5. 庇うように抱き締めて



あれで何が変わったかと言うと、いろいろ変わりすぎてもう追いつけない。



一世一代の大決心で自ら田島にキスをしかけたのが、昨日。
昨日のそれまでの昂ぶりが、唐突に治まった。
田島が気になるのは相変わらず…なのだが、不必要に見つめることも、そのたびに高ぶることもない。
まじまじと一点を見つめることはなくなったが、代わりに一挙一動が気になるようになった。
誰と話して、何をしているか。
そんな些細なことがいちいち気になる。

朝一で顔を合わせたときの、ぎょ、とし顔。
目が合えば、慌てた様子でふいと顔を逸らす。
コロコロと変わる表情、落ち付きのない言動。
嬉しさを体現する、一切陰りのない笑顔。
そんなものに、その度々に、ほだされている自分がいて。

具体的に何が変わったのか?
これでケリがついたのか、実際のところまったく分からない。
阿部に何を言われるかわかったもんじゃない。
唐突にムキになって、据え善食わねば。
一体なんだというんだ。



「今朝は随分しおらしいな。」
「あ?なんだ阿部か…何がしおらしいって?」
「田島だよ、見てねぇの?」
「んー…しおらしいのか、あれは?」
「おぉ、元気がないかっつーと違うんだよ、これが。」



分かるような気がする。
元気はある、いつもどおりに三橋達とはしゃぎあい、跳ねまわるくらい。
―――しおらしいの定義がわからなくなってきた。



「―――で?結局あれからどうなったんだよ。」
「お前に言われたことを想像に任せてやったけど…うーん、よく分かんねぇ。」
「………でも田島、しおらしいよな。お前は?」
「落ち着いた、気がする。」
「あぁ…じゃあまぁ、当面はいいんじゃないか?」
「…そういうことにしとくけど、よく分かんねぇなぁ…。」
「見込みあるんだから、まぁ頑張れよ。」
「…は?何の見込み?」
「…はぁあ?お前そりゃ…何って…なぁ…自覚ねぇの?」
「何を自覚するってんだよ…。」
「呆れた野郎だな…天然でやってんのか…。」
「なっ…別にそういうんじゃ…!」



呆れたような阿部の視線に睨み返しても、阿部は肩を竦めてもう知らん、と言うだけ。
結局朝の時点で、何が何だか分からなかった。
たぶん、今の状況で満足しすぎてしまっていて、考えることすら、放棄してしまっていたから。



無作為な思考がようやく終わりを告げたのは、昼休みのこと。
田島は、仕返しと言ったそれが。



(キス、された…た、田島から…。)



午後の授業は、まったくと言っていいほど身に入らなかった。
思い出すのは田島の楽しげな笑顔、言い得るなら、小悪魔のような笑み。
触れた唇の感触、口内を荒らす質感。
それだけで顔が赤くなる。
度々口元を押さえては、阿部や水谷、果ては篠岡にまで不思議がられる始末だった。
特に水谷のからかい方は、阿部がクソレフトと呼ぶに相応しいウザさ加減だったり。
部活が始まっても、昨日とはまた違う意味でぼんやりしてしまう。

にやける、というか。

男にキスされて、何を考えているんだろう?
そんな葛藤さえ、消えてしまう。
視界の端に映るだけで、心臓は跳ねる。
真剣な姿はいつも以上に鮮明に視界に入りこんできて。

目が合った時、恥ずかしげにはにかむ姿が、あまりにも強烈で。

休憩中、へこんでしまうくらい。
三橋や泉と戯れているところばかり見てしまう、必然的に目をあって、度々顔が赤くなる。
―――何なんだ、いったい。
何だっていうんだ。
阿部に助けを求めてみても、羨ましいからお前なんて知らん、と言われた。
ホントに何だって言うんだ。
目が合うたびに変なやる気が出て、でもその分きっちり空回り。
―――田島に見られていると思うと、いつもの何倍も羞恥心を煽られる。

部活が終わるころには、いつもの何倍も疲労感が溜まっているようだった。
着替えている合間に何度も溜息をついて、水谷にはやされる。
うるさいさっさと着替えろと怒鳴っても、水谷は調子づくだけ。
ようやく栄口がうるさい水谷を連れ出して、みんな順々にベンチを離れていく。
静かになったし、手早く部誌を片付けて早く帰ろう。
普段は部活の合間に少しずつ片付けて、最後に必要なところを埋めてさっさと帰る。
昨日はわざわざ書かなかったのだが、今日はその部活中に書けず仕舞い。
多少時間はかかるが、慣れない仕事ではない。
すぐには無理でも、みんなにおいつけないではないだろう。
ボールペンを握りしめた、その時。




