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兵士の姿がまばらになってから、どれくらい経っているだろうか。
風の音は相変わらず途切れないし、時折小さく聞こえる機械の駆動音も、耳障りで仕方なかった。
司令室の目前にした階段の目の前、ジューダスは微動さえも出来ず、浅い呼吸のみを繰り返していた。
つい数分前、ジューダスはロニと対面していた、正確には今も対面したまま、両者ともに無言を保っている。
ロニの言いたいことは手に取るようにわかっていたが、それに対して、ジューダスは何という返事をしていいものか、分からないでいた。
この男にとって、カイルという存在は父親との影ではない。
歴然としたカイルという人間の本質をよく知っている。
ロニにしてみても、それは同意見だった。
父親という存在をよく知っているかこそ、影ではなく、一人の人間として接しているのだと思っていた。
それがどうだ、彼ははっきりと告げる。
カイルに父親の姿を重ねていたと。
カイルの何を知っている?
あまりにも腹が立った。
すぐにでも怒鳴り散らしたい衝動はあったが、彼は馬鹿でありこそすれ、常識から並外れた人間ではない。
艦内で大声を張り合えることに抵抗はあるし、カイルの兄として、ジューダスを責めるより詰問したいと思っていた。
ロニにとって、カイルはカイルであり、その父はその父である。
幼い頃に守れなかった、そういう観念もあるが、もっと根本的な部分で彼はきちんとした大別をしていた。
似ていても、本人ということはありえない。
心理でありながら、到達の難しい概念を、彼は当然のように理解していた。
優しくしてくれた彼の父も、カイルのことも好きだ。
だがそれは決して一くくりではなく、二人をきちんと別の人間としてみているからこその到達点だった。
そして、ジューダスにそれがないことに、猛烈な怒りを感じていた。
カイルはジューダスのことが好きだし、それと同様に、皆を好きでいる。
だがそれは、大部分的には同じ意味合いでも、細かに分ければ亀裂が生じる。
ジューダスに向けている感情と、ロニやナナリーに向けているそれは、まったく違うものだった。
それを踏まえて、ジューダスとカイルが、とても深い部分で好きあっているんだと、認めたくはなくもそうと感じていた。
それが、この期に及んで否定的な意味合いを出され、そのせいでカイルは悩みに悩んでいるのだ。
あまりにも理不尽すぎるだろう、ロニはそのことに激怒していた。
カイルは弟分であり、親友であり、また、ロニの思い人である。
当然、今の状況がよしとは言えないし、言わない。
それでも身を引いた状態でいるのは、カイルの幸せを願ってのことである。
カイルがジューダスに寄っているなら、それを引き裂くのは野暮である。
カイルの悪者にはなりたくなかった。
悔しくとも、支えてやろうという決心もついていたのだ。
全部、全部、気に食わない。
今にも掴み掛からんばかりの勢いと気迫でありながら、ロニはようやく小さく口を開いた。
「…お前、何がしたかったんだよ。」
「…。」
対したジューダスも、その言葉に返答を出せず、ただ目を細めただけだった。
問いに答えがない。
ジューダスはロニの気持ちを知っている、だからこそ、返答はしにくかった。
カイルを傷つけてしまっている、叱責されて当然だが、彼の言葉は自分に一番辛いだろうから。
受け入れないといけないとは思っていても、なかなか出来そうになかった。
「お前にとってカイルは、スタンさんの代わりでしかなかったのかよ…っ!!」
押し込めたように、くぐもった怒声。
その声色には悲痛さまで漂っていて、その言葉が向けられていることに、一抹の悲しささえ覚えていた。
そう言われれば、そうとしか言えない――――。
「それは、違うんじゃないですか?」
「「!」」
ジューダスにとっては聞きなれた、しかしその声がロニにも届いているらしいことに驚いて、ゆっくりと振り返った。
シャルティエのオリジナルである、彼の声だったのだろう。
確かに聞きなれているが、それには何処か機械的な響きがなかった。
なんとなく、不思議な感じもする。今背に負っているシャルティエが、複雑そうに小さく唸るのを感じた。
「…アンタは関係ないだろ、少し黙って―。」
「カイル君なら、医務室で保護してます。」
「な…。」
