いっそ密やかなほどの小鳥たちのさえずりに、少しの高揚と倦怠感と。
今日は珍しく早起きした、ちゃんと寝たという実感はあるけど、いつにもましてすっきりした感じで目が覚めた。
普段なら、リリス姉さんが起こしに来てくれるまで絶対に起きないし、いっつも遅刻ぎりぎりだ。
どうしてかはわからないけど、スタン兄さんも何故か早起きだった。
しかも起きてからずっとそわそわして、落ち着かない。
きっとリオンさんにチョコをもらえるか、そんな心配をしてるんだろう。
珍しく時間よりも早く出て学校に向かう、ジューダスには部活の朝練があるから朝から会うことはそうそうない。
「兄さん、ホントどうしたの?体調悪い?」
「んー…体調が悪いわけじゃないんだけど。」
まさか寝不足とか?それほど不安なんだろうなぁ。
「ねぇカイル、ぎゅーってしてもいい?」
「え!?」
えぇぇぇぇ!?いや、それは、いくらなんでも唐突っていうか、ここは外だよ!?
「ちょ、ちょっと兄さん、ここ外なんだよ!?」
「問答無用!!」
「兄さっ…んぐっ。」
すごく唐突だった、あまりにもいきなりだった。
公衆の面前にも関わらず兄さんは問答無用で抱きしめてくる、不安なのはわかるけど、こんなとこでいきなりとか。
「に、兄さ…ぐるし…。」
「あ、わーっゴメン!!」
ようやく体を離してもらえ、息を整える。
兄さんは思案顔で沈黙してしまったから、オレにしてみれば不思議で仕方がない。
そんなに心配しなくてもいいのに。
「ほら、遅れちゃうよ?早く行こう?」
「あ、あぁ、そうだな、早く行かないと!」
オレも人のことは言ってられない状況だったかもしれないけど、今は兄さんのほうがよっぽど心配だった。
リオンさんも兄さんも、今日一日大変だろうなぁ。
オレは他人事のように胸の内でつぶやくと、少し急ぎ足で学校に向かった。
*
思った通り、今日は大変だった。
オレが見た限りでは、リオンさんは行く先々でチョコを貰い、毎回たくさんの包みを抱えてうろうろしている。
でもそれは、そっくりな顔をしてるジューダスも同じだった。
何も今までそうでなかったわけでもないのに、オレは今年になってようやくそれが重大な事実だということに気づいた。
ジューダスはもてる、それもとてつもなく。
ジューダスは甘いものが好きだし、それを隠さないからたくさん貰える。
毎年半分くれたりしてたけど、それまでは特に意識さえしえてなかったからだろう、今になってオレはすごくあせった。
それとちょっと、拗ねた。
なんだか学校が憂鬱だな、世の中はハッピーハッピーしてるのに、オレは気分がどんよりしてる。
だからようやく最後のチャイムが鳴ったとき、嬉しさで跳ね上がりそうだった。
少しは憂鬱な気分から、開放されるかもしれない。
「あー…終わったぁ…。」
ちなみに、オレのチョコの収穫は5つ。
朝リリス姉さんにもらったのと、学校に来てすぐリオンさんにもらったの、それからリアラとナナリーにもらった。
最後の一つはロニ。
ホントはもらいたかったんだって力説してたから、来年は上げよう。
上のほうはまだ静かだから、たぶんHRが終わってないんだろう、ちょっと待たなきゃ。
カバンの中に入れておいた小さな紙袋を覗き込む、自分が持つには似合わないような可愛いラッピングがされた小さな箱。
恥ずかしながら、ジューダスのために用意した―――。
「カーイルっ!」
「ほわぁっ!?」
「驚きすぎよぉ、どうしたの?」
「い、いや、ハロルド、後ろから飛びつくのはやめてよ…びっくりするだろ!」
慌てて袋を押し込んで、平静を装う。
チョコなんか用意してるとこ見られたら、恥ずかしくて仕方ない。
「それよりも、っと。はいチョコ、恵んであげるわ。」
「わぁ、ホント!?ありがと!」
「どうせ私らくらいしか渡せないだろうからね、ちゃんと味わいなさい。」
私らくらいしか渡せない?どういうことだろう?
