕方ないんだけど(逃げた
何が書きたかったって、田島は自分が嫌いっていう、こう、暗示的なものにかかってるだっていう話です。
…意味わからん私自重…orz
とりあえずそのうち分かる感じで!!