「―――花井、今日も部誌、まだ書いてねぇの?」

「あぁ、まだ手ぇつけてな…っ田島!?おま、帰ったのかと…。」

「今日はちゃんとコンビニで追いつこーと思って。」

「あ、あぁ、そう…。」



呆けていたところに、思わぬ人物。
今日はもう、さっさと帰ってしまったんだと思った。
というより、帰っていてほしかった。
なんだか気恥かしい。
部誌を片付けている間も、すぐ目の前に腰を落としてじっとこっちを見つめている。
何度となく指が止まり、部誌から視線をそらしても、田島の視線は動かない。
なんとか書き終えたころには日はどっぷり、電灯には虫が集まり始めている。
書き終えた部誌を隣に置いて、正面で微動だにしない田島に向き直る。
瞬きの時以外、どこも動かない。



「…終わった?」
「ん、あぁ、終わりだけど…。」

「ちょっと話してもいいか?」

「…あ?あ、あぁ…?」



やたらと真剣な視線、断る理由はどこにもなくて、ただ頷いた。



「前も言ったと思うけど、俺、背ぇ高い奴、嫌い。」

「あぁ…言ってたな、そんなこと。」



嫌い、という言葉がやけに耳につく。
以前のような、嫉妬とは違う胸の痛みが気になって、軽くさする。



「言っとくけど、俺は今かなり真面目に話してるかんな!ゲンミツにっ。」

「んなこたわかってるよ、で?」

「―――でも、花井と張り合いすんの、すげ楽しい。」



それは同感だ、と今は口を出さない。
未だに4番は彼の背にあるけれど、未だに大きな4番ではあるけれど。
田島と競うのは楽しい。



「バット振ってる花井は、カッコイイ。泉とかもすげーって思うけど、花井は特別カッコイイ。」



違う名前が出てきて、今度は少し、イラ。
それが、繰り返して言われる「カッコイイ」の単語に、段々とほだされていく。
田島だってカッコイイさ、あまりにもでかい自分の突破点。
追いつけども追いつけども、逃げてしまう背中。



「花井が、4番追いかけてるって思うと、すげー楽しくなる。」

「…。」

「他の奴は、何されてもあんま、楽しくなかった。」

「すげぇ人とか、いなかったのか?」

「いたよ、すげー人。当たればホームラン打つ人だって、俺、知ってる。」

「…なんかそれ、へこむな…。」

「最後までちゃんと聞け!」

「あ、あぁゴメン。」



「でも、その人に追いかけられてても、つまんねーの。」



楽しくなかった、花井が追いかけてくるから、必死になってる。
続けざまに、彼はそう言った。
ライバルとしては、嬉しい言葉だった。
ただ、今、どう受け取っていいのか、少しばかり頭が混乱する。



「えぇっと、話それた…俺馬鹿だから、口にすんのあんまうまくねんだよな…。」



気難しげに顔をしかめる、どう軌道修正するべきか迷っているらしい。
逡巡の時間は短く、すぐに顔をあげると、またさっきのように真剣な目で覗きこんでくる。



「で、俺、今まで4番争いはいっぱいしたけど、何で花井だけこんなに楽しいか考えたんだ。三橋とか泉とかにも話聞いてもらって、で…。」


「…で?」




「俺は、身長ある奴嫌い、だったけど、花井のことは…好き、だ。」





じわ、と胸中に広がっていく、好き、の言葉。

薄ら頬を赤らめて言う言葉に、嘘はないと思った。
どういう意味にしろ、好かれているのは嬉しいけれど。
簡単なものじゃないことくらい、状況を見ればわかる。
――ステップを飛ばしたここ数日を思い浮かべれば、簡単な返答で済ませられる展開ではない。




「ライバルとしても、仲間としても、タッパある奴嫌いっても、花井のことはイイ奴って思ってたし、嫌いって断言したり出来なくて…。」

「…。」

「…おかしーかもしんねぇけど、俺、惚れてた、花井に。」




だんだんとしどろもどろになる、口調。




「花井が、好きだ。」




一転して、しっかりとした口振り。
どく、とまた大きく心臓が跳ねた。
自分の中でなんの整理もつかない、突然の告白に、自分が動転しきってしまっている。
何にも口に出せなくて、固まってしまう。




「―――オカシーよな、男なのに、俺…ゴメンなっ、変な話して…!」

「あ、っと…。」

「俺、もう帰…っ!」




今、帰したくない。
俊敏な動作で逃げ出そうとする田島の手を引いて引きとめて、自分も立ちあがる。
こんな顔した田島、普段なら絶対見られない。
恥ずかしさと切なさと、そんなものが入り混じった顔。
いつもの自信に溢れた笑顔が鳴りをひそめて、耳まで赤くしてしまって。

