朝目が覚めると、軽い不安と期待とが入り交じるような心に、ため息が出た。
朝は弟と登校する、妹は同じ高校に行っていないから出る時間も道も違う。
途中でリオン達と会うことはない、二人は朝練があるから、遅刻ぎりぎりのオレ達を待ってることはない。
「兄さん、どうしたの?体調悪い?」
とは弟のカイル。
普段なら遅刻で焦り返しているはずなのに、今日はオレもカイルも早起きしたおかげでのんびりと歩いていられる。
オレは実はあまり寝ていなくて、早く起きたというには多少間違いがあるけど、カイルまで早起きなのはちょっと珍しい。
心配げな視線が向けられるけど、オレは曖昧な笑顔を返事にするしかなかった。
バレンタインだから寝れなかったなんて、恥ずかしくて話せない。
「無理しないでよ?今日体育あるんだろ?」
「えぁー…ある、けどー。」
「…兄さんが体調悪いなんて、おかしいなぁ。」
「んー…体調が悪いというか。」
ちょっと鬱、というか。
「カイルー、ぎゅーってしてもいい?」
「えぇっ!?外だよ!?」
「問答無用!」
「のわぁっ!?」
うーん、抱き心地いいなぁ、ちょっと元気出てきた。
問答無用、これくらいの勢いがいいんだよな、多分。
少しくらい強気でいくこと、ついこの前にジューダスが教えてくれたバレンタイン攻略のヒント。
腕の中でじたばたするカイルは押し込めて、慣れない思案に暮れてみる。
「むぐ…兄さ…ぐるし…っ。」
「うわっ、ゴメン!」
「げほ…ホントにどうしたの?おかしいよ?」
「う…うん、ゴメン…。」
「もう…こんなとこで油売ってたら遅刻しちゃうじゃん、早く行こう?」
カイルは呆れたようにそう言う、胸のあたりをさすりながら先さき歩いていってしまう。
そういえば朝からぴりぴりしてるなぁとは思うけど、オレ自身に余裕がないせいか気にかけてやれない。
ゴメンカイル、兄ちゃん失格だ。
さっさと行ってしまうカイルを追って、オレも学校への道を急いだ。
*
この日はなんか、諸々大変だった。
オレというか、リオンが。
あちこちで女の子に囲まれてたくさんチョコもらって、教室に返ってくるたびにぐったりしていたり。
チョコをもらえること自体は嬉しいらしく、山のように重なる箱を見て嬉しそうにしていた。
そういうところを見ると、リオンってやっぱり可愛いなぁとか思うんだけど、段々不安になってくる。
今年も貰えないのかな、あげたほうがいいのかな。
今年は用意してない、それくらい強気に行こうと思ってたから。
なんだか裏目な気がしてくる、チョコに見とれるリオンを見てたら。
休みのたびに押しかけられて放課後、ようやくラッシュも過ぎたみたいで、リオンは疲れたながらもすごく嬉しそうにチョコを見つめていた。
やっと帰れる。
「リオン、帰ろっか!」
「あぁ、だがこのチョコ…。」
「…。」
大量に積み重なった、山。
これを持って帰るのは中々難しい。
だけど今年のオレは、なんと紙袋を四つも用意してみたのだ、去年大変だったから。
カバンに入れておいた紙袋を取り出してみると、リオンの顔に喜色が走る。
「今年は気が利くな、どうしたんだ?」
「去年のことで、オレも学習したのさー。」
つめつめつめつめ。
もちろんオレが詰める。
三つくらいで収まったのを、二つオレが持って一つリオンが持った。
ようやく帰路につける。
いつものように連れ添って教室を出ると、そこでなんとカイルに鉢合わせた。
三年の教室に来るのは珍しい、ジューダスは自分で迎えに行っちゃうから。
「あれ?カイル、どしたんだ?」
「あ、兄さん、ちょうどいいとこに!オレ、今日はジューダスの家に遊びに行くから。晩も食べて帰るからね。」
「ん、わかった、…まさか泊まりとかじゃないよな?」
「とっ、泊まるわけないだろ!兄さんの馬鹿!…じゃ、また家で!」
ジューダスもやるなぁ、でも手は出さないでほしいなぁとか思う。
まぁ、オレが言えた義理じゃないんだけど。
今日は、リリスは友達と泊まりで遊び、帰ってこない。
カイルもあぁは言ったけど、多分今日はお泊りだろう。
家は、オレ一人になる。
よこしまかな?よこしまでも構わないや。
下駄箱を抜けて、外にでる。
校庭は部活をする人達の声で溢れかえっていた、校門を抜けオレはようやく決意する。
斜め後ろのリオンを振り返って、じっと見つめる。
気まずそうに視線をそらすその様子は、可愛いったらない。
「な、なんだ?」
「今日さ、家来ない?」
「え?」
「誰もいないからさ…。」
「っ。」
リオンが息をつめる、薄らうっすら、頬っぺたが赤みを帯びていく。
可愛いな、可愛いな。
「その…お泊りくらいの勢いでもいいからさ…。」
「なっ、お、お前っ、こんな公衆で!」
「ダメ?」
照れてるっていうのは、わかるけど。
拒絶されるんじゃないかと思うと怖くなる。
オレはすごく悲しそうな顔をしたんだろう、リオンの表情が変わる。
恥ずかしさと、それとなく嬉しそうに見えたのは間違いじゃないかな?
