最小限設けられた小さな窓からは、さすがに何も見えなかった。
雪が積もり、凍ってしまっているのか、触れれば小さな痛みを伴うらしい。
それでもカイルは構わず、その小さな窓に触れ続けた。

今頃みんなはどうしているだろう。

目覚めたときに誰もいなくて、不安に駆られたなどと誰に言えようか。
寂しくてそれがごまかせなくて、泣き出しそうになってしまったから、外に逃げ出していたなんて。

しかし今は艦内にいる、それも、アトワイトのために設けられた、医務室に。
担ぎ込まれたのはいつだったか、忘れた。
薄着のまま外でぼんやりしていたところ、偶然にもディムロスとシャルティエの二人に見つかってしまったのだ。
その時点で、カイルの意識は混濁しかけていた。
真夜中にこんな薄着でいるなどと、ディムロスの叱責も聞こえたような気がした。

次に目が覚めた時はもう既に医務室で、傍にはアトワイトと、自分を救出したらしいディムロスとシャルティエに囲まれていた。
事情は聞いた、一応仲間の報告しようと思ったのだが誰もいなかったと聞いて、ここにいることは言わないでほしいと告げた。

誰にも会いたくない。

今誰かに弱音を吐けば、二度と立ち上がれないような錯覚に襲われた。

怖かった。

三人は黙ったまま、向き合っていて、カイルが何をしていても特には気に留めないようだった。
アトワイト一人なら脅威ではないが、ディムロスとシャルティエに抑えられては逃げるも何もないだろう、逃げるつもりなんてなかったが。
何をしたいのか、聞かれても答えられない。
自分が何をしたいのかまったくわからなかった。
冷たい窓に額を押し当てて、物思いに沈む。



ジューダスが、リオンで、自分が父親にそっくりだから愛されていた。
事実が重く圧し掛かり、胸を痛める。



自惚れだったのだ、全ては。
何もかも、愛されていたなんていうのは錯覚に過ぎない。
それは全て、リオンがスタンを愛していたからなのだ。
ジューダスが自分を、という構図ではない。
こんなにも笑顔になれないものなんだと初めて知った。
いつの間にか自分の中で膨れ上がっていたジューダスという存在がいなくなってしまうことに、本当の恐怖を感じた。
あまりにも大きな存在に、心を締め付けられている。

それでも、みんなの前で笑うのは楽だった。
別に意識しなくても、勝手に笑顔を作れる。
条件反射とも言うべきだろうか、特に意味もなく微笑むことは、挫けた心でも簡単だった。
でもみんなは気付いているだろう、この笑顔があまりにも空虚なことに。
威勢を張っても虚勢に見えて、どうしようもない。
心配をかけているんだと思う、このどうしようもない状況のせいで。
ジューダスは責められてはいないだろうか?
彼が悪いだけではないのに。


一人で考え込んでも、埒は明かない。
夜は更ける。














「カイル君。」

「…ディムロスさん?」

「何かを悩んでいるようだな。」

「…そう、ですね…。」

「そういうのは、話したほうが楽になると思うよ?」

「シャルティエさん…。」

「同感だな、溜め込んだところで、解決にはならん。」



いつの間にかすぐ背中に迫っていた二人の声に振り返り、曖昧な笑みを浮かべて対応すれば上記の会話。
二人は二人なりにカイルを心配して内容だったのだろうが、カイルにとってはそうとは受け取れなかった。
二人は軍属であり、ソーディアンチームの要である。
軍にとって必要不可欠で、また過酷な連日を過ごしているせいか、人一倍疲れも多い。
ディムロスもシャルティエも、暇ではないのだ。
この部屋を提供してくれている、アトワイトも。
ここにいては迷惑をかけてしまう、そんな直感から、カイルは腰を落ちつけていたソファから立ち上がる。



「…すいません、遅くに…オレもう部屋に…。」


「あれだけ信頼している仲間にさえ、話せない内容なのだろう。」


「…っ。」

「中将…。」

「ここに吐いていけばいい、ここには君の事情を一から知るものもいないし、告げ口をしようという不埒な輩もいない。」



シャルティエとアトワイトが同時に頷くが、その言葉を信じたとして、何が出来る?
無用な心配を与え、手間をかけさせ、呆れられるのが関の山だろう。
逃げたい、その一身で足を踏み出す。




