1.解けない拘束




ジレンマが募る、ヒリヒリと。
追いかけても追いかけても、離れていく背中。
ほんの20センチ足らず。



優位に立っているはずなのに、こうして今も。



ぐ、と上から抑えつけてしまえば、概ねの場合、人は優位に立てる。
高圧的な物腰に、慄くのが常であるのに。

体格が物を言う、野球をするのにも恵まれた体型であるのは自覚があった。
16そこらで181と言えば、恵まれているのには違いない。

だともいうのに。
20センチも下から見上げてくる視線は、物怖じもない。
抑えつけて、抵抗の手段さえ奪っている状態でありながら。
脅えの欠片も含まない、それ以上に――。
こんな状況でありながら、焦りの一つもなく。
迷いの一つも浮かべれば、一瞬で捩じ伏せられそうな眼光。

こういう状況で怯えるほうが可愛げはある。
しかしそういう予想を簡単に裏切るのは実に彼らしい。

過程で浮かぶ疑問など山ほどあるだろうに、一つも思考せず、ただ睨みつけてくる。


それでも、今優位に立っているのはあくまでも自分だ。
気負い直して、視線を定める。相変わらず迷わない瞳。
力がからっきしなわけではない、気を抜いて体重を軽くすれば跳ね返されるような状態。
重力が働く分、こちらが有利ではあるのだけど。




「―――何か言わねーの?」

「―――はァ?花井が勝手にしてんだろ、何言えってんだよ。」



動揺など微塵も見せない。
落ち着き払っているというか、達観しているというか。
力は緩まない。
少しでも緩めば、すぐにでも持っていく。
ぐ、と握られた手、震えもしない。

可愛げねぇの、とは口に出さない、相手は女ではないのだから。
ロッカーに押しつけた手は細いとは言え、女の華奢な腕よりもよっぽど筋がある。
器用なコイツのことだから、下手をすると腹に蹴りでも入れられかねない。
足の間に割って入っているが、気を抜けば本当に足でも出してくるだろう。
やりかねない、目。

挑発したのは、お前のほうだろ。
密室で、二人きりで、誰かが来る心配もない。
絶好のシチュエーションに、鴨一匹。
理性を切らした自分もどうかとは思うが、誘う仕草をしたのはお前だ。

無論、募るものが今までなかったかと言えば嘘になるが。
もともとはただの嫉妬心だったが、それと相対的に、段々と。
組み伏せたくなる衝動、嫉妬心とともにせり上がるアンビバレンス。
この身で見れば、20という差は保護欲をも掻き立てて。
つまり、欲しくなる。
自分も男だ、よくぞ今の今まで耐えてきた。
睨まれれば滾る、抵抗されれば燃える、誘うなら―――応じるしかない。

睨むというよりは、芯を射られているような視線ではあるが。



「抵抗とか、しねぇの?」



しているのを抑えつけている状態ではあるが、しようと思えばいくらでもできる。
出来るのにしない状況をいつまで続けるつもりか、単に気になって。

だけどそれで、口は災いのもと、というのを知ってしまうことになるのだが。

声をかけた瞬間は、何事もなかった。
彼は顔色すら変えず、しかし視線をまるで探るようなそれに変えて瞳を睨みこんでくるだけ。
それがふと、崩れる。



「―――何だ花井、さっきのでヨクジョーしてんだ?」



オブラートに端も包まず直球な言葉、返答が思いつかず、固まってしまう。
鼻の上の眼鏡が、ずり落ちてしまいそうだった。
彼の、田島の口端がつり上がる、彼に似つかわしくない、妖しげな笑み。




「別にテーコーなんてしねぇよ、花井だし。」

「…おま…っ…。」

「誘ったの、オレだし?」




まず一番の失敗は、そこで腕の均衡を崩してしまったこと。
それから、崩壊した理性を建設し直してしまったこと。

過たず田島の手は拘束を逃れ、右の指がゆっくりと顔の輪郭を辿り、眼鏡を引き抜く。
ほんの一瞬、視界がぶれた瞬間、左の手の平が肩に、思い切り負荷がかかって背が折れた。
そして、腹部に強烈な痛み。



「〜〜〜〜っつ!!」
「油断してんなよなァ、甘い甘い。」



器用に畳んだ膝で腹に膝蹴り、本当に期待を裏切らないことをする。
痛みをこらえて田島を追えば、とっくに体は離れてしまっていた。



「おま、えは…手加減ってものを…!」
「じゃあ花井は無理やりしないってのを覚えなきゃなー。」



言葉とともに降る、さきほどの笑み。
意地悪げな顔。
手には眼鏡。
悶絶の間に彼はさっさとカバンを担ぐと、扉のほうへ行ってしまう。



「花井はさ、ぜってー眼鏡ないほうがいーよ。」

「…は?」

「ん。」

「おわっ、投げンな!」

「じゃーな、まった明日〜!」



ガラガラ、ピシャリ。
冷たい効果音さえ伴いそうな、あっさりした引き際。
つい一瞬前までは優位だったはずなのに、一瞬でひっくり返してこのザマ。
それどころか、理性を取り戻した今、自分の行動が恥ずかしくて仕方がない。
何故もたなかった、理性。
痛む腹をさする。



―――誘ったの、オレだし?



「…捕まえたつもりだったんだけどなァ…。」




案外と、拘束されているのは自分かもしれない。
投げられた眼鏡をかけ直して、ひっそりと呟いた。






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後書
アブね、初書き花田でアブないシーンに突っ込むとこだった!
なんとか軌道修正をして、こんな形に…。
お題なんて初めてで、すっげぇ迷ったんだぜ…(仝ω仝*)
つまり続きますはい、無謀だなんて言わないで(ぁ
はい、初書きなんですおお振り、そもそも振りが初書きなんですね。
積もりに積もった田島受け熱、発散開始ですZE。
あー花田萌えるぅ、頑張るぞー。

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