切ない声で囁かれる言葉に、締め付けられる胸は甘く疼いて。
忘れられない鮮烈な痛みと、伴う甘やかな温もりと、愛しさと。
全て全て忘れられない。







涙の夜 焼ける







ちらり、ちらりと雪がちらつく。
そう温暖ともいえないこの地域では、雪は珍しくない。
積もりこそしないが、毎日のように粉雪は吹き荒ぶ。



約束だったから。






カイルを見送ったあと、そう、胸の内で反芻した。
これからの自分のために。
















あの日から、もう一週間が経過していた。
自分で言うのも何なくらい、オレはすごくジューダスに懐いていた。
学校はもちろん、違う。
制服が違うのは初対面から分かっていたことだ。
制服だけじゃ分からなかったけど、彼はこの辺りではずば抜けて優秀な学校の、一つ上だったらしい。
オレなんか平々凡々な高校で精一杯な毎日なのに、ジューダスはそこで生徒会に入ってるみたいで、俺なんかよりずっと忙しいらしい。

それなのに何故か、ジューダスは毎日のようにオレの帰りを待ってくれていて、家までの道を一緒に帰ってくれていた。
受験は終わっているって言ってた、ここからほど近い、これもまた有名な大学に推薦で。
だけど、生徒会の仕事は?って聞いても、ジューダスはやっぱり教えてくれない。




「…これって、どういう関係なんだろうなぁ…。」




もうすぐ、今日一日が終わる。

あとはHRをして、部活で時間を潰して、ジューダスが待っている、あの路地裏まで行くだけだ。
ジューダスの強引な態度にずるずると付き合っているような状態だったが、それが嫌なわけじゃない。
初対面の時が衝撃的過ぎたからだろうか?何故か、変に気負ったりせずに話したり出来る。
彼といると、無言さえも心地よく感じたりする。



「どうしたの?カイル、そんな風に考え込むなんて…らしくないわよ?」

「そうだぞぉ、お前みたいな馬鹿一直線キャラが、窓を眺めて物憂げにため息。似合わねぇ。」

「…リアラ、ロニ、馬鹿にしてる?」

「「いや、別に?」」

「…。」



二人は幼馴染で、いうなればカイルの一番の理解者。
どっちが一番、というかどっちも一番の。
小さい頃から三人一緒で、家が近所だし、たくさん遊んできた。
本当なら、彼らとの絆のほうがジューダスよりもよっぽど深いはずなのだけど。



「で?何を悩んでいたの?」

「んー…。」

「何だ?はっ、まさかカイルが恋とか…!?」

「え!?うそ!?」

「わーっ!!違う違うっ、そんなんじゃないよ!」



早とちりもいいところだ、相手は男だっていうのに、何で恋なんか。
リアラは可愛いし、美人だと思うけど、付き合いが長いせいかそういう目で見たことないし。…怖いし。



「カイル?今すっごく失礼なこと考えなかった?」

「え、え?いや、別に?」

「ふぅん…ならいいけど、それで?」



完全に聞きだす姿勢の二人を前にして、カイルはため息をつくしかなかった。
正直、何と言って話せばいいのか分からない。
説明といいなんといい、ジューダスについてわかってることも、年と学校くらいで。
どう説明したものか。



「カイルのお頭じゃ、考え事には向いてねぇだろ?さっさと吐いちまえよ。」

「ロニだって人のこと言えないだろ〜、そういう言い方ってないんじゃない?」

「んだと?これでもオレはお前より一つ上でなぁ…。」

「留年のくせに?」



ぷ、とリアラが噴出す。
ロニも渋い顔で言い固まった。
ロニは確かに、頭は悪い部類だったが、留年してしまうような人柄ではなかったはずなのに。
そう思うと、カイルには不思議でならなかったが、ロニは決してその理由を明かそうとはしなかった。
もう、そんなことは今更なのだけど。



