それから3日、猛烈な訓練を重ねた挙句、冒頭の部分に戻るわけである。


公演を目の前に迫った状況で、ジューダスは足踏みしていた。
やっぱり恥ずかしい。
いくらされ慣れているとはいえ、それは衆人観衆が目的ではなかったから、乗り切れたのである。
今回は違う、誰かに見せることが大前提なのだ。



『だけど坊ちゃん、よくお似合いですよ?』

よく見えもしないくせに抜けぬけと…僕のトラウマをわかっているのか!?」

『18年前もしょっちゅう女装させられてましたよねぇ。』

「黙ってろ!」

『そろそろ化粧しないと、開演に間に合いませんよ?』

「…く…。」



「ジューダス〜?」



カーテンにくるまり、どうしても外へ出たくないオーラを発していた彼だが、愛するカイルの声を聞くなり、カーテンを閉じていた手をぱっと離してしまった。




「ジューダ…Σ///!?

「あ、か、カイルか…。」



カーテンがはらりと揺れ、ジューダスを覆い隠していたブラインドが離れていく。

それはまさに、絶世の美女と呼んでも差し支えのない、しかしやっぱりジューダスがいた。

濡れるように艶やかな黒髪には結い上げたシニョンのウィッグをつけ、花飾りで留めている。

前髪の上に鎮座するのはレンズをはめ込んだ鎖状のティアラで、飾り付けてある。

耳にはレンズと真珠のような宝石で鎖状に装飾されたピアスに変えられている。

まだ化粧こそしていないが、それらの装飾はジューダスの美麗な顔を引き立たせるには十分な要素だった。

胸元には控えめなネックレスがたれていて、白く淡く輝く真珠が露出した白い肌によく似合っていた。

胸元から肩口にかけては肌を覆い隠す部分が一切なく、二の腕の辺りから白い手袋がはめられている。

ドレスは白を貴重にして、薄く青白い光沢をした質のいいそれは、どれだけ金をかけたのだろう。

胸元には割りと大きめな膨らみがあり、デザインの関係か、覆うようにあわせられた部分はどこかなまめかしい。

胸元から腰、裾の淵に至るまでレースがふんだんに配されていて愛らしい。

カイルの眼が点となり、次いでその顔が真赤に染まるのを見て、ジューダスは内心泣き出したい気持ちでいっぱいになった。

これだけのものだ、カイルが着たところを見てみたいのが正直なところである。
それなのに何故自分がこんな格好をしているのか、さっぱり分からなかった。

対してカイルの格好は、配役通り王子のものだった。

豪奢な意匠を施した詰襟、締まった太ももに少しゆったりとしたズボン。

そこから少し隙間を開けて白いオーバーニーソックスが足先にまでかけて足を彩っている。

さらに肩口からは長いマントがかけられていて、身長の低いカイルは少し引きずるようになってしまっていた。

金色の頭に載せられている小さな作りの王冠が可愛らしい。
どうやら彼もその格好自体が恥ずかしいらしく、ジューダスがまじまじと見つめれば、恥ずかしそうにマントで正面を覆っていく。もちろんジューダスも恥ずかしくないわけがないので、すす、とカーテンを引き寄せると、すぐさま自分の体を隠してしまったのだが。



「え、へへ、ジューダス、すごく似合ってるな〜。」

「…褒め言葉としても、女装が似合っても嬉しくない。カイルこそ…どちらかといえば可愛らしい洋装だな。」

「か、可愛くなんかないさ!それにオレ、王子なんだし、可愛くたって…。」

「カイルなんだから、可愛くていいんだ。」

「むぅ…。」

「ナナリーもそれを考えて作ったんだろう、マントは少し大きいらしいが。」

「そうなんだよね、長いほうが棚引いたときカッコいいから、とは言ってたけど。」



まぁ、アクションがあるから。
そうと付け加えるカイルだが、普段軽装で戦っているため、マントがある状態でアクションなんて、そうそう上手くいくものではない。
それも自分よりも丈が長いのならば尚更。



