風に震える声音の真実は、今も分からないままだけれど。
貴方は今どこにいるのだろう?
どうか、隠せなくなる前に。
涙の夜 聳える壁
ぐず、と 小汚い水音が静寂を裂いた。
ほんのりと灯る明かりの中に、カイルが丸まって寝転がっていた。
ついさっきまで外気にさらされていたせいか頬がほんのりと赤く、しかし部屋の温度は心なしか温かい。
別に、泣いているわけではなかった。
さっきから何度も鼻を啜り上げているが、それは涙腺が刺激されたものの副産物ではない。
心の涙を表現でもしたいのか、ひたすらに音は鳴る。
ついさっきまでの晴れやかな気分が一瞬で冷めてしまった。
こんなこと、失礼極まりないのだが。
ジューダスと自分の兄が知り合いで、一体何が悪いのか。
別に何も悪くない、口を挟むほうが間違いなのだ。
でも。
兄が彼の名を呼んだその時、震える声を聞いて直感した。
あれは恋人を呼ぶ声だ。
ジューダスは、よくわからないがそれを否定したみたいだったけれど。
リオンって誰?病院ってなんのこと?
聞いてみたい。
だけど真実の蓋をこじあけたとき、でてきたすべてを受け止められるかと問われれば、無理だ。
昔聞いた。
パンドラボックスを開けば、絶望しかない。
そこにある希望など、誰が信じられるか。
涙は出ない、最後に泣いたのはいつだっただろう?
緩やかに頭が痛む、カイルは偏頭痛がよく起こる体質だった。
こういう不安な精神状態のときは、必ず頭痛が走る。
もそ、と体勢をかえ、天井を見上げる。
頭も痛かったけど、もっと別の場所が痛む気がした。
姉の呼ぶ声にようやく動き出して階段を下りる、沈んだ顔をしていたら兄も姉にも心配をかけてしまうから。
精一杯微笑む準備をして、リビングのドアを開いた。
テレビの音と姉、リリスが兄をどやしつける、いつもの風景。
「あらカイル、ご飯時にすぐ下りて来ないなんて珍しいわね、帰ってからずっとこもってたみたいだし…。」
「ちょっと頭痛くて、でももう平気。」
「そう…?あ!兄さん!つまみ食いしちゃダメでしょう!?」
「いやぁだって、お腹空いててさ〜。」
変わらない。
リリスが食器をとりに背を向ける、途端にスタンの顔が沈鬱なものに変わる。
カイルを見遣るなり、唐突に。
意味合いがわからないほど馬鹿ではない、だからカイルは笑むことしか出来なかった。
スタンが謝る義理はない、勘違いをしているのはカイルであって、スタンは悪くないのだ。
笑めば悲しげに顔を背けるスタンだったが、リリスに再びどやされるころにはいつもの笑顔に戻っていた。
*
次の日、学校には行ったものの、授業はまったく身に入らなかった。
いつも以上にぼんやりし、怒られてはにへら、と覇気のない笑顔で応える。
ロニもリアラも、心配げな言葉を何度も投げかけたが、カイルはさらりと流すばかりだった。
帰りはジューダスに会わないように、気をつけないと。
そんなことばかりが頭を占める、他のことなんて考えられなかった。
「おい、カイル?お前ホントに大丈夫なのか?」
「ぇ?うん、平気だよ?」
「嘘つけ、体調悪そうなのによ。」
「そんなことないって。」
「嘘カイル、早退したほうがいいんじゃない?」
「大丈夫大丈夫。」
帰りたくはなかった。
今出ると、ジューダスに会うような気がしていたから。
そうでなくてもジューダスは何故かこちらの動向を知っているし、門の前にいたことすらあるのだ。
早退を学校に届ける前から、カイルを待っていてもおかしくはない。
―――どうして?
よく考えれば、そっちのほうがおかしな話だ。
何故ジューダスが待っていてもおかしくないと思う?
