凍える腕で抱きかかえた秘め事も、今は儚い粉雪に消える。
隠せないものばかり求めてしまう。
今宵、君の影にでも触れられるなら。







涙の夜 溶ける








息が弾む。
いつの間にか降り始めた細かで軽い雪が、髪に絡まり頬を掠めていった。
日もまだ落ちない内から冷え込みは厳しく、吐き出される息は深く白い。

ロニは何かを知っている、この分だと、自分以外のほとんどの人間は断片でも何かを知っているだろう。

こういうことは初めてじゃない。
まるで口裏でも合わせているかのように、のけ者にでもするように、カイルにだけ話してくれないこと。

普段よりももっと早い、たぶん全速力で走ったからか、足が重たい。
息は大分落ち着いたけど。
体を落ち着かせるために下げていた頭を上げる、見上げるのは夕焼けに染まる―――。







「…このあたりで病院って言ったら、ここしかないよなぁ。」








―――**総合病院。
何度も何度も聞いてきた、全員が微かに漏らす決定的なヒント。
だからだろうか、ここに来るのが躊躇われたのは。
この病院に来ること自体、カイルは億劫だった。
ここではよく分からない検査しか受けたことがない、今思えばそれは精神状態を計るものだったのだろうが、当時中学も2年の頃はそら恐ろしかった。
何故こんなことをするのか、誰も教えてくれなかったから。
スタンも、リリスも。付き添いで来てくれたロニもリアラも。
思惑が渦巻いている。


だけどどうしてここに来てしまったんだろう?
昨日のように逃げ帰り、また落ち込んでいればよかったのだ。
ここに来てからは頭痛も酷い。



「…なんか、ジューダスに振り回されてる気がするな。」



胸が痛い。


どうして?
理由ならある。


リオン、病院。


どうやら兄が迂闊にも口を滑らせた名前は、ここに直結するらしいと。
カイルの直感だった。
肩にかけたかばんを持ち直して、聳え立つコンクリートの壁を見上げる。
決心はついた。
ここの医師達も、知り合いといえば知り合いなわけで。
砂利を一度踏みにじる、ためらいの動作のあとに、カイルはようやく建物内に足を向けた。




































「すいません。」
「はい?あら、カイルくんじゃない、今日は一人?」
「はい、今日はちょっと…。」



診察ではない、普段ならそっちに並ぶところだが、今日はそうじゃない。
だから面会の受け付けに見知った看護婦がいたことで、カイルの緊張は解けた。



「誰かの面会かな?」
「そうなんです、その…リオンって人、ここに入院してませんか?」
「!」



リオン、そう口にするだけで、看護婦の顔色が変わったのがわかった。
どうやらここに何かがあるのは、確定出来るらしい。
看護婦は何か躊躇うそぶりを見せているが、カイルには譲る気がなかった。
が、さすがにこの言葉には閉口せざるを得ない。



「彼は…そう、面会謝絶なの。親類の方以外は面会出来ないわ。」
「えっ…!?」



困ったことになった。
部屋の場所がわかっても、部屋に入れないんじゃ意味がない。
渋り顔で沈黙する看護婦に対し、カイルも沈黙するしか出来ず頭を悩ませた。
さすがにこればかりは個々人の力で対応出来るものではない。











「あらあら、こんなとこでも口裏合わせ?アイツらもご苦労なもんね。」
「ハロルドさんっ…。」




重たい沈黙を割いたのは、甲高い女性の声だった。
もちろんカイルには聞き覚えはないが、看護婦のほうには、何かまずいものがあるらしい。
明らかに表情が、しまった、とでも言いたげなものにかわる。
さすがのカイルでもぴんとくる、もしや面会謝絶と言うのも―――。





