会議室から少し離れた位置に医務室はある。
そこは今、使用できないことを閉めす表示が出ていて、しかし部屋には明かりが灯ってた。
シャルティエの言うことが本当ならば、中にいるカイルを配慮しての表示だろうか。
ちゃんと悩まなければならないという言葉通り、ジューダスを入れないための何かの策か。

どちらにしろ関係はない、すでに答えは出ている。

袖に隠れた手を外気にさらし、冷たい鉄製の扉を数度叩く。



「ジューダス君、かしら?」

「そうだ、カイルを迎えにきた。」

「どうぞ、お入りなさい。」



柔らかな声からして、アトワイトがいるのは明白だろう。
間をおかずパネルに触れ、扉を開く。
暖かく保たれた部屋の空気が漏れ出し、足元を抜けていく。
オレンジ色に塗られた外装が目に入り、その奥に、薄紫の長い髪と、寄り添うようにした、青い長髪が―――。



「ようやくお出ましか。」

「…。」

「シャルティエに行かせてから、それほど時間が経っていないが、ちゃんと考えているんだろうな?」

「…それは、当然だ。」



そこにいたのは、ディムロスだった。
苦笑するアトワイトより一歩前に出て、その険しい目でジューダスをにらんでいる。
どうして彼がここにいるのか甚だ疑問だったが、あえて何も聞かないほうがいいのだろう。



「アトワイト大佐、私は帰る。」

「はい、後は任せて頂戴。」



意味深な会話のあと、ディムロスは今しがたジューダスの入ってきた扉を抜けて部屋を出て行った。



「カイル君を見つけたのは、シャルティエ少佐と彼なの。」

「それでここにいたのか。」

「えぇ、そう。カイルくんは奥にいるわ、…あまり泣かせないようにね?」

「言われるまでもない。」

「そう、よかったわ。」



通路をふさぐようにしていたアトワイトが、すっと体を避け、道を作った。
通ってもいいということなのだろう、了承と受け取って、早足に横を抜けていく。
向こうにはもう一つ隔壁がある、個別に作ってあるつくりなのだろうか。
いくつもある中で、光が灯っているのは一つだった。

ジューダスは迷わずそこに足を向け、手早くパネルを操作する。
しゅ、と空気の抜ける音が漏れ、ここと同等の温度に保たれているらしい部屋の空気が抜けていった。


小さなソファの上に、膝を抱えた金糸が見えた。
それはしばらく俯いていたが、隔壁の開く音に気づいたのか、顔を上げ、そして目を丸めた。

膝の上には湿ったタオルが置いてあり、カイルの目は、少し腫れていた。





「…あ…ジューダス…どうして…。」

「…。」

「シャルティエさんが、ハロルド呼んでくるって言ってたのに…。」




そんなはずはないだろう、現にハロルドは現れた形跡がないし、ここにいるのはジューダスである。
仮に本当に呼ぶつもりだったとして、先にジューダスとロニに会ってしまったのだから。

気まずげに、視線をそらす様が痛々しい。
思うも早く足早に近づくと、肩膝をつき、カイルに視線を合わせる。





「僕が来るのは、まずかったか?」


「そういうわけじゃ…でも、ジューダスには迷惑かけたく…。」


「迷惑なんて、考えたことがないな。」


「…ゴメン…。」




俯く様がすごく悲しい。

思うも早く、カイルを胸の内に収めていた。
息を呑む音が聞こえるが、それでも手を緩めることはなく、ぎゅ、と強く。





「じゅ、ジューダス…?」


「僕は、怖かったんだ。」


「え…?」


「スタンを、お前の父親を忘れてしまうことが…。」





抱きしめた腕は放さない。





「18年前、僕は確かにスタンのことが好きだった、思い合っていたと思う。」


「…。」


「スタンが死んでいると知って、絶望に駆られもした。」


「…っ。」


「お前が、スタンにそっくりで、だからこそ今度は守りたいと思ったことも、嘘じゃない。」





一度、体を離した。
カイルの瞳には困惑が浮かんでいて、次の言葉を待つように、ジューダスの方に向けられている。
ジューダスはその面に付けた仮面に触れると、あの時のように、仮面を外した。
白い顔が現れるのを見て、カイルは息を詰める。