待っているなんて確信、普通は持てない。
出会って、たった少ししか経っていないのに。
昨夜のように、また頭が痛みを訴える。
胸のうちに微かな懐古にも似た何かが走ったけれど、カイルにはわからなかった。
放課後、今すぐに帰ればそれこそすぐにジューダスと会ってしまうかもしれない。
だから今、ロニと連れだって帰るはずだったのだが、何故か二人は門の前で固まってしまった。
というよりは、主にロニが。
カイルは心構えがあった、的中したこと自体は嬉しかったのかもしれない、だけど。
「何で…何でテメェがここにいやがる!!」
「…ロニ…?」
「………。」
滅多にカイルの前では怒らない彼が、珍しく怒声を張り上げていた。
驚いてしまって、声が出せなくなる。
対するジューダスは、何事にも動じないだけの揺るぎない瞳でロニに対峙していた。
緊迫した空気が抜け、カイルは鳥肌さえも感じてしまった。
「今更ノコノコと…!」
「それは重々、わかっている。だが僕は約束を果たしに来ただけだ。」
「…覚えてやがったのか。」
「忘れるわけがないだろう、僕はお前のような馬鹿ではない。」
「んだとっ!?」
また置いていかれている。
ロニでさえ何かを知っているのに、知らないのはまたオレだけ。
昨日のような言い知れない痛みが胸にうごめきはじめる。
「ロニ…ねぇ、約束って何?わかんないよ…。」
「!…それは…。」
「…。」
みんなの気持ちが、分からない。
リアラも知っているんだろうか?
でもきっと、話してくれない。
「…ロニ、ごめんけど今日は一人で帰るね。」
「な、カイル…?」
「積もる話でもあるんだろ?オレなら別にいいから。」
「カイル!」
「じゃあね、また明日。」
振り返りもせず走り出す。
止まらない頭痛が、心を蝕んでいく。
*
「お前は、何をしに今更現れた。」
「約束を守るためだと言っただろう。」
カイルの消えた校門の前では、静かな討論が再開していた。
両者ともに、カイルを追いたかったが、先程のあまりにも悲しげな顔を見てしまった直後では、あまりにも野暮なものに見えてしまう。
だから二人はここで、昔話を始める。
「…もうあんなことはゴメンなんだ、これ以上カイルを傷つけるようなことは…。」
「お前が取り乱し、不用意なことを口走ったからだ。」
「お前の顔見えてりゃ、取り乱しもする!」
「…前のようには行かないんだ。」
「当然だろ…あの時は何もなかった、あんな事件は。」
「何もなかった。僕とアイツは、初対面だ。」
「…でも約束は守んのか。」
「あんな思いをしたくないのは、お前だけじゃない。」
白い顔で眠る枕元に残した言葉、戒めるために何度も繰り返す。
薄ら閉じた瞼が震え、しかし次の瞬間彼は僕を誰?と呼んだ。
忘れるはずがない。
「いいのか、それで。」
「…薮蛇だ、僕はそれでいい。」
「そう、か。」
「…病院には、気をつけておいてくれないか。アイツの兄が…スタンがリオンのことをもらしてしまった。会えばなんらかの影響が出るだろう。」
「わかった、リアラにも伝えとく。ハロルドには…。」
「アイツとは今も連絡を取り合っている、事は伝えた。」
「必死だな。…今さっき、いや、ずっとか?既に傷つけちまってるみてぇだが。」
「…わかっている。だが、僕にはどうしようもない…。」
感情に乏しく呟かれたはずのその声は、異様なほど切なくロニの耳に響いた。
NEXT
季節外れすぎるupですみませ…;;(コイツ
次の冬まで待つのもなぁと思って、唐突にupしちゃいました!やっちゃったZE☆(ウザ
でもやっぱりほら、テンポよく進めたいので(ぇ
周りみんながまさかの関係者宣言で、カイルは揺れに揺れます
でも、うちのカイルは行動派です( ゚д゚ )ニ゙ッ!!!!
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