「アイツらの気持ちがわかんないでもないけど、ちょっと可哀相に見えてきたわ。」

「あ、あの、ハロルドさん!」

「悪いけど、カイルは連れてくわ。アイツの考えなんて、私の知ったことじゃないし。」

「ダメです!彼の精神状態は…!」

「落ち着いてるでしょ、平気平気。」

「お兄様から止められて…!」

「逆にルーティなら止めないと思うわよ?一人仲間外れにするほうが可哀相じゃない。」





看護婦はかなり慌てた様子で、その少女めいた様相の女を止めようとしていた。
対して彼女―――どうやらハロルドと言うらしい―――は我関せず、という口ぶりで看護婦を打ち負かしていた。
それどころか彼女は、カイルのことを知っているらしい。
紫色のド派手な髪色、人形のようなゴシックスタイル。
しかしその口からは毒舌が嵐のように飛び出し、黙っていれば可愛いんじゃないかな、と思う。
また少し、頭が痛んだ。



「過保護なのも、気持ちは分かるっちゃ分かるけど。
隠し遠そうってのが無理な話なのよ。どうせ人は、いつか真実に辿り着くわ。」

「…。」

「逆にこの子のためには、隠さないほうがいいと思うわよ?」

「…わかりました、どうにも貴女に口で勝てる自信はないわよ。第一ルーティさんの名前を出されちゃ…。」

「そうそう、じゃ、この子は連れてくわね。おいで、カイル。」

「え、あ、え?」

「置いてくわよ?―――リオンに会いに来たんでしょ?」



裾の短いプリーツスカートを颯爽と翻し、病院の奥へと歩いて行く。
ブーツの甲高い音が待ち合いを抜けた。
リオンに会う。
彼女の後ろに走り寄った、見るなり彼女は小悪魔のような笑顔を浮かべる。














































そこは入院患者のなかでも、比較的安定した患者のために設けられた棟だった。
カイルにはあまり馴染みのない場所だったが、彼女はよどみなく歩いていく。




「あの、ハロルドさ…。」
「ストップ、呼び捨てでいいわ。確かにアンタより年上だけど、さん付けで呼ばれたら悲しくなるのよ。
…やっぱり覚えてないかって、実感させられるみたいで。」








―――覚えてない?










「私としては、全部話して上げたいんだけどね、たぶんそうしたらアンタの知り合い全員に怒鳴られるのよね。面倒なことに。」
「そう、なの?」
「だからリオンにも、会わせたくなかったらしいわね、アイツら。」




静かな病棟には、ハロルドのブーツの音と、小さな話し声だけが響いている。
どうやら彼女も、全部は話してくれそうにない。
何故か彼女に対して不信感は持てなかった、話したいと言っているからだろうか?
だけどもっと、懐古的な何かが。



「オレは…自分がよくわからない。」

「…。」

「みんなは知っている。でも、オレはわからない。でも何故か…。」




その知らない何かに、酷く懐かしいものを感じてしまう。
セピア色の写真に、フイルタをかけたような、感触のない壁。
遠い昔を懐かしむような、変な記憶。

また頭が痛い。




「今は無理に思い出さないほうがいいわ、いろいろ混乱してるでしょう?」

「その、思い出すっていうのが…。」

「そっか、部分的だったものね。まぁ、詳しく考えないほうがいいってこと。自ずと分かるようになるわよ。」




無責任な発言にも聞こえたが、カイルには心地よかった。
ハロルドはごまかしを口にしない、ストレートな言葉をくれる。
それは時に厳しく聞こえるものなのだろうが、今のカイルにとってはこれほど心地のいいものはなかった。
しかし、ハロルドの言うことは気にかかる。
思い出すとかなんとか、正直心辺りすらもない。
忘れっぽいと言えば忘れっぽい性格かもしれない。
少し抜けている部分があることは分かっている。
が、例えば学校の課題とか人の名前と顔、そのあたりを忘れていたということは今まで一度もない。
部分的、ということも気になったが、ハロルドが説明してくれない以上カイルには推測が及ばない。
唯一考えられることはあったが、実際にそうだということに行き当たりたくないという気持ちのほうが強いらしい。
この歳で気持ちの制御も出来ないとは、情けないことこの上ない。
白い廊下が延々と続くせいだろうか?考え事が止まらない。
ようやくハロルドが足を止めた時、そこがこの棟のどのあたりになるのか、カイルにはいまいち把握出来なかった。
一室、個人のためにあてられた部屋。
プレートには、リオン・マグナスと書いてあった。
ようやくたどり着いた、彼のフルネーム。