「んなことより!なんなのか、さっさと口割っちまえよ!」

「え〜…。」

「カイルが渋るのも珍しいわよね…ホントに、何があったの?」

「う〜ん…別に、大したことではないと思うんだけど…。」



確かに、あえて言えば別に大したことではない。
悪漢から助けてもらって友達になった、経緯はおかしくても、それだけのことだったのだし。
ジューダスが嫌いなわけではない。
むしろ、自分の話を黙って聞いてくれるジューダスにかなりの好感を持っていることだって自分でよく分かっている。
そうか、悩むことなんてなかったんだ。

そう思うと、何故か唐突に気分はすっきりした。



「ん、何でもないよ。なんかいきなり吹っ切れた。」

「はぁ…?お前、そりゃあ随分な話だな、頭おかしいんじゃないか?」

「ロニほどは悪くないと思うよ、リアラ、今日は部活休みなんだったよね?」

「え?え、えぇ、そうよ。」

「そっかぁ、時間まで何してようかな…。」

「時間?なんのこと?」



「あ!リアラ部長!先生が呼んでましたよ?新しい鉢植えがどうのこうの。」

「…なんてタイミングの悪い、カイル、明日絶対聞かせてもらうからね?」

「覚えてたらね、ほら、行かなきゃ怒られるよ?」

「…もう。」




なんてベストなタイミングだろう、拗ねたような表情で、リアラは後輩の後を追って行った。

間のいい先生の用事に感謝して、カイルはロニにも分からない程度に小さく笑みを作った。
ジューダスとの関係を、隠さないといけないわけではないが、二人にデバガメされても面白くない。
カバンを持って廊下に出て行くリアラの姿を見送り、ロニのほうへ向き直った。
彼はすぐに部活に行かなくてはならないから、そう長くしないうちに出て行ってしまうだろう。
そうなれば、一人ここでいつもの時間を待てばいい。



「…なぁ、まさか変な友達とか作ってるんじゃないだろうな?」

「…?」

「お前、人助け好きのお人好しなんだからよ。変なことされてんじゃねぇかと思うと…。」

「するわけないじゃん、オレだってそんな馬鹿くないよ。」

「ならいいんだけどな…。」

「ロニ、部活は?」

「あぁ、すぐ行くさ。一人で帰るんなら、気をつけて帰れよ?」

「わかってるよ、ロニは心配性なんだから。」

「そういう性分、じゃ、行くな。」

「行ってらっしゃい。」



予想通り、リアラの後を追うようにしてロニもカバンを背負い教室を出て行く。

彼は留年していたが、部活の成績は悪くない。
所属はバレー部。
何度か試合を見たことがあるが、確かに上手いプレーをすると感心していた覚えがある。
なのに、何故留年なんか。
外はまた、雪がちらつき始めている。
暖房の入れられない放課後に教室で時間を潰すのは、少し厳しいかもしれない。
今は日が出ているから、窓から差し込む暖かな夕暮れの光でもっている。
けれど、あまり長居していては、すぐに風邪を引いてしまうだろう。

さて、どうしたものか。

ない頭を捻って考えても、この辺りには寒さを凌げるような場所はない。
もちろん、早々に帰ってしまうことは除外だ。
ジューダスと帰らないなんて、今では考えたくない。



「…にしても、なんか外、うるさくない…?」



二人と話している時から感じていたことなのだが、何やら窓の外がうるさい。
女子の、悲鳴のような声が断続的に聞こえている。
悲鳴、というよりは、歓喜に震えているような。
特別名物のあるわけでもないこの学校で、何があるっていうんだろう?
首をかしげていると、ふいに教室の扉が開いて、見慣れたクラスメイトの女の子がどたばたと駆け込んできた。
様相からするに、随分と慌てているらしい。