「あ、でも踏みそうになったりとかしたらリアラが避けてくれるらしから、その心配はしなくていいんだって。」

「用意周到だな。」

「うん。…ジューダス、もう台詞覚えた?」

「?あぁ、当然だ。」

「…いきなりアドリブとか入ったりして、うまくいけると思う?」

「…は?」

「あ、いや、何でもない!!な、ナナリーが早く化粧しにこいだってさ!!じゃあオレ行くから!!」

「あ、こら待てカイル!!」



静止の声も聞かず、カイルは楽屋の外へと走り去ってしまった。
ドレスを纏っているジューダスはカイルの後を終えるほど俊敏には動けない。
深く深くため息を漏らして、一度シャルティエのほうを振り返る。



「どういう意味だと思う?」

『さぁ…どうとも言えませんねぇ。』

「…こんな時に…。」

『行って見ればわかりますって、早く覚悟を決めて、皆さんのところに行きましょう?』

「お前は人事だと思って…。」

『ソーディアンにとっては、まったく関係ない話ですからね。オリジナルの生前なら、僕も坊ちゃんには同情しましたけど。』

「シャル、それはどういうことだ?」

『ソーディアンとはいえ、消したい過去もあるもんです。』



言葉の意図がなんとなぁくつかめたジューダスも、深く聞くのはさすがに良心が痛む。
同じ身の上としては。



「…ここでこうしていても仕方がない、僕は行って来る。」

『そうですか、頑張ってくださいね。』



そうしていつしか、幕は開ける。











どさ。

宿屋に借りた部屋のベッドに倒れこむのは、さっきまで女装のまま観客の見送りをしていたジューダス。
演目が終わった後も見送りまでが仕事だと言わんばかりに団長に連れまわされ、握手だ挨拶だとやらされたとあれば、体の疲れよりも精神的な疲れのほうが勝ってくる。
演目自体は、大成功と言っても過言ではないだろう。
これといった大きなミスもなければ、一番心配だったカイルも台詞のミスをしたりということはなかった。
それどころか、可愛らしい王子に対し観客の黄色い声援がうるさかったほどである。
ようやく普段の服装に戻れたものの、そのときには体の疲れはピーク。
しばらく起き上がりたくもないほどに。



『坊ちゃん、お疲れですねぇ。』

「…見れば分かるだろう…もう女装なんて絶対にしない。」



壁に立てかけたシャルティエのからかう声が、今は鬱陶しくて仕方ない。
普段ならば軽くあしらってやれるのに、今はそんな気力も沸かないというか。



『そういえば…カイルは随分帰ってきませんね、まだ楽屋にいるんでしょうか?』

「そういえばそうだな…迎えに行ってやったほうがいいと思うか…?」

『その前に坊ちゃんが疲労で倒れてしまいますよ、大人しくしてるのが得策では?』

「…それもそうだな…。」



コンコン。



『あ、噂をすればじゃないですか?カイルがノックするなんて、珍しいですが…。』

「そうだが、本人だったら出ないわけにもいかないだろう。」



布団に押し付けた頭を気だるげに持ち上げて、一度髪をかきあげると部屋の扉に向けて足を伸ばす。
シャルティエはコアレンズの部分を覆うカバーを起こして、どうやら彼もスリープ状態に入ったようだ。
ノブを掴んで押し込む、軽いドアはなんなく開くと、予想通りそこには見慣れた金糸があったのだが。
何故か、その金糸はツインテールだった。



「Σか、カイル!?なんだその頭は!?」

「ジューダス、ただいまvv」



驚くべきはツインテールだけではない。
彼は何故か、かの有名な異世界に迷い込んだ少女の大冒険と言わんばかりに、可愛らしいワンピース姿で現れたのである。

何の装飾もない青いワンピースに白いエプロンを合わせ、腰元で大きめにくくったリボンがとてつもなく愛らしい。

少し丈の短いスカートの裾から覗く太ももには赤いリボンをあしらったオーバーニーソックス、リアラとおそろいのそれが履かれていて、細く整ったカイルの足にはよく似合っている。かかとからつま先までを彩るのは白いソックスにぴったりの赤い靴。これはもう某不思議の国の彼女としか言いようがない。髪はツインテールになっていたが、これも忘れてはいないとばかりに紺色のカチューシャが止められていた。