「一応聞いとくけど、心の準備は?」


「いつでもいいよ、オレ、よく分かんないし。」


「それもそうね、んじゃ、邪魔するわよー。」










コンコン、と小気味のいいノックを二つ。
返答はないがハロルドはスライドする引き戸を行動早く開くと、さっさと中に入ってしまう。
置いていかれては適わないから、急いでそのあとを追い、閉まりかける扉に体を滑り込ませる。
部屋の中は静かだった。室温は温かいのに、とても無機質で、人の気配を感じない。
しかし扉の奥、窓際のベッドの上には、たしかに人がいる、仰向けに、たくさんの線が体から伸びている。
夕日の差し込む夕暮れの部屋で見るその光景は痛々しく、残酷だった。




「あれがリオンよ。驚いても構わないけど、大きな声は出しちゃダメよ。」




既に叫びそうになっていたカイルは、慌てて口元に手を当てる。







これが、求めていた真実の一つ。


ベッドに横たわり、生の息吹さえも感じえないその姿。
白いシーツ、枕に沈む髪は艶やかな漆黒。夜を体言するような色合いは、白に溶け合うことはない。
呼吸機に繋がれた白い顔は、













「そっくり…。」















ついさっき、校門の前で顔をあわせたあの、彼に。

ジューダスに。

瓜二つだった。
見間違うはずがない、こんなにも似ている、そっくりで。
白い肌も、濡れたような漆黒の髪も。
だけど彼は、死んだように眠っている。
ぴくりとも動かず、呼吸も電子音に掻き消されていた。
固まってしまって、動けなくなる。頭痛が激しくなり、足が震え始めた。

違う、双子とすればつじつまは合う。
スタンとジューダスの会話を考えれば、双子だと考えれば自然極まりない。







なら、何故体が震える?







スタンの呼んだリオンが、ジューダスではなくその片割れで。


頭痛が止まらない。


初めて見たその顔が、意識の混濁に飲まれていく。







違う。








知っている。







何かの弾ける不快な音とともに、カイルは意識を手放した。


ハロルドの悲鳴のような声が聞こえたが、意識の乖離を止めることは出来なかった。















「お前というやつは…!こうなることは目に見えていたじゃないか!!」

「わかってたわよ、精神に揺さ振りかけるようなもんなんだから。」

「じゃあなんで会わせたんだよ!ジューダスから聞いてたんじゃねぇのか!?」

「聞いてたわよ?だから病院で張ってたんじゃない、自由に動けるのなんて私くらいなんだから。」

「なら何故…!」

「優しい嘘と残酷な真実。カイルならどっちを選ぶかなんて、愚考でしょ?
アイツ馬鹿だけど、嘘の奥に何があるか、ちゃんと知ってるわ。」

「…だけどよ…。」

「いずれ分かることだわ、可哀相じゃない、唐突に真実に直面するなんて。
だからほんの些細な断片を教えてあげただけよ。」



「「…。」」



「ホントに大事なら、嘘なんかつかないことよ、おせっかいだわ。」




粉雪は舞う。







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やっぱり季節外れすぎるupですみませ…;;(コイツワ
やっちゃったZE☆(ウザ
憂氷はどうやらハロルドが大好きなようです(今更
そんなわけで地道に進展中です。リオンと遭遇しました
やっぱり続編upの前に設定書こうかしら…(何