「恋煩い、にしては深刻ね。でも、それに連なるものなのでしょう?」


「えっ…。」

「少なくとも、貴方よりは経験も何もかも、豊富よ?そんな顔で沈まれていては、なんとかしてあげなくてはと思ってしまうわ。」



アトワイトの心遣いが、今は痛い。
迷惑をかけている、逃げ出したい。そんな気持ちで俯く。




「…あの、仮面の子、とか。」


「!!」

「あ、当たりですか?そうじゃないかと思ってたんだけど。」

「な、なんで…。」

「カンって奴、かな。」



微笑むシャルティエの表情は分からなかった、視界が霞んでしまうほど涙が溢れてくる。

どうしてわかるんだろう、あぁ、そういえばリオンの持っていたソーディアンは。

ぼろぼろと零れだしてくる涙は止まらない、添えられた三人の手が暖かくて、それを助長した。


一体、どこにいるんだろう?ここには、何もないのに。





感情の赴くままに全て語り終えた頃、カイルの目は真っ赤に腫れていた。
三人はその間、じっと微動だにもせず話を聞き続け、部屋が静寂に満ちるころ、ようやく身じろぎを一つしたくらいだった。
感情のまま、とは言うものの、さすがに未来から来たことは特定できないように、ぼかしながらではあったが。
それくらいの判断はまだ出来るらしい。
すすり上げるカイルはそれ以上何も言わない、どうせ、ここには何もないのだから。
話しているうちに、この悲しみは自分の強さに変えていけるんじゃないかという、どこか霞がかった何かを感じていた。
彼の幻を追うことで、一人だということを、紛らわしていくように。


これがいかに壊れかけた夢であろうとも、それを繋ぎ、無事に終わるように。
そう思うことが、全ての糧になるように。


涙で塗れた顔を、服の袖でゴシゴシと拭う。
これがいかに悲観的な考えでも、こうしていくしかない。
彼の心の中にいるのは、例外なく、自分の父親であろうから。

彼の影でも、構わない。



「それほど、君と君の父親はそっくりだったのか?」



沈黙の中、静寂を裂くように告げるのは、ディムロスだった。
父親のソーディアンの人格である彼に父のことを聞かれるのは、少し違和感があるけれど、仕方がない。
二人が出会うのは1000年後だ。



「身長は違うねって、よく言われます、それくらいかな…。」



他に相違点なんて、思いつかないだろう。
よく似ているとは言われるが、似ていない箇所などあえて言われることはない。
それだけ似ているからこそ、どちらも英雄でありながら、皆父親に似ていると言う。
あえて母親との類似点を探そうという人間など、そうそういなかった。



「オレは…逆に、光栄だって、思うようにしてます。父さんのこと、本気で尊敬してるし、カッコいい人だったっていうのも知ってるから…。」



それがいかに個人という存在を無視していることだとしても、それ自体を怨む気はなかった。
立派な英雄だった父に対し似ていると言われて、心地が悪いわけではない。






「でもね、カイル君。」






沈黙に徹していたアトワイトが、不意に口を開く。




「貴方と貴方のお父様の身長が違うように、いくら似ていたとしても、貴方とお父様は

絶対的に別なものよ。どれだけ面影が似ていたとしても、そっくりと言い切れる確証はどこにもない。」



「…。」




「いくら外面が似ていたとしても、内面が似ていたとしても、貴方という存在は、決して別の誰かではないのよ。」





話を聞き、感情の消えていた顔にはさっきと違う色の表情が灯っていた。
柔らかで暖かで、それは微笑みだった。
彼女と目が合うと、さらにその視線は優しげに細まる。





「彼は確かに、貴方の姿にお父様を感じていたかもしれないわ。
ならばなお、気づくはずよ。
それだけ触れ合えば、似ていたとしても、決して違う存在だということに。」



「っ。」



「今、彼はきっと悩んでいるわ。
きっと今までのことは、無意識下のことだったでしょうから。
とてもとても、悩んでいるはずよ。」



「…っ。」









「向き合ってごらんなさい、きっと、貴方の求める何かが分かるはずよ。」









アトワイトの言葉は、どこまでも優しかった。
一瞬にして凍えてた心が、氷解していくのを感じた。
また、視界が霞んでいる。





















「お父様の影でいいなんて、思うことはないのよ…。」





















堰を切ったようにして、先ほどよりも酷く涙が毀れた。
本当に欲しかった言葉は、これだったのかもしれない。
酷い嗚咽に、すぐそばにいたシャルティエが、緩やかに背をなで始めた。
アトワイトとディムロスは、それを静かに見守っている。

重く、深く、暖かい言葉だった。

カイルはさっきもらったばかりの言葉を、何度も心で反芻し、そのたびに溢れる嗚咽に耐えることもなく、泣き続けた。