…聞いてみても、ハロルドのことだから教えてくれないな。
「3年は終わったの?」
「えぇ、ジューダスもそろそろ来るんじゃないかしら?っと、噂をすればね。」
教室の窓は擦りガラスだけど、扉にはめられた奴は向こうが見える。
そこに見慣れた黒髪が見えて、ちょっと安堵したと同時に、やっぱり少し拗ねようかという気になってきた。
ジューダスの手には紙袋があって、そこには大量のリボンやら花やらが見え隠れしている。
持ちきれないほど大量のチョコレート。
「カイル、もう帰れるのか?」
「え?あ、うん、今日は部活は?」
「本来なら引退している時期だ、休んでも問題ない。」
「…そっか。」
渡すチャンスが出来て喜ぶべきなんだろうけど、イマイチ喜べない。
正直、オレのチョコなんか渡したって。
「どうした?」
「ううん、なんでも。」
「―――暇なら…家に来ないか?リオンがお前達の家に行くらしいから。」
「え。」
間抜けなことに変な返答しか出来なかった、行きたくないといえば嘘だけど。
ちょっと拗ねたいというか落ち込みたいというか。
「んと、行く。兄さんに伝えてくるから、ちょっと待ってて?」
「あぁ。」
ジューダスの隣を抜けるとき、いやでも大量のチョコレートが目に入る。
浅ましいなぁ、オレ。馬鹿みたいだ。
廊下を走り階段を駆け上がり、兄さんたちの教室へ。
ちょうどそこにはまだ兄さんもリオンさんもいて、扉を開くと声をかける。
「兄さん!」
「ん?あれ?カイル、珍しいな。ジューダスは行かなかった?」
「来たけど…あ、えーと、これからジューダスのお家に遊びに行ってくるから、たぶん晩御飯も食べて帰るね。」
「わかった。…まさかお泊りとかないよな?」
「するわけないだろ!兄さんの馬鹿!…じゃ、また家で!」
「うん。」
扉を閉め、廊下に出る。
兄さんは、こんな気持ちにならないんだろうか?
リオンさんはあんなにたくさんのチョコもらってるのに。聞いてみたいような気はする。
「っと、そんなことより…。」
急いで教室に帰る。
そこにはもうハロルドの姿はなくて、ジューダスがオレの席のほうでぼんやり外を眺めていた。
オレが入ってくるなり振り替える。
でも気づいてしまった、さっきより、チョコの数が増えてることに。
声をかけようとして、固まってしまう。
「…カイル?」
ジューダスの声にはっとして、心を落ち着かせる。
こんな浅ましい感情に、気づかれないように。
「ぁ…な、何でもない。早く帰ろう。」
この声はちょっと冷たかったかもしれない。
ジューダスの家に着く間、オレは自分から話題を振ることはなかった。
普段はオレのほうがべらべら喋っているのに、今日はすごい沈黙のままお家まで歩いた。
重たかったけど、オレの気持ちはだんだん怒りのほうに向いていて、それどころじゃなかったから。
ようやくお家についても、居間に座り込んで動かなかった。
ジューダスが飲むものを持ってきてくれても、つんとしてそっぽを向いて。
それも段々悲しくなってくる。
時折口を開きかけ、やめてしまうジューダスを見てると、なんだか切ない。
空気を紛れさせたくて、オレはテレビを付ける。
時間が時間だったせいか、ドラマの再放送。
普段ドラマとか見ないから、これがどんな内容なのかはわからない。ぼんやりとテレビの画面を見つめ続けた。
オレも動かないし、ジューダスも何も言わない。
ドラマのヒロインの喋る声だけが、居間をしめていた。
広い家に虚しく響く、音。
何分そうしていたのか、いつの間にかドラマに没頭して気づかなくなったころ。
「…カイル。」
いきなり、唐突に、耳元に低い声が届く。
聞きなれた声は当然ジューダスで、聞こえたかと思うと、今度は少し力任せに引っ張られ、後ろから抱きすくめられた。
