僕の望み。
否、もう何を望んでいたのか、それは感傷的なものに過ぎない。
過去を越えた先に、僕の世界の先に。
あぁ麗しき、この世界
世が明ければ、向かう先はカルバレイスの空を占める、神のたまご。
禍々しい光を放つそれを、明日、落とすために。
世界の終わりさえ訪れるかもしれない状況で、しかし人々は平穏だった。
きっと明日の朝も当然のように迎え、当然のように終える。
僕らが失敗すれば、この日常は?
愚考に過ぎずとも、ふと掠めた思考は脳を埋めていく。
夜は静かだった。
他の仲間たちは寝入っているだろう、姉のいる孤児院で。
そこにいればよかったのだが、ルーティに顔を見られるのは嫌だった。
風の音さえもなだらかで、虫の音は程よい程度に響いていく。
シャル、呼ぼうとしてやめる。
彼はもういない。
虚脱感は乗り越えたが、話し掛けることが常となってしまっていて、なかなか改善できないでいた。
別れを惜しむことはない、成すべき事であり、後悔ではない。
後悔を乗り越える術を、ようやく見つけたのだ。
じき、僕は消える。
僕らの英雄は、彼の聖女のことで頭がいっぱいなようだが。
彼の聖女と同じ起源である僕が消えない理由は?
あるはずがない。
そもそも、ジューダスという人間は存在してはいけないのだ。
消える。
恐ろしい?
そんなはずはない、一度見た闇を、二度も恐れる理由はない。
夜は静かだった。
瞬く星も、永劫の輪廻を流れていく風も。
肌身に焼き付けておこう、身体が枯れても、覚えているために。
世界が愛しい。
スタンが守ったこの世界が、カイルが守ろうとしているこの世界が。
この星も息吹も、鼓動も全て。
生かされている、この世界で。
風は緩やかに抜けていく。
柔らかく、慈しむようで、しかしもう二度とない時を惜しむように。
大地の鼓動が心地いい。
葉の揺れる音。
虫の声。
瞬く星。
冷えた大地。
澄み渡る空、包む海。
消えることは怖くない。
この世界が守れるなら、怖くない。
言いたいことも言えない根性なしと、言われればそれまで。
けど、それでいいんだ。
恐怖は口にしない、願いも、叶ったから。
孤児院はすでに静まり返っていて、灯りはない。
ルーティが来ないという確証はなかったが、仮面は外した。
大地に放り投げ、その隣に腰を下ろす。
もし今、この顔を見られれば彼女はまた辛い思いをするだろう。
僕は、また彼女を置いていく。
僕が欲しかったのは?
言葉に出来ない、何か。
ただ欲しがっていて、求めるばかりで、それが形を成したことすらなかったかもしれない。
泣いたりもした、温い涙が流れて、酷い後悔に暮れたこともあった。
あぁだけど、とても穏やかだ。
欲しいものなら、手に入れた。
大仰かもしれない、でも、僕のすぐそばにある。
カイルは、
考えるだけ、無駄だ。
話すこともやめよう。
リアラが消える、それだけでも追い込まれた状況なのに。
だけど、
知りたいと思ってしまう欲は、なくなればいいのに。
僕が消えると知ったとき、カイルは泣いてくれるのか。
縋ってくれるだろうか、
名前を、呼んでくれるだろうか。
唐突な寂寥。
怖くなんて、ないさ。
言い聞かせれば落ち着く。
あぁでも、一つだけ叶うなら。
きっと会っても、明日のことしか話せない。
カイルを追い込むだけなら、こんな願いは。
かさ、かさ。
それは風の揺らす音にしては少し乱雑で、風よりもずっと質量を感じさせる音。
はっとして投げ出した仮面に手を伸ばせば、その手はゆっくり阻まれる。
細くて、白くて、華奢な中に逞しさを秘めた指。
見上げれば、薄い笑みを浮かべたカイルがいた。
仮面に伸ばした手を重ね、カイルは指を絡めてくる。
「いないから、ちょっと心配したんだ。」
「…そうか、書置きでもしてくればよかったか。」
「ううん、部屋の窓から見えたし…何してたの?って、そんなこと聞くもんじゃないかな。」
覇気のない声。
その双肩に、どれだけの責任が乗っているのか。
なのにどうして、ここにいるんだろう?