―――可愛い、なんて、馬鹿みたいだ。



「…まだ何も言ってねぇだろ、帰んなよ…。」

「う、や、いや、帰るっ!」

「わーったから、短めにするから聞いてくれ!」



手を振りほどこうと揺する、離せば逃げるから、両手でぎゅっと握った。
観念したように力を抜く、ようやく、口を開ける。



「まどろっこしいの、ナシな、ハズイし。」

「…お、おぅ。」

「今の今までまーったく気付かなかったけど…俺も、相当お前のこと好きだ。」

「え…うぇえっ!?」

「そ、そんなに驚くことかよ!!」

「いや、だ、だって花井は俺のこと嫌いだと思って、た…!」

「何でだよ…。」



これ以上のライバルなんて、どこにもいない。
そういうことかと気づいてしまえば、ここ最近の自分のヘンテコな言動にも納得がいく。
生憎と「恋」というものは初めてなもので、これがそうだということに相当な時間がかかってしまったが。

嫌いじゃない、まったく。
気づいてしまうと、何もかもが許容できてしまう。
―――とくには、可愛いと思ってしまったことなんか。



「でも、男同士って、ダメじゃん、日本は…。」

「…いいよ、何でも。」

「…花井のが気にしそうなのに、何で俺が気にしてんだよ。」

「俺、以外と盲目なのかもな。」



見上げてくる不満げな顔、あぁ、可愛いな、なんて、ごく普通に思い浮かぶ。
拘束した手を離しても、もう逃げようとはしない。



「俺らさ、いろいろステップ無視しまくったよな。」

「いいんじゃねぇの?今落ち着いてるわけだし、俺はもういい。」

「ホントに花井のが盲目な気がするー…。」

「うっせぇ、気づかせたお前が悪い。」

「理不尽だーっ!」



喚く肩を掴んで、引き寄せる。
馬鹿なくせに、法律のことなんて考えて、必死なところが可愛い。
気づいてしまった以上は、止まらない。
手に入った以上は、変な不安くらい、取り除いてみせる。
困難が目に見えた道なのはわかりきっている、そのすべてから、彼を守れるくらい。
ぎゅ、とすべての障害から、庇うように。



「…あち、今夏なのにな。」

「じゃー離せよ!お前が抱きしめてるくせにっ…。」

「いやだ、も少し、このまま…。」



文句を言いながらも、暴れたりはしない。
素直なところが可愛くて、力を込めて抱きしめる―――。






END






体格差5題、完☆結!!(えええ
いやぁ大変だった…。
振りの場合はなれ初めを筆頭に、なんの設定も考えてませんでした。
テイルズにしろなんにしろ外堀を埋めてから書くので、なれ初めすら考えたことのないカプで書いたのは初めて。
なんで、やたら欠陥があるんですよね…花田。

で、話を戻しますが…田島様は、およそ埼玉戦の前までには花井に惚れていたという前提です。
決定打はたぶん桐青戦くらいじゃない?

以下全話の補足。
1、2、3と書き終えたときに仰天の10巻発売だったもんで、4からのネタ考えてるときはビビりました、身長ある奴嫌い!(笑
あれは照れ隠しだったんですね、という風に置き換えて…話の主軸はたぶん夏休みも終わりのころだと思います。
頼れるキャプがカッコよくて仕方ない→田島様は初恋なのでよくわかりらない。
→泉ん達に相談、ずばりそれは恋だと言い切られる。
田島様としてはなんとか発展させたい、でも自分から告白するなんてもってのほか。
当の梓さんはまったくの恋心に無自覚。
で、ある日唐突に田島様に煽られ…梓さんはもちろん恋に不器用なので、突然田島様に煽られて、青少年は暴走します(ぁ
でもいざ組み伏せられるとさぁ大変、まったく抵抗できないことに田島様はイライラします(ぁ
で、腹蹴って逃げます、ちょっと後悔していっぱいいろいろ考えて、で、なおのこと向こうから告白させることに気合いをいれます。
でも思いのほかダメージを喰らっていた田島様は、阿部の「据え膳食わねば作戦」にひっかかり、ドツボへはまってしまったわけでした。
と、1、2あたりの補足を入れてみたり。

田島様はよくわからないものに対してすごく怖がりだと思います、法律とか。
男同士はダメ、なんかもうそれだけで人権のすべてを奪われるような、ちょっと思いこみの激しい子です。
アベミハというより阿→←三、で、やっぱり水栄水。
泉んは三橋と田島をマジで愛してるので、二人の恋話には親身になって取り組みます。
でも正直今のハーレム状態を終わらせたくないので、阿部と花井に消えてほしいと本気で願っているとかいないとか。
でも結局は優しい子なので、二人の思うようにすればいいよ、という風に持っていくわけです。
ただたぶん、喧嘩別れしてきたら寝取ろうくらいのことは考えてると思います。
阿部は梓さんの話を聞いてからおおよそ確信犯です、確信で動いてます。
ちなみにストーカー説の多い阿部ですが、うちのは意外と純粋です。(仝ω仝)<せつない俺
三橋への恋心に気づきたてで、どう接していいかわからない、なのに花井はうまくいく、それがなんとなく許せない的な。
これに続いて泉の一人語り的なものからアベミハ、水栄水などなど書けていけたらな…なんて。

以上、長々とお付き合いいただきありがとうございました!