「…行ってもいい。」
「ホント!?」
「嘘なんかついてどうする、ほら、さっさと行くぞ!」
「うん!」
手とか繋いでみたかったけど、よく考えたらオレは両手が使えない。
残念だったけど、隣を歩けるだけでも幸せだった。
家はそう遠くない。
ほんの20分もあるけばついてしまうけど、オレにはちょうどいい距離。
リオンを家に呼ぶのはすごく緊張するけど、こうして話してると緊張が和らぐ気がするから。
誰もいない家の玄関、チョコは一度置いて鍵を出す。
捻って開けて、先にリオンに入ってもらった。
オレ一人だったらぐうたらな家になってただろうけど、リリスはしっかり者。
カイルもあれでオレよりもしっかりしてる。
玄関はいつになく綺麗だ、リオンがいるからかな?
上がってもらって、居間に行ってもらう。
もちろん始めてじゃないからすぐわかる。
お客様だし、お茶とか…リオンは紅茶、オレは麦茶でもいいや。
慣れた様子でリオンは居間のソファに座り込むと、テレビをつける。
ドラマの再放送みたいなのが始まって、すごく適当に流れていった。
リオンのために美味しい紅茶を入れれるようになりたいけど、まだまだ練習中。仕方ないからティーバック。
あ、いけね。
本来の目的を忘れかけてた、リオンにチョコをもらうのが第一の目的なのに和んじゃって。
仕方ないか、今幸せだから。
「はい、リオン。」
「ん。」
ティーバックの紅茶をいれるのは、微妙に自信がある。
リオンのためって考えながらいれると、飛び切り美味しいのが出来るんだ。
隣に腰を下ろして、冷たい麦茶を口にする。
似ているけど、別物。
紅茶は美味しいけど、オレは砂糖がなきゃ飲めない。
紅茶の香りとドラマの音声が部屋を占める。すごく穏やか。
眠くなりそうな、幸せ。
「お前は…。」
「へ?あ?何?」
「…まだ何も言ってない、ちゃんと聞いてろ。」
突然こっちを振り向いたリオンが不機嫌そうに眉を寄せる。
慌てて取り繕うと、リオンはすぐに口を開き直す。
「お前は、毎年誰にもチョコ、貰わないな。」
「…あー…。」
気付いてたんだ。
「お前だって、もてるのに。僕も馬鹿じゃない。」
くすぐったい、嬉しさ。
別にもててはないと思うけどね、もらえるものはもらいたい、でもオレは。
「他のなんか、いらないんだ。」
ありえないくらい真剣な声で告げる、リオンと付き合うようになってからずっと秘めていた思い。
不可解そうに表現を歪ませる顔じっと覗き込む、視線もそらさせないよに、頬に手を添えて。
柔らかな頬は暖かい。
「リオンの一つで、何百の価値があるよ。」
「な…。」
「リオンからほしいんだ、一つでいい。」
触れた頬が熱くなる、恥ずかしいのかな?でもオレの本心。
覗き込むとリオンは視線を逸らさない、赤くなっていく顔を背けるでもなく思案するように。
それがあまりにも可愛いから、頬に添わせた手をそっと髪に触れさせる。
柔らかい髪、リオンの香り。
キスしたくて顔を寄せたら逃げるから、額に唇を落としてみた。
抱きしめたい、でも今したら怒られる。
「少し…。」
「ん?」
「少し、待ってろ。」
「う、うん…?」
触れ合っていた体が離れ、空虚な冷たさが手に触れる。
リオンは立ち上がるなり扉の前に投げてあったチョコの袋、ではなく、自分のカバンに手を掛けた。
ごそごそと何かを探す様は戸惑いがあるような気がした。
やがて取り出されるのは、リオンの持ち物にしてはおかしな―――。
さっきの位置まで戻ってくると、ずい、と目の前に差し出す、シンプルながらそれと分かるラッピング。
「…毎年、用意だけはしてたんだ。」
「リオン…。」
「プライドが許さなくて、渡せなかったから…今年は、折れてやる。」
「ほ、ホントに…?」
「いらないなら自分で食べる。」
「いる!いるいるいるいる!」
差し出されたチョコを受け取る、嬉しい。
神棚に飾りたいくらいだ。食べないでとっておきたい。
「馬鹿、ちゃんと食べろ。」
「あれ?オレ喋ってた?」
「見てれば分かる。カイルにも協力してもらったんだ、ちゃんと食べてくれ。」
「え、カイルに?なんで?」
「…秘密。」
年相応に笑う様が、あまりにも可愛くて、オレは手に持ったチョコごと、リオンを抱きしめた。
あぁなんて幸せな。
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