「栄口、デートしない!?」

「………はぁ?」





それが3日前。
あまりに突飛な誘い文句に、オレは手渡すために差し出した教科書を落としてしまった。
他の生徒もいる教室のドア付近で、お構いなしに、それも真剣な目で。

栄口、教科書貸して!数学!
そう入口から叫ぶから、慌てて持って来て、手渡そうとして。
はい、て言う前に遮られてしまって、オレは固まる。
右から左に流したわけじゃないのに、そんな気なくても思考が止まった。





「…なんで?」

「どーっしても一緒に行きたいところがあるの!それも都合のいいことに券が2枚!」

「いつだよ、それ。」





日曜日、拝み倒さんばかりの勢いで何かのチケットらしきものを差し出す。
ふわふわの髪の毛が、動作の度に揺れていた。
日曜といえば、部活は半日休み。
午前中に練習があるけど、そのあと監督が用事でいないから。
暇といえば暇。
家にいてもすることなんてパワプロか勉強。

だからって、どこに連れていく気?





「あのね―――。」






Tender Syndrome







うああああっ、緊張してきた!
その時は、あまりに興奮してしまって、二つ返事で答えてしまったんだけど。
いざ、こう目の前に来ると、正直に―――恥ずかしいったらない。
隣の水谷は、どうしてこんなに楽しそうに目を輝かせているんだろう。
あああああ、なんでオレ、ここまで来ちゃって…―――。
正面に視線を向けると、もう、外観だけでも恥ずかしさが前面に押し出されている。

シンプルな色合いの看板、名前は英語のようで羅列がよくわからないので違う言葉かも。
ピンク色の壁、扉をくぐるのは―――ほとんど女の人。
外に立ててある看板には、開店記念サービス中!のきらびやかな文字。
いろんな広告も一緒にはられていて、今、ちょっとした話題になっているお店。

ケーキバイキング、専門店。





「…ねー…ホントにここ入るの…?」

「入るの!ケーキ食べ放題なんだよ!?一人じゃ恥ずかしいよ!!」

「はぁ…わかってるよ、もー…入るけどさぁ…。」





あぁああああ、そりゃ一人じゃいけないよね!!こんなとこ!!
恥ずかしい?すっごい嬉しそうじゃないか、朝の練習中も、相当テンション高かったし。
二言目には今日はデート、バイキング。
そんなに楽しみにしてたんろうか、ケーキ。
ならオレ、別にいなくても―――。





「入ろ、栄口っ、オレ、栄口と行けてすっごい嬉しいんだっ。」






―――わかって言ってんのかなぁ、もう。
デートデート、と隣で繰り返す水谷の顔を見ていたら、恥ずかしさが段々とどうでもよくなっていく。
もう、なんて自由なんだよ、ほのぼのしちゃってさ。

不意にとられる右手、くん、と引っ張られて、体が動く。
急かすような笑顔が振り返って、苦笑で返すと嬉しげに目が細まる。
あーいけない、調子に乗ってる時の目だ。






「ねー、二人っきりだから勇人って呼んでていい?」

「ダメ!!外だろ!!」

「ちぇー…。」






危ない危ない、いいよ、って言っちゃいそうだった。
これだけほのぼのしてたら、ついついオレまであてられちゃいそうだ。



受付にいた案内のお姉さんは、とりあえず驚いていたけどスルー。
何に驚いていたのかは、まぁ言わなくたってわかるだろう。
水谷はもうケーキの方しか見てないし、オレはオレでこの華々しい空気に呑まれてた。
手をつないだまま入ればそりゃ驚くだろうけど、ケーキ一直線状態の水谷に手を離してと言っても離してくれるわけがない。
オレ自身、そんなことすら忘れてずっときょろきょろしてたわけだけど。
だって、この空気、恥ずかしいったらないよ。
水谷が券を2枚差し出すと、ぎこちない動きでそれを受け取った定員は、ご利用ありがとうございます、の定型文。
ちらちらと手元を見る係員の視線が恥ずかしいのに、水谷は絶対離そうとしない。

居たたまれなくて、視線を動かす。
店の中を見まわすと、割と女の人だけってわけでもないみたいだ。
まぁオレ達は手をつないでるわけだから、ただケーキを食べてるサラリーマンに比べたら相当浮いてる。
席に案内されて、簡単な説明だけ受けて、ごゆっくりどうぞ。
定型文を耳が受け流し、係りの人が消えるなり、





「行こっ、早く早く!」

「え、もう…っ?」

「いっぱい食べたいじゃん!栄口だってケーキ好きでしょ?」

「や、うん、好きは好きだけど!」

「なら時間いっぱい食べよ!ね?」

「…もー…強引なんだから…。」






色とりどりに並ぶケーキ、甘味で彩られる空間。
あぁ、甘ったるい、においも、彩りも、自分たちも。
どこを見ても、甘い。
初めての空間。
差し出される手をなんの疑問もなく受けて、ついたばかりの席を立ちあがった。















実質食べ放題なんて言われても、そんなに食べれるもんでもない。
お腹が減っていればいくらでもいけるけど、甘いものは―――別だった。
甘ったるい生クリームはいつしか口の中では溶けきらず、あっという間に空腹を満たす。
結構いけるような気はしていのに、食べ放題なんてやっぱりいいように儲けてるんだろうなーと実感した。
準備する量もこれだけ食べれないんじゃ大した量用意しなくても済むんだ。
白い皿の上にフォークを置いて、一つ息を零す。
甘味に満たされた口内をノンシュガーのコーヒーで誤魔化してみたり、ケーキよりもずっと絶妙な甘さを醸す話を楽しんだり。
ケーキよりも目移りしてしまう、水谷との時間のほうがよっぽどおいしい。