そんな格好のカイルが、扉を開くなり目の前にいるのだ。



か、可愛い。



普段ならばポーカーフェイスで乗り切るジューダスなのだが、この疲れきった体では表情のコントロールが出来ないらしい。
顔が熱くなっていくのを感じた。



「な、なんでお前がそんな格好を…!」

「へへ、どう?似合う?」



くるり、とその場で一回転して全体の様子を見せ付けるようにする。
ふわりと揺れるスカートが憎らしいというか、こいつはなんでこんなに女装が似合ってるんだ!?
とてつもなく楽しそうな笑顔で、くるくる回転しているものだから、この場でぎゅっと抱きしめたくなるというか!



「…似合わない?」

「え?い、いや、そんなことは…。」

「ホント!?よかったぁ、ジューダス、すっごい疲れてたみたいだから。」

「どういうことだ…?」

「ハロルドとナナリーが、劇が始まる前に…。」



終わる頃にはぐったりして死にかけてるはずだから、この格好で癒しに行ってあげなさい、と。

つまり、アドリブ。

あぁ、そういうことか、あの腐れ共め…!
とはいうものの、内心憎みきれないのがジューダス。
カイルの女装が見れたというのは、最大の褒美なのだから。



「まさかとは思うが…この格好でロニのところには行ってないだろうな?」

「ロニ?行ってないよ、劇の後片付けさせられてたもん。」

「そうか、よかった。」



それもそうだ。
仮にアイツに見せに行っていたとしたら、カイルはとっくに喰われていることだろう。


抱き。
邪魔者がいないということは、この女装姿はジューダス一人のもの。
廊下だということも忘れてカイルの小柄な体をぎゅっと抱きしめる。

あぁ至福!

内心の叫びはロニに向けられたものだったのだろう、この騒ぎの元凶はアイツなのだ。
今回は僕一人がいい目に合ってもいいだろう。



「む、ジューダス、苦しいよ〜。」

「あぁ、すまない。ほら、そんな格好で廊下にいるのは恥ずかしいだろう。部屋に入れ。」

「うん!」



敷居を一歩またぐというそれだけの距離にも関わらずジューダスはカイルの手をぎゅっと握って部屋の中に引き込む。


ジューダスは、それはそれは幸せな一夜を過ごしましたとさ(笑)





次の日、疲れ果ててぼろ雑巾になったロニと、何やらやたら元気で光り輝くジューダスとが、ノイシュタットの街で買い物をしていたらしい。



END



おまけ

「カイル〜あの服、持っててもいいらしいわよぉ、この先も活躍してもらいましょうかvv」

「あの服…?おい、カイル、そりゃ一体なんのことだ?」

「Σえっ!?そ、それは…。」

「僕とカイルの秘密だ、黙ってろ変態。

「んだとぉ!?」

「ま、まさかカイル、女装したんじゃないでしょうね…?」

「Σっえ、えとそれは…。」

「〜〜っくそぉ!!またジューダスにぃぃぃっ!!」














あとがき

こんなギャグ一直線なの、始めて書いたかもしれない…うん。
ギャグは苦手だぁ、最初のテンションが維持できない!!
個人的にはリオンの過去のところが書いてて楽しかったです。
Σってかよく考えたらヘンテコな世界だ!ハロルドがいるのに、ノイシュタットにシャルティエがいる!!
まぁ…そういうものなんだということで。
実は…当初の予定で、カイルが早着替えで劇の最中に女装し、皆を慌てさせるというネタがあったのですが、…面倒くさくてやめました(爆)
というわけで最後、ジュダにご褒美です。