人のその柔らかな肌は、赤を散らせば映える様。
だけど守り手を知らないその白は、脆弱過ぎるが故に、扱い方すら分からない。

白に狂う。
映える赤の美しさが、柔らかな存在感が。
その柔らかさは、だけどとても、愛しくて。












シンデレラケージ












ぼぅ、とした空間で、何も言わずに天窓を見上げる。
ただ薄らと昇る幻惑の下で、本当に何を口にすることもなく。
肩越しの晴天は、明かり取りの小さな天窓でも奇麗に表現されている。
それはそれは綺麗な空で、だけど肩が邪魔で、本当に綺麗には見えなかった。
歪な形。
知っていて、だけど何度促しても、この肩はどかない。





「―――…っ…。」





オレはどこにも行かないのに。
気付くのが遅すぎて、傷だらけの手が肩を掠めても、音のない言葉は空回り。
名前を呼んでも応えない。
どうしてだろう、花井はあんなにも優しくて、オレはホントに大好きだったのに。
肩を抑える手は、ぴくりとも動かない。
首筋に埋められたままの花井の冷えた頭も、まったく動かない。
噛みつかれた歯は食い込んだまま、痛みも血も、枯れていく。
花井って、こんなに痛いものだったんだろうか。
わからない、だけど花井の歯は確かに、オレの首筋に刺さっていた。

抱きしめたくても腕が伸ばせない、花井の体が重すぎて。
花井、花井、どいて、お願い、花井、オレの声を聞いて。
だけど声にはならなくて。
花井の体が肺を、腹筋を、体中を圧迫する。
どうすれば声になるのか、音が出るのか、無知なオレには分からない。

ねぇ、どうして花井、オレの言葉が届かないんだよ。

届いてるんだと思ってたのに、花井は何も言ってくれない。
花井が何を考えてるのか分からなくて、怯えていたのはオレなのに。



花井、



冷たい肌。
ホントならぎゅ、と抱きしめてやりたいのに。
オレの手は花井の体の下で、圧迫されて血が止まって、痺れて千切れてしまいそう。
どうしたらこの言葉を伝えられる、歯がゆさに奥歯だけが鳴る。
天窓の向こうの空はいつまでも綺麗で、奇麗で。
花井のほうが綺麗。
そんな言葉すら、音にならない。

言葉の出し方すら忘れてしまった。
愛の声が届かない。
ずっと届けていたと思っていた、だけど、届いていなくて。
どんな言葉なら、どんな音なら、どんな風に発音したら、花井に届いてくれる。
頭で問うても、神様は教えてくれない、空はただ青いだけ。

もうずっと、こうしているのに、花井の言葉が分からない。
こうしてずっと傍にいるのに、花井は何も言ってくれない。

花井、花井、大好き、愛してる、だからお願い、顔を上げて。












お姫様を閉じ込めた。
うるさい口は閉じたから、煩わしい程の言葉を、一つ一つ丁寧に考えないでいい。

お姫様は閉じ込めた。
一つも分からない言葉の羅列なんて、考えたって、意味がない。

お姫様は籠の中。
言葉の意味が分からないから、喪ってしまうのが怖いから。



どうしてオレの言葉が分からない。
どうしてお前の言葉が分からない。
オレは愛して愛して、心の底から愛してしまって。
理想の巨象に、現実の狭間に、何度も何度も泣きながら。
ずっとずっと愛してきたのに。
どうして、どうして、どうして。

腕で抑えても、体で抑えつけても、刃を立てても。
田島はここに、いてくれない。
オレの言葉が、届かないから。

ほら、今も。
オレの腕から逃げだそうともがいてもがいて、だけどオレだって、逃げられたくないから。
田島、田島、逃げないでくれ、頼むから。
ずっとここにいてくれ、もう言葉なんていらないから。

強く噛み締めてでもいないと、田島は簡単に逃げ出してしまうから。

オレを好きというなら、傍にいてくれよ、なぁ田島。
ホントにホントに、頼むから。

だけど、オレの言葉は届かない、そんなこともう、知ってるから。





じりじり。
腕が抜けていく。
ほら、

目一杯歯を立てて。
田島が呻くのが耳に飛び込んでくるけど、そんなこと知らない。
頼む、頼むから、逃げないでくれ、田島。
腕は止まらない。
じりじりじりじり。
その度に強く噛み締めて、だけど田島は止まらない。
いつかもう、とっくに痺れているはずの腕が、抜けていく。

そしたら目一杯、オレの体を押し離す。
オレはそれじゃ嫌だから、また目一杯、噛み締める―――。
腕が空に触れて、



それはオレの背の上に落ちてきて。
田島の温かい指先が、オレの背中に食い込んでいく―――。






















なぁ、花井。
逃げるとでも思った?

首筋の痛みが飽和するくらいになってから、花井はようやく、オレの首から歯を離す。
歯で止められていたオレの血が、それに合わせてだらだら流れていく気がしたけど、そんなことは、今はいいんだ。

大好きな花井、やっと顔を上げてくれた。
ぐしゃぐしゃになった顔が、びっくりしたみたいに、もっとぐちゃぐちゃになっていて。
だけど綺麗、あんな奇麗な空より、もっとずっと。

爪を立てたまま背を撫でる、花井の顔が歪むけど。
そんな様も全部、大好き。






「―――なー…、知ってるかなぁ…花井、頭超いいし…。」

「……何、を…?」







「オレ達の肌が柔らかい理由、なぁ、知ってる…?」






痛みを知るため。
もっともっと、花井の背中に爪を立てる。
引っ掻くように、撫でるように。



人が人の痛みを知るために。



オレは花井の痛いのいっぱいいっぱいわかったから、
今度は花井が、オレの痛みをちゃんと知って。

背を起こした花井の背に、もっと強く爪を立てて起き上がって。
かさかさの唇に、ようやく触れた。











言葉に音に出来なければ、痛みにしてでも届けるから。
貴方の籠をどうか、閉じないで。











シンデレラケージ―――いついつ出会う、夜明けの晩に。








ものすごくこれ!!っていうのを思いついて、2、3日に分けて書いてたらものすごい鬱なのかよくわからない花井(話)になった。
この後田島のかっこよさに花井ノックアウトされたらいいと思う。