時間制限はないけど、いつまでも長居するのも気が引ける。





「水谷、まだ食べたい?」

「栄口は?」

「質問を質問で返さないの、オレはもう十分だけど。」

「実はオレも、結構食えないもんだねー。」






からからと笑う。
出ようか、どちらからともなく手を重ねて。

入る時に見せたチケットがつまりはタダ券みたいなもんで、会計は入る時に終わらせてしまう。

ありがとうございましたー。またのご利用お待ちしておりまーす。


間延びした声、客を呼ぶベル、追い出すベル。
甘いにおいが染みついてる気がする、結局手も繋ぎっぱなし。
きっともう来ないよ。

恥ずかしいんだ、水谷と一緒でもやっぱり。
ケーキより甘いものも、いつでも食べれるってわかったし。
―――食べるって言うのは可笑しいか。






「―――どったの栄口、何笑ってんの?」

「え?いや、我ながら変なこと考えるなーと思って。」

「?」

「文貴はわかんなくていいの。」

「うぉっ、いきなりどしたのさぁ、ホント。」




小さく笑ってみせると、訝しげな表情で眉をひそめる。
だけどすぐに顔は晴れて。





「ま、いーや、勇人が楽しそうなら。」






間延びした声、どこまでも平和な、ほのぼのとした。
こんなに馬鹿で、でも愛しいなんてオレも間延びしてるなぁ。
いつしか日暮れが始まる大通りを歩いていきながら、手を絡め直す。
人目も気にしない、むしろ、視界に入ってない。
水谷といたら、そんなこと全然気にならないよ。
幸せすぎて、頭おかしくなってるんじゃないかなー…。






「勇人、また変なこと考えてる?」

「うん?」

「顔がにやけてるー。」

「変なことかもね、甘いもの摂取しすぎておかしくなってるのかも。」

「わー、大丈夫なの?それ。」

「へーきへーき、あーでもさ、ちょっと寄り道しながら帰らない?」

「ん?どこ?」

「気兼ねなくのーんびり出来るとこ。」





河川敷でも行こうよ、二つ返事でOK。
ちょっと離れているけど、歩いてもそんなに遅い時間にはならないだろう。
辿りつくころには傾いた日は地に入る直前で、赤よりは紫が濃くなっていた。
さぁ、と爽やかな風が抜ける芝生に適当に腰を下ろして、隣に水谷が座る。
口の中でもたれていた甘味も、そのころにはもう抜けていて。
でも、手はつないだまま。
平和ボケしてるよな、こういうの。






「ねぇ、あの券さ、どうしたの?」

「え?あー、バイキングの?」

「うん、タダ券なんてどっから仕入れて…。」

「えーと…もらった。」






ちき、と視線は交わっているし、もちろん、目は澄んでいるんだけど。






「オレ、そんな嘘聞かないよ?」

「うーん…やっぱりわかっちゃう?勇人はすごいね。」

「当たり前だろ、オレそんな馬鹿じゃない。」






照れくさそうに笑う。






「あそこのお店のね、開店準備の時だけバイトさせてもらったんだ。」

「バイト?いつのまに…。」

「だって、全部やったら給料の他にタダ券くれるっていうんだよ?」







栄口と行きたかったから。
デートしたかったから。

目が語っている、馬鹿な奴。
実直すぎるよ。
見透かしているようで、見透かす目。

ケーキも好きだよ、甘いもの、食べられるなら食べたいけど。
言わなくても、わかってるに決まってる。
オレは、







「栄口、今日楽しかった?」

「―――うん。」

「へへ、ならよかった、働いてよかったなー!」

「そんなお金困ってたの?」

「ううん、券が欲しかっただけ。」

「やっぱり、文貴は馬鹿だね。」

「うん、そうみたい、でも楽しかったからいいじゃん。」

「―――そうだね。」







そんなもの口実にしなくても、デートなんていくらでもしてあげるのに。
見つめあって、くすくすと小さく笑い合う。
どうしようもなく流れていく時間、馬鹿みたいに、緩やかな。

言葉にしない幸せ、言葉を聞ける幸せ。

あぁ、このゆるい声がなければ、物足りなさで息が苦しい。
ほんわかした空気に、持っていかれている。
心地いい。






「また行く?」

「もういいよ、あんな食べれないし。」

「そっか、じゃあ今度は家おいでよ、普通にお菓子出すから。」

「―――うん。」






家に行きたいなんて言いだせないの、わかってるんだろうな。

たまにはこうして、日常が霞むほどの平穏に浸るのもいいんじゃないか。
と、黒く暮れる日を見つめて、呟いた。







Tender Syndrome―お願い、たまには浸らせて!―





END










異常に甘ったるいの書きたくなったら食い物は甘くなったけど物は寒くなった謎。
基本的に頭おかしいんだ、コイツら。
糖分度合を極限に引き上げて、うちの水谷からカッコよさだけ抜いたらどうしようもない馬鹿になった。
アホの子水谷の需要の高さに涙が出そう(ぁ