その腕は温もりに溢れていますか?
偽善ならばいりません。
貴方の名前を繰り返す。
涙の夜 落ちる雪
「…ん…ぁ、れ…?」
暗い部屋。見上げたそこは見慣れた天井。ここは自分の部屋だった。
おかしい、ついさっきまで、病院にいたはずなのに。
校門の前でジューダスにあって、逃げるように病院へ行った。そこでハロルドという女性に会って、リオンという人を尋ねて―――。
「いっ…つぅ……。」
今までに比を見ない痛さ。思い出そうとすることを阻んでも無駄だ、もうカイルはリオンを見つけてしまった。
ジューダスにそっくりなあの顔。目覚めることもなく閉じられた瞳、白い肌。きっとその眼も、髪色と同じく漆黒を模しているだろう。
だが、記憶はそこで途切れている。
「っかしいなぁ…俺、なんでここに?」
自分の足で帰って来た記憶はない、そもそも自らの力で帰っていたのなら、制服のまま寝てはいないだろう。人並みに怠惰な性格とはいえ、せめて着替えてから布団に入る。
やっぱりあの時の頭痛で意識が飛んだから、誰かがここまで連れて来てくれたんだろうか?
コンコン。
誰だろう?スタンといいリリスといい、何かしら用があれば部屋の前で名前を呼ぶ。こんな丁寧なノックはそうそう聞いたことがない。
「カイル、まだ寝てる、かな?」
「えっ、リアラ?」
「起きてるのね、よかった…入ってもいいかな…?」
「あ、うん、どうぞ…。」
ガチャ、という特有の音。
続いて暗い部屋に見慣れたリアラの顔が現れる。
彼女は慣れた様子で電灯のスイッチを入れた。白熱灯に光が灯る。
「病院で、倒れたって聞いたわ…大丈夫?大事にはならなかった?」
「うん、たぶん、そんな大変なことにはなってないよ。」
「そう…。」
カイルを見つめる目は、心配そのもの。
それはわかっていても、カイルは考えずにはいられなかった、
リアラは何を知っているのか、隠しているのか。
リオンのことを知ってしまった以上、当然のように探求心は沸き上がってくる。
「…カイル、リオンさんに、会ったのね。」
「え!!な、なんでそれを?」
「ハロルドに聞いたわ、それで倒れたって。」
ハロルド。リアラの呼ぶ声は親しみに満ちている、まるで友達のような。
その表情は、何故か悲しみが漂っていた。
しばし沈黙が下りる。
カイルとしては何を聞けばいいのやらという感じだし、リアラも、何を話せばといった様子で俯いていた。
どちらとも口火を切ることが出来ず、ともに沈鬱な空気に呑まれていた。
お互いの考えがわからないほど短い付き合いでもない、何を話したいのか、何が聞きたいのか、わかる。
だからこそどちらとも口を開くことは出来ない。
重たい空気を破ることは難しく、それはやはり、女性にやらせることではない。
「…リオンさんに、会ったんだ。」
「…えぇ。」
「少なくともオレは…リオンって人のこと、まったく知らなかった。会ったことない、初対面だって、ずっと思って…会った。」
「…。」
「でもそれ、違うんだよな。オレとリオンさんは初対面なんかじゃない、…ハロルドとも…ジューダスとも。」
「…。」
「ねぇ、リアラ。リアラは何を知ってる?オレから、何を隠そうとしてるの?」
じ、と彼女を見つめる。リアラ自身、待っていたのだろう。
カイルがリオンに会ってしまった以上、その言葉がありえない確証はどこにもなかった。
彼女の瞳は悲しげに伏せられていたが、その端には、決意が見えている。
「…私から、話してあげれるなら話してあげたい。だけど、それじゃダメなの。」
