望むものが手に入る。

それは何一つおもしろくなくて、ある時唐突に奪われたら、いらないほどに狂ってしまう。

与えられることに慣れていた。

奪われることを知らなかった。

ある日ただなされるがままに奪われた時、亀裂を生じさせたそこは、今もボロボロと崩れていく。

ある時から夢を見る。



それが叶わない思いだと知ったのは、いつだっただろう。





鯨の見た夢 1





春の日。
新しい年度が始まりを告げても、心はいつまでも憂鬱だった。
結局3年間、一度も一緒のクラスにはなれないままなんて。
時の悪戯というならあまりにも酷い。
ふ、とため息をついてみても、決定事項を覆すなど、一高校生には不可能なことだ。
望むべくして望んでも、決して振り向いてはくれない絶望感。
そんなものとまたこの一年、過ごしていかないといけないのか。
相変わらず、脆弱なものだ。

せめて一緒のクラスに。

それは自分からしてみれば、そうとう小さな願いだったのに。
小さな願いを叶えないとは、以外とケチな神様もいたのだ。
あぁ、とため息をついたところで一つも状況は変わらない。
わかっているからこそ、もっともっと寂しくて。
ふわりとした春風は、寂寥しか運んでこない。
せめて年度が変われば、違う世界が待っているかもしれない。
口笛を吹いて迎えられる、小さな夢がそこにはあったのかも、なんて、小さな期待。

快勝を続ける野球部での練習でしか、顔を合わせることすらもない。

3年間ずっとそうだった。
強いて言うならば、避けられると言ってもいい。
相当深い部分で嫌われていて、業務連絡程度のことしか、話したり出来ないから。
部活の間は柔和でありながら、いざ終わると、人が変わるように。
あぁ、嫌われているんだな。
この3年間で、何度も何度も反芻した、麻痺してしまうほど思い続けた言葉。

いいんだ、それでも。

だからとてもささやかな願いをかけたのに、結局それすら蹴飛ばされてしまうから。
ひどいなぁ、カミサマって。
もう泣くことには飽いたので、乾いた心で事実を受け止められるのだけど。
ある時唐突に焼けるような苦しみが走っても。



救いと言える救いは、野球部の知り合いがちゃんと同じクラスになれたことか。
変な組み合わせで、自分を除くと、栄口、水谷、それから―――泉。
栄口と水谷のことは、本当にうらやましい。
もう3年、そうやって連れ添い合って、栄口は本当に深い部分までも幸せそうで、

羨ましいなんて、言わない。
人道を逸れようとした、自分の罪で、罰。

泉が一緒なのは、嬉しいようで、それはそれで悩ましかった。
一緒にいるのが嫌なわけじゃない、それなりに、好きだ。
それでも彼が、友達以上の感情を持って接していることを知っているから、どうしても。
嫌いじゃない、それでもオレには、その上があってしまっていて。
また迷惑をかけてしまう、泉に。
もうずぅっとずぅっとこのままで、永遠に終わらないと知っていても、思わずにはいられない。







―――はない。









囁くように呼びかけても、彼はきっと、一度たりとも笑ってはくれない。



























その時は、ほんの冗談だった。
小さく小さく乗せた言葉が、どういう意図で伝わろうとも構わない。
切り捨てたって構わないほんの一瞬だったのに。
それは3年前の出来事で、花井が覚えているかどうかなんてもう、定かじゃない。
ただこうして避けられ続けている以上は、間違いなく覚えていると、思うのだけれど。





――――オレはお前がキライだよ。





あまりにも簡潔で、だけどそれは抉りつけられたように大きな傷跡を残した。
少しの見込みもないのは、分かっていた。
オレは笑顔も忘れて、その冷淡な顔を見ていて。
我も忘れて、ただ睨んだ。





―――オレも、花井なんかキライだよ。





自分でも驚くほど冷たい声に、それでも花井はびくともしなくて。
それどころか嘲笑的な目で、オレを見下ろしていて。





―――絶対引きずりおろしてやる、4番、な。





あぁ、そうなんだ。
花井にとってオレは、ただの憎らしい敵。
ひたすらその背の数字を追いかけて、なんて小さいいがみ合い。
オレはそのことをちゃんと理解していたのに、いたというのに。
笑ってしまった、オレは。
そんな小さな言葉で、引きずり降ろされてたまるかと言うように。





――――ざけんな、お前なんかが奪えると思うなよ。





ふ、と消えた感情のまま言った言葉が、どれだけ花井を怒らせたんだろう。

追いかけてくれるその真摯な目が、大好きだった。
ただただ真剣に追ってくる目、手を抜けば一瞬で持っていかれる、気迫。
今はその眼も気迫も、すくんでしまいそうになる程の怒気に溢れ返っている。
がっ、と胸倉を掴まれて、ロッカーに叩きつけられて。





―――いい気になんな!!お前なんか、すぐ抜かしてやる!!