嫌悪感を丸出しにしたロニの言葉をさらりと交わしたシャルティエは、事も無げに捜し物の所在を告げた。
彼の表情からは、何を考えているのかが読みにくい。
「ジューダス君、だっけ。君はホントに、カイル君に父親の影しか見れていない?」
「…。」
「そんなので、ホントに愛し合えると思わないね、僕は。」
「それは…それは、ホントにカイルがよく似ているから!」
「似ていたとしても、別人です。決して本人ではない、そんな人間を、愛せるなんて思えない。」
確信を貫く強烈な言葉に、ジューダスも、ロニでさえも絶句した。
すべての過程を、根底から覆すような言葉だった。
「よく似ていたとしても、いずれ人間はそれが別人であることに気づき、離れていくでしょう。
でも、貴方はどうでしたか?」
「…。」
「自分の心と、ちゃんと向き合ってみることですね、それまで、医務室の扉は開きません」
「なんだと…?」
「もっともっと悩んでみてください、意外とすぐに答えは見つかるかもしれない。さて、僕の役目は終わりです。」
小さく肩を竦めると、すぐさま踵を返す。
「お、おい、ちょっと!」
「何ですか?」
切羽詰まったロニの声に、シャルティエはのんびりと応じ、首だけをこちらに向けた。
「どうしてアンタがカイルの居場所を…!」
「外で凍死しかけてたところを保護しただけです、アトワイト大佐が面倒見てますから。」
「…そうか、すまねぇな…。」
「いえ、別に。僕らは彼に助けられてますからね。」
それだけ告げると、シャルティエは本格的に姿を消した。
ブーツの音が消え去ると、あたりはまた、声が消える。
相変わらず鳴るのは、風と機械の駆動音。
「…オレの言おうとしてたこと、全部言われちまったぜ…。」
小さく、悪態をつく声が聞こえた。
「…お前にあれだけ高尚なことを考えられる脳があったとはな。」
「ほっとけ。…オレじゃ、ダメなんだ。」
「…。」
「…もっとよく、考えてみろよ、ホントに、頼むから。」
「…あぁ。」
何のために身を引いたのか、これじゃあ分からない。
とでも言いたげな声音。
さっきまでの怒りはどこへ消えたのか、曖昧な、気の抜けたような笑顔で彼はそう言った。
「他のやつらには伝えといてやる、部屋で待ってるからよ、二人で帰ってこいよ。」
「…保障、しかねる。」
「馬鹿野郎、今そんなこと言うんじゃねぇ…あとでな。」
見送りの言葉をかける気はない。
闇に消えていくロニの背は寂しそうではあったが、それでも、何かをやり遂げたような達成感に溢れていることを感じた。
彼のブーツの音が消えて、ようやくジューダスは一人になる。
いや、そうとも言い切れないか。
『なかなか、粋なことをしてくれますねぇ。』
「…シャル、お前のオリジナルなだけはあるな。」
『それはそうでしょう、彼がオリジナルなんですから。』
「…あぁ、そうだった。」
『答えは、出ますか?』
「…。」
ほのかに光る背の剣を、今取り出して話すことは出来ないだろう。
シャルティエの姿を見られてはいけない。
だから背中越しに話してはいるが、彼の問いかけには答えられなかった、いや、本当ならば、悩む理由もないのだけれど。
「…わかってるだろう、お前なら。」
『えぇ、なんだかんだで、ずーっと一緒なんですから。』
「意地の悪い奴だ。」
『坊ちゃんも、人のことは言えませんよ?』
「…ふん。」
『…おや?反論もなしですか?珍しい。』
「うるさい。」
『…もう一度お聞きします、答えは?』
「…とっくの昔に、あったんだ。」
似ているから、そんな理由で、スタンを忘れてしまうのが怖かったのかもしれない。
18年前に愛したのは、確かに彼だったのだから。
その気持ちが、忘れて、霧散するのが恐ろしくて、だから逃げていたんだろう。
事実を直視し、受け入れられるほど、強くはなれなかったから。
今なら、受け入れられるだろう。
『行きますか?』
「あぁ、行こう。迎えに。」
『ちゃんと言葉にするんですよ?ただでさえ、分かりにくいんですから。』
「黙ってろ、オリジナルには声が聞こえるんだろう。」
『あぁ、アトワイトがいるんでしたね、それじゃあ坊ちゃん、がんばってくださいね。』
「言われるまでもない。」
踏み出した一歩は、今までの何よりも、力強かっただろう。
カツン、と鳴る床の音は、不快とは感じなかったのだから。
医務室には数度通った、場所は分かる。
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