「ちょっと、さ、話したくて…なんか…不安、だったというか。」
笑う様は、儚くも思える。
「寝なくて、調子はいいの?」
「悪くはない、むしろ、爽快なほどだ。」
「そっか、なら、いいね…。」
隣に腰を落ち着け、細い声で呟くように言う。
「…心は決まったのか?」
「…うん、もう、平気。」
俯く、決意の端々に、葛藤が見え隠れする。
悲しみではなく、信じたからこその結末を待っている。
なら僕が、信じないのは道理ではない。
カイルを信じたその日から、この世界は美しいのだから。
「…明日、だね。」
「あぁ…。」
「綺麗だね、夜。」
「…?」
「うちの近所なのにさ、ここがこんなに綺麗って知らなかった。」
「…。」
「この世界を、守りたいんだ。」
豪奢な言葉だった。
心は揺れていない、切望に満ちている。
守りたい、この世界を。
同じ気持ち。
同じ場所にいて、同じ気持ちでいる。
消えることは怖くない、だけど―――。
もし、一つ願いが叶うなら―――。
「必ず守ろう。」
「え…。」
「お前がそう決めたのなら、僕はついていく。」
「ジューダス…。」
「それが、お前を愛した証だ。」
たとえ朽ち果てようとも。
「守ろう、必ず。」
この世界が、美しければ。
「…うん、やってやる。」
閉じた目蓋は、力強い。
迷いなど、欠片もないのだろう。
月光でさえ、柔らかだった。
小波む音もただ静かで、穏やかで。
「カイル。」
「うん…?」
「少し、眠らせてくれないか。すぐ起こしてくれてもいい。」
「え?うん、いいよ…?」
彼の腿に、頭を下ろす。
見上げれば、見惚れてしまう柔らかな笑み。
目を閉じれば、白い指が髪を絡めていく。
願いなどと高尚なものではないけれど。
ただ叶うなら、君の隣で――――。
夜はただ、静かだった。
*
巨大なレンズが砕け散った空間は、暗かった。
リアラは、小さな欠片を残して消えてしまった。
ハロルドは、変わらない調子で笑みを浮かべ、光に還った。
ナナリーは、普段の勝気な様に少し、悲哀を浮かべて、彼女の世界に還った。
透けるように、緩やかな変化だった。
薄く発光し、感覚がぼやけ始める。
「お前は、どこに還るんだ…?」
ロニの声は鮮明に耳につく。
カイルも、このときになってようやく――――。
「…わからん。もともとジューダスなる男は、どの次元、どの時代にも存在しない。」
「…。」
「ジューダスとして、時空間の彼方を彷徨うか。」
「…。」
「リオン・マグナスとして消滅するか…。」
「お前は、それでいいのか?」
この世界は、守られた。
脆く、儚い世界は。
「ジューダスとして生きると決めたときから、覚悟していた。」
「ジューダス…。」
「それに、お前たちと出会えた。
一度死んだ男が手にするには、大きすぎる幸せだ。」
光が濃くなっていく。
声が震える、ちゃんと言葉になっているのか。
「…それが手に入ったんだ。悔いはない。
僕が助けるつもりだったが、実際は逆だったのかもしれないな…。」
出来ることなら今すぐ、抱きしめてやりたいのに。
零れる涙をすくってやれたらと思うのに、
「…ありがとう、カイル…。」
「ジューダス…っ!!」
駆け寄ってくる、身体を、抱きとめてやれたら。
消えていく身体では、手を広げることしか出来なかった。
「ジューダスっ!!」
か細い身体を抱きしめた瞬間、僕の意識は完全に途切れた。
僕の世界が消える時、もしも願いが叶うなら。
悲しいのだろう?
辛いのだろう?
もう一度還りたいのだろう?
あの場所へ、彼らのもとへ。
だから?
願えばいい、ただ一つ。
そうすれば我らが適えてみせよう、お前たちの小さな望みを。
もう、必要ないんだ、そんな言葉は。
僕の心は、満たされているから。
望めば手に入るのに?
もう、ここにある。
新しい何かを望む必要はないんだ。
あぁ麗しきこの、世界。
守りぬけたんだ、後悔などない。
泥沼のような鬩ぎあいの中で、僕は目を閉じる。
もう二度と目蓋は開かない、けれど。
あぁ、麗しきこの世界。
END
唐突に書きたくなって書いてみた捏造ED。
カイルは飛び込みませんよ、ただジューダスジューダス言ってジューダス消えちゃうので。
ただね、ジュカイ仕様に持っていきたかったので捏造しただけのオチです。
台詞はまんま引用ですが(爆
ジューダスが消えちゃうこと、カイルはなんとなく予想してたと思いますよ。
意外と賢いんで、こういうとこ。
だから心配で、夜探しに着たんですね。
でもジューダスは根性無しで、自分の本音を言ってくれなかったから、カイルも黙っているしかなかったんですね、
原作でも、消えちゃうことは絶対わかってたと思いますね。漠然としてたんだろうけど。
そんなジュカイに萌えたので、今度は捏造ED後のお話でも書いてみたいなと思ってます。
え?ジュカイでですよ?もちろん。
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