まだ、一言一句思い出せる。
そのまま突き飛ばされたオレは、遠ざかっていく花井の足音だけを聞いていた。
備品の机に頭を打ち付けて、朦朧とした意識の中で。
痛みじゃ泣けない、苦しみでも泣かない。
涙を流さないのは、使命のようなもので、頑なに守ってきた結界。
右目に走る激痛も、伴って溢れてくる涙も、その時ばかりは抵抗も出来なかった。



大好きな人に、大嫌いと言われる痛み。
その絶望感を、オレは知らなかった。
ひたすらに胸を締め上げる、オレの中の悲鳴。



――――抜かされて、たまるかよ。



右目を押さえて呟いた、自分の声の重々しさも、忘れたりはしない。





それからはただ、冷めた毎日が続くだけだった。
あまりにも暗欝とした敵対関係に、誰ひとり口も出せず、出さず。
監督までも見放した、オレ達の仲。
それでもオレの中の熱は一向に冷めてくれなかった。

花井が好きだ。
人の道を逸れた大それた感情は、尚冷たく張られたバリケードの前で立ち尽くす。
ずっとずっと好きだった、きっとこれからも好きでいる。

業務連絡とすらも言えないような単語を交わす毎日、その痛みに、何度壊れそうになっただろう。
あるいはとっくに、崩れてしまっているのかもしれないけれど。
徹底的な無視が、暴力的な言動が、圧迫を感じさせる追い上げが。
削っていく、眠れない夜が何夜あったか、もう数えることも出来ない。



それでも止まらない追い上げ。
オレはただもう必死になって、それを蹴落とすことしか出来なかった。



―――ここを奪われてしまったら?



きっとオレは、完全に崩壊してしまう。
必死だった。
3年間ずっと、あの気迫に追われ、何度となく罵り合い。
ある時乱雑に奪われたことも、忘れたり、出来ない。
痛みは忘れないし、優しさのかけらもないあの冷徹な顔も、忘れない。



いつしかその生まれこそが罪なのだと、必要のないレッテルを自分で張り付けて。
抑えつけるのも必死だった。
そうして少しずつ崩れていく心をつないでいくこともできなくて。



花井が好き。
誰か誰か、お願い誰か!!
誰か助けて…っ!!



毎夜見る悪夢。
お前は嫌いだと繰り返す彼の冷たい貌、夢の中でも手酷く奪われて。
眠ることも億劫になったオレは、完全に逃げ場をなくしてしまった。

それでも4番の座は譲らない、譲れない。

い続けなくてはならない、そこに。
彼の前に、いつまでもいつまでも、立ちはだかっていないと。
そこを奪われたら、彼はどうするのか、予想もできなくて。

味方の視線に怯えて、だけどやることはやった。
ホームランは未だに打てなくても、全試合、打ち続けた。
花井が追い付けないだけの打率を、足を、守備を。
そこに立っている間は、彼の視線はオレにしか向かないんだ。
もうそうすることでしか、彼の視線を集められないのだから。



たとえこの目が見えなくなっても、オレはそうしていないと、もう―――。




泉は、オレのことをちゃんとわかってくれていた。
1年の時からずっとオレのことを気にかけてくれて、すごくすごくいい奴。
嫌われたその日に助けてくれたのも泉だし、眠れない夜を解いてくれたのも。
泉がいないとオレはもう何も出来ないのに。

それでもオレは、花井が忘れられない。

泉は、いいよ、オレは。というけれど。
忘れられたら、オレもきっと楽になるってわかっていて。
だけど、オレは花井が好きで好きで。



残酷、か。
難しい言葉は知らない。
それでもカミサマ、もし花井をあんな風にしてしまったなら、それはオレのせいですか?
オレの知っていた花井は、誰にでも優しく笑ってくれる人。
オレの我儘も、叶えてくれる人だった。

知らない陸は、星さえ映してもくれない。



ただ一つ言えるのは、オレがこんなふうにおかしくなってしまったのは、決して彼のせいではない。
例え手酷く暴かれ、扱い抜かれていても、決してそうではない。



それもまた一つの、罪で、罰。



達観してしまった自分が出来た、その出来事。
思い出すだけで今もまだ、肌が泡立ち体は震える。











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出だしから最悪です、花田で泉田。
ホントはもっとテンポよく絵の切り替わるMADって奴を作りたかった、でも私には技量がなくて。
せめてその雰囲気だけでも伝わるように書いていきます。
いつか私にMADを作れるだけの力がついたら、その時は必ずこれを作ってみせます。
まぁ、版権無視か?って言われたら、終わりなんだけど。
あぁあ、プロットはできても腕がない、アニメーションの技術を習いたい。

結局誰も救われない、鯨は高望みして陸に上がってしまった。
関連性のない、人と鯨の夢が―――。