「だがそれは、お前を、カイルを好きだと思った理由にはならない。」










驚いたように見開かれる目を見て、今の言い方では勘違いされかねないことに気付き、少し逡巡したあとで、もう一度、頭一つ小さな体を抱きしめた。
困惑に微力な抵抗があったが、それさえも抱き込むように力を込める。
しばらくそうしていれば、カイルの抵抗も止んだ。





「勘違いするな、嫌いだという意味じゃない。嫌いなら、抱きしめたりしない。」


「でも…。」


「お前がスタンに似ているから、好きだと言ったんじゃない。分かるか?」


「…。」





似ていても別人。そういう言葉を改めて言われて、ようやく気付けたこと。

よくよく考えれば、違う人間なのだ。

いくらそっくりでも、微妙なところに必ず違いがある。

無意識に気付き、それでも拒絶しなかった理由なんて、考えれば明白だった。

どうしてこんなことで悩んでしまったんだろう?

どうして傷つけてしまったんだろう。

頬に触れる柔らかな金糸に身を預け、自問を繰り返す。










「お前自身を愛している、スタンとはまったく違う仕草も、何もかも。


カイルだから、愛してるんだ。」










例えばこの言葉で、人を愛した記憶なんて消えはしない。

確信できたからこそ、恐れもなく紡ぎ出る。


カイルが好きだ、愛している。


スタンとは違う、その小さな背中を。


少し体を離し、苦手な微笑みを浮かべてみればカイルの眉根が、切なげに寄っていくのを見た。
それでも次の瞬間にはその金糸はまた胸の内に戻っており、胸元の服をつかむ様にしながら、額のあたりを擦り付けるようにしながら。
小刻みに震える体を、愛の限り抱きしめれば、いつしかカイルの喉は小さく嗚咽を漏らしていた。
何度も泣かせてしまったから、これきりにしよう。





「カイル。」





名を呼べば、涙に濡れた面をゆるりと上げる。
涙こそ浮かんでいたが、表情に悲哀は見られなかった。
あごに手を添え、顔を上向きにしてやると、軽い瞬きを繰り返す。
目端に溜まった涙がつぅ、と流れていく。





「愛してる。」


「ジューダス…オレ…。」

「言葉にしろとは言わない。」


「ううん…オレも、ジューダスのこと、愛してる。」





微笑む面は、憑き物の落ちたような柔らかさで。
覗き込むようにして近づけば、唇が重なった。

二度と悲しませないために、君の幸せを願うために。
少しの、小さな念を残して。

その先に、そこに残るのは、呼吸の後だけ。

















数分の後、部屋で手荒な歓迎を受けたジューダスが、次の日ハロルドの実験材料になり、それをカイルがなだめる、というのはまた別のお話。

そこで笑んでいるのは、もはや影ではなかった。




END









あとがき

NAGEEEEEEEEEEEEE!!(ぇ)
なんという長さだ、なんだこの長さは。
はい、そんなわけで漆黒月夜後編・影です。
モチーフにした歌を聴いていると、なんだかバッドエンドな感じが漂っていたのですが、あえてハッピーエンドに持っていく私。
だってシリアスエンドなんてやだよぅ。
ジュカイはシリアスが様になるけど、やっぱりとびっきり甘々なのも見たい。
というわけで、最後はテラ甘風味にしてみました、どうだろう?
書いてる途中に自分で叫びそうになってたくらい甘いです(爆)
次はもう一本ジュカイを書きたいような、いやでもスタリオ…いやいや、でもルクガイも書きたいしクラロイも書きたい!!うがぁぁぁ!!(何)

ではまた、次回ということで…(逃)