「あれ〜?カイルくん、今日部活は?」

「今日は休み、ねぇ、外が騒がしいみたいだけど、何かあるの?」

「そう!!向こうの私立の生徒会長が何でか家の学校にいらっしゃってるのよ〜!!」

「…生徒会長?」

「名前も知らないんだけど、すっごい綺麗な方なの〜!!」

「…それってまさか、髪が真っ黒で、これくらいの身長だったりしない?」

「あれ?カイルくんも知ってるの?やっぱり有名なのね〜。じゃ、私、見に行かなくちゃいけないから!」



自分より少し高い位置、最近では見慣れたくらいの身長。
自分よりは高く、でもロニよりは低い。

そんな人物、一人しか心当たりがない。
彼女はひらひらと手を振ると、颯爽と教室を出て行った。
ジューダスが、来ているのだろう。
容貌も身長も、類似しすぎていて。
何故?まさか、迎えに来てくれた?こんなところまで。
はっとして、窓を覗き込んだ。
人だかりの出来ている、校門のほうへ。
自分で言うのもなんだけど、目は悪くない。
ぐ、と目を凝らして眺めてみれば、そこには見覚えのある艶やかな黒髪と、不機嫌そうに細められた眼差し。
大慌てでコートに袖を通す。マフラーは向こうでもいい、急がなくては。
カバンを手に引っ掛けて、椅子を蹴飛ばすようにして扉に向けて走り出す。
一番最後になってしまったから、本当は鍵をかけなくてはいけないのだけど、今は構っていられなかった。
ジューダスが待っている、何故か早くなっていく鼓動を押し込めるようにして息を吸う。

「ジューダス!」

「…遅い、今日は部活が休みなんじゃなかったのか?」

「う、うん、そうだけど…どうしてそれを…。」



話した覚えはもちろんない。

部活が大体このくらいの時間に終わるということは伝えてあったけど、休みとか、詳しい予定は教えていない。
聞き出そうと思って口を開いたけど、それは女の子達の黄色い声にかき消されてしまった。



「えーっ!?カイルくん、その方と知り合いだったの!?」

「え!?あれって2年のカイル先輩…!?」

「きゃーっ!?何このツーショット!?」



何、はこっちのセリフだ。
勢い有り余る彼女らの叫び声に、少し気圧されながら心中でツッコミを入れてみる。
しかしそんなことは、彼女等には一切関係ないのだろう。
ただ、自分達を見世物にして楽しんでいるだけで。
少し気分を悪くしそうな中で戸惑っていたとき、手を唐突につかまれ、勢いよく引かれる。



「え?ジューダスっ。」
「行くぞ、耳鳴りがしそうだ。」



静止はしない。
このまま抜け出せてしまうほうが楽だった。
ふと、何か胸のうちに熱いものが抜けたような違和感があったけれど。
ずいずい進んでいくジューダスの歩調に合わせていてはその違和感に意識を向けることも出来ない。
怒っているのだろうか?出てくるのが遅かったから。
周りの景色に感心を向けることも出来なくて、ただジューダスの進むままに足を動かしていく。
怒らせていたらどうしよう、呼んだわけではないのに、面倒な思いをさせてしまって。
雪の街をひたすら歩いて行く。

困惑に沈みかけていた頃、ようやくジューダスの足が止まった。
勢いのまま歩いていたせいで急には止まれず、ついジューダスの背にぶつかってしまう。
自分より、少しだけ高い彼の背。



「どうした、ぼんやりして。」

「え…?」

「珍しく黙りこくっているから、どうしたのかと…。」

「ジューダス、怒ってないの…?」

「…何故僕が怒るんだ。」

「寒い中ずっと待たせたし…なんか女の子に囲まれるのとか嫌そう。」

「確かにあの声は耳障りだとは思うが、お前を待っている間だけのことだ。別に苦じゃない。」

「でも、なんか不機嫌そう。」





「…なら僕はいつも怒ってるみたいじゃないか。」




ふ、とジューダスの口元が綻んだ。
分かりづらい変化だったが、うっすらと、苦笑じみた笑みが口元に浮かんでいた。
いつもは夜に会う。
暗い中で、お互いの顔さえ実はよく分からなかったから。
こんな風に、彼の笑顔を見たのは初めてだ。
それは苦笑で、笑顔といえばその定義は曖昧なのかもしれなかったけど。
でも、何か湧き上がるような熱いものがこみ上げてくる。