あまりにもいきなり過ぎて、体が跳ねる。
「じゅ、ジューダス?何?」
「…言ってくれないと、わからない。」
「え?」
「何をそんなに拗ねているんだ…?話してくれ…。」
「…。」
「お前のそんな姿を見るのは、つらい。」
ジューダスの声は、どこまでも切なそうだった。
オレが少し、意地悪になってたから。
ホントはこんなことじゃいけないのに。
素直になろう、正直に言おう。
暗い感情でも、ジューダスならきっと許してくれるから。
オレから身を引いて、どうするんだ。
「…チョコ。」
「…。」
「いっぱいもらってた。女の子に。」
自分でもわかるくらい、頼りなげな声。
暗い感情を口にしようとするだけで、声が震えるオレはなんて情けないんだろう。
言ったって仕方ない、ジューダスがもてるのは仕方ないことなのに。
どうしようもないこと、そうと分かっていても胸の内を占めるのは醜い嫉妬心ばかり。
「甘いものが好きなのはわかるけど…オレだって。」
渡すものに喜んでもらいたい。
いっぱい悩んで、リオンさんにも協力してもらって用意したプレゼント。
でもそれは女の子のものに比べてしまえば、あまりにも質素なものかもしれない。
ジューダスはねだってくれもしない。
兄さんはリオンさんにチョコがほしいって朝一から言うようなくらいなのに、ジューダスは一言も言ってくれない。
オレからのプレゼントなんて必要ないから?
「受け取って、ほしかったのに…。」
「え…。」
「…え?」
「用意、してくれていたのか…?」
その声に、恐る恐る顔を後ろに向ける。
驚いたように瞳を丸めているのに、でもその表情は嬉しさをかみ締めているような、不思議な顔。
「僕の、ために?」
「う、うん…?」
「本当に?」
「うそなんかつかないよ、オレ、ちゃんと用意したんだからっ…。」
「カイル…すごく、嬉しい。」
ぎゅ、と強く強く抱きしめられる。
今までの不安なんか一瞬で吹き飛ばしてくれそうなほど、強く。
「もらえないと思っていたんだ…カイルには…。」
「そ、そんなわけないだろ!ジューダスのこと大好きなんだから!」
「変に気を使わせてしまって、本当にすまない…お前が嫌ならもらったチョコは…。」
「それはちゃんと食べて!!…オレの、受け取ってくれる…?」
「もちろんだ。」
ジューダスの顔が喜色に染まる。
一度離れた体を自分のカバンのほうに向け、つぶれないように大事に大事にしまっておいたチョコを取り出す。
うぅ、だんだん恥ずかしくなってきた。
振り返って、ジューダスを正面に見据える。チョコを差し出した。
「はい…これ…リオンさんに一緒に選んでもらったんだ、だから味は…。」
「リオンと?だから昨日…。」
「と、とにかく受け取って!」
「あぁ、ありがとう…。」
ジューダスの手に渡ったチョコは、大事そうに抱えられる。
渡してよかった、卑屈になりきらなくてよかった。
嬉しくなって嬉しくなって、泣き出してしまいそう。
「ね、今日お泊りしてもいい?」
「もちろんだ、シャルには話しておく。」
「へへ、やった!」
オレは今になって、ようやく今日始めての笑顔を浮かべることが出来たんだろう。
自分からジューダスの首にしがみついて、幸せすぎる時間を満喫した。
END
あとがき
バレンタインヤッホゥ!!(何このテンション)
リアル友人に配るチョコとこれをアップする狭間で繰り広げていた睡魔との闘争…ようやく形を成しました、大変でした
携帯サイトのほうではちゃんと14日に合わせてアップされています。
残念ながら今現在もうすぐ3月に入るというところですので、こっちじゃ間に合ってませんが。
これも甘ったるいなぁ、身悶えしながら書いてました
うちの子たちは基本あほの子ですが、書いてて楽しいです(笑)
|