「…どういうこと?」
「…ジューダスを、説得するから。」
「え…。」
「貴方にとって、辛いことだから。知らないなら知らないままでいることのほうが幸せだったと思うわ、私は…。でも、カイルは納得しない、もう知ってしまったんだもの…。」
「リアラ…。」
「だから説得するわ、全て話すなら…ジューダス以上の適任はいないもの…。」
言うなり、リアラはカイルに手を差し延べる。
共に行こうという、小さい頃からの合図。
か細い指に手を重ね、思う。
仮に自分が何かを忘れていたとしても、彼女の存在を忘れてしまわなくてよかったと。
*
居間を開けてまず驚いたのは、家では見たことのない人間が雁首を揃えていることだった。
家主であるスタンとリリスはいい、リアラとロニも親しいのだから、いてもおかしくはない。
が、扉をあけた先にいたのは彼らだけではない。
今日(確認はしてないが、たぶん日は変わってないと思う)出会ったばかりのハロルドに、それに何故か―――。
「な、ナナリー?」
「カイル、大丈夫なのかい?」
赤いツインテール、吊り目がちの瞳。
彼女は弓道部の部長にして、ロニの彼女と紹介されたことがある。
学校でのおしどり風景も、今では学校の風物と化しているほど。
その彼女とも、実は最近仲良くなったばかりなのだが。
そして、ジューダスがいた。
腕を組み、物憂げにこちらを見ている。
なんとなく、心臓が跳ねる気がした。
きっと、真実を目前にして、恐怖感に駆られているから。
リアラのほうをそっと見遣る、彼女は決意を固めた瞳でただ一点、ジューダスを見つめていた。
瞳は揺るぎなく射抜くような眼光を点している、二人はまるで睨み合っているようだった。
いや、睨み合っているのかもしれない。
「カイルに、話しましょう。」
「…出来ない。わかっているのか?」
「わかってるわ、だから私はハロルドに賛成。ホントは、隠したりする必要なんてなかったの。」
「…。」
「事実は確かに残酷だわ、それは分かってる。でもね、隠してカイルに辛い思いをさせるのはいやなの。」
「…だが…。」
「ジューダスから話してあげて、これが真実なんだって。」
いつもなら断定的な口調で話すジューダスが口ごもる、目を逸らす。
カイルはそれを見つめていながらも、ぼんやりと別のことを考える。
真実とはなんなのか。
「ジューダス、オレからも頼む。」
「…スタン?お前…。」
「いつかはわかるんだ、なら、お前から聞かされるほうがよっぽどいいと思うんだ。」
なんて重たい空気。
真実って?
みんなを辛くさせてまで聞き出したいこと?
ジューダスは、渋っている。
そんなものの先にある真実なんて、何の価値があるのか。
不意に、気持ちが冷えていく。
知りたいと願った気持ちが。
終わらせよう、ゆっくり口を開く。
「…話せないんなら、もう、いいよ。」
「っジューダス!!」
カイルの冷たい声にリアラが悲痛な叫び声を上げた。
「カイルはっ、知りたいと思ったのよ!?そう願ったのよ!?どうしてそれを叶えて上げられないの!?」
張り詰めた声が痛く響き渡る。
ただ、その声にジューダスは目を丸めた。
今まで沈鬱でしかなかったその表情は、ようやく驚きというだけの変化を見せる。
リアラはそれだけで満足なのだろう、口元を押さえて黙り込んだ。
もういいよって、言ったはずなのにな。
みんなに迷惑をかけてまで、知りたいと思うようなことじゃあない。
なのに、ジューダスはどうして、あんなに泣きそうな顔をしているんだろう?