「どうした、変な顔して。」

「ん、ううん、なんか、ジューダスの笑った顔、初めて見たなーって思って…。」

「僕だって笑う、人間なんだから…それがおかしいのか?」

「違うよ、何か嬉しいから。」

朗らかに笑う、初めて見た一面に、嬉しさがあふれ出してしまいそうだったから。
少しずつ少しずつ、気持ちが昂ぶってきている。不思議な感じ。
へへ、と声に出して笑えば、また少し、ジューダスの顔が綻んだ。
それはさっきみたいな、苦いものじゃなく、もっとどこか、甘い。



「ぶ…ジューダス、笑ってたら可愛い。」

「なっ…馬鹿なことを言うな!ほら、行くぞ!」



たぶん、無意識だったんだろう。
いつの間にか繋いでいた手に入る力に、添えるようにして絡めたことも、カイル本人がまったく気付いていないことも。
赤面した端麗な顔を見つめるのに、あまりにも意識が削がれていたから。
こんなにも、短い間なのに、まるで何年も連れ添ったかのような自然さで。
粉のように降り注ぐ白い雪は、留まる事もなく流れていく。




















そう、それはあまりにも唐突。

家の前まで見送り、カイルが家に入り姿が消えるときまで見送ってくれる。
今日もその予定だったのだ、それは当に定例となっていたことだったから。
今日も、そう。

カイルは家の前に立っている自分と同じ髪の色をした、しかし自分よりもずっと背の高い人間を見て、何の躊躇もなく声を上げた。
気にかけることなどない、それが実兄ならばなおのこと、カイルに警戒心も何もあるはずがなかったのだから。




「あれ…?兄さん!」


「ん?あ、カイル、今日は早く帰ってき…――――!!」




金色の長い髪を揺らし、振り返った青年。
年の頃はカイルより二つ上か、そう変わらないように見える。
小柄なカイルとは違い、身長も高く、カイルよりもたくましいイメージが強い。
そんな彼が弟の声に気付き、振り返った瞬間。
カイルが知らないような驚愕に満ちた表情で、目を見開いていた。

視線の先は、ジューダスで。






「リ…オン…!」


「…。」


「な、…どうして…!」




「…間違えるな。僕は、ジューダスだ。」







その声はあくまでも冷たかった。
信じられないほど、平坦な声。
傍で聞いていたら、凍えてしまいそうなほどの、冷淡な。
対して兄、スタンの顔は悲しみと苦渋を一緒くたに混ぜ合わせたような、切ない顔でジューダスを見つめていた。
それは、ここにはない何かにすがろうとする、儚ささえも含んでいる。



「…見分けもつかないのか。」

「そう、だね…ゴメン。今、リオンは…。」

「相変わらずだ。ひたすら、眠り続けている。」

「…そう…。だから、ジューダスがここにいるのか…。」

「あぁ、約束だったから。」

「やく、そく…?」



何故か、その言葉がカイルの耳には冷たく届いた。
機械的な、言葉に聞こえる。
感情を欠片も込めなければ、こんな言葉が出来るのかもしれない。


カイルは、膨らみすぎた疑念に圧されていた。

未発達なせいなんだろうか、こんなふうに、胸が痛いと感じるのは。


それは横暴なのかもしれない、馬鹿げているのかもしれない。
でも、それを容認できるほどカイル自身、強くないことを知っていた。
暖かな温もりの中にあった手を、引き抜く。

馬鹿な頭では処理が追いつかない。



「…またね、ジューダス。」



「カイル…。」



「兄さん、先に上がってるから。」



「…ゴメン。」




何故、謝るんだろう?痛みを増徴していく、何か言い知れない。

静止を込めたジューダスの声を聞いていたら、何だか急に苦しくなった。
震える声、それは、きっと寒さのせいではない。



「…。」




何もかも無視して、家に駆け込んだ。







NEXT

 



急展開ですか?急展開です、あえてまったりさせませんでした。
話をテンポよく進めたいなーと思ったで、遊び心は排除してみました。
やっぱり妄想の後付けで設定考えてるからいろいろ軽いな…。

でも書きます( ゚д゚ )ニ゙ッ!!!!
そのうち後付け設定をまとめて書いてみまする( ゚д゚ )ニ゙ッ!!!!