その顔を見ているだけで、胸が苦しくなる。締め付けられるように、酷く。
「―――…話そう、それがカイルのためなら。」
崩れていた顔が、決意に変わる。
ジューダスの眼光は鋭いながらも優しくて、しかし悲しみを模していた。
彼は壁に預けていた体を離すと、カイルのほうへ向かい、その手をとる。
「二人きりで話したい、部屋を借りる。」
「うん…。」
「何かあったら、すぐに呼んで。」
「…あぁ。」
そのままジューダスは手を引き、リビングをあとにする。
ぱたん、と扉が閉まれば部屋はまたもとの静寂に戻った。
「カイルは、思い出すかな…。」
またも沈んだ空気の降る室内に、スタンの細いが声浸透するように鳴った。
誰しも顔を上げることすら出来ず、満ちる静寂に身を任せるだけだった。
「…どんな結果でも、私はカイルを支える。望んだ結果を否定するような人じゃないもの…。」
リアラの声に、ナナリーとハロルドも頷いてみせる。
ロニの表情は読み取りづらかったが、どうやら同意と取ってもいいらしい。
友人達の様子にスタンとリリスも安堵したのか、二人はようやく小さな笑みを零した。
「カイルはいい友達を持ったわね…。」
「うん、ホント。安心して任せられる。」
「そんな…あたし達は、あの時何も出来なかったんです、いい友達だなんて…。」
「だから、これから支えてあげるんでしょ?―――皆さん、カイルをお願いします。」
リリスの柔らかな笑顔に、全員は力強く頷いた。
*
カイルの記憶が正しければ、ジューダスを家に、まして自分の部屋に招いた覚えはない。
ただ、今となっては自分の記憶などあてにはならないもの。
ジューダスに先導されて自らの部屋に向かうのはおかしな光景ではあるものの、嫌ではない。
手を取られて、まったくといって言いほど嫌悪はなかった。
手を繋いでいる、至極自然に。疑いもなく、嫌悪もなく。
何故だろう?こんなにも親しんだ感触があるのは。
階段を上れば、そこはすぐカイルの部屋。
迷うことなくジューダスは扉のノブを押し込み、入っていく。
手を繋いだカイルもつかず離れずその後ろに続いて部屋に足を踏み入れた。
散らかってはいないけど、どこか気恥ずかしい。
話すのならば座ったほうがいいだろう、そう思って普段は使わないクッションのほうを指差す。
「あの、そこのクッション使って…?」
「…変わらないな、お前は…。」
苦笑う。
カイルの指差したその先のクッション、ずっと前から持っているのに、ちゃんと使っていた覚えはない。なのにどこか、使われたようなクッションの気の抜け方。
初めからそうだったような気がしていて、気にも留めなかったのに。
ジューダス寂しげな笑みを零すと、クッションを見つめている。
「ここに来るのも、久しぶりだ…。」
「…。」
「…単刀直入に言おう。お前と僕は3年前が初対面だ。」
「…。」
「お前は3年前、僕とリオン、それに関わる全ての事柄を忘れてしまった。」
予想はしていたこととはいえ、重い。内心の動揺を悟られたのだろうか、ジューダスは繋いだ手を両手で包み込むようにしてくれた。その温かさに、くじけかけた心が柔らかく修復していく。
「会わないように。記憶に関わりそうなことに触れさせないように。そうやってきた。辛さのあまり忘れてしまったことを思い出させないために。」
「…そう、なんだ…。」
「改めて問う、カイル。本当に、いいか?」
ジューダスの視線は、あくまでも優しかった。
追い詰めるでもなくただ問い掛けるその目は。
「…うん、話しほしい。知らないでいるほうがよっぽど辛いんだ…。」
細い声で返事をする。
知らない恐怖は、今のままでは越えられない。
真剣に、知りたい。
ジューダスを見つめれば、彼は一度双眸を閉じ、そしてゆっくりと口を開く。
「僕達が出会ったことからまず、話そう―――。」
落ち日の熱に粉雪はゆらめき溶け消える。
NEXT
冬がようやく来たので久々にUPです、遅くなりました〜。
いやあのなんていうか、別にいいと言えばよかったわけなんだけどもね?
夏 に U P し て も (笑
書いてはいたんです書いては(言い訳)
なんか真夏に上げるような話ではないなぁと思って、振りに専念していた私。
涙の夜が落ち着いたらちゃんと活動できるんじゃないかなぁと。
つーかアビスも書きたいよね私!!←
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