甘い香りと、軽く短い葛藤と。


















「こんな季節でなければ…。」



ピンクや赤。
町中を彩るのはそんな色ばかりで、きっと夢見がちな少女が甘い思いに胸を踊らせるような華やかさ。
残念ながら自分は男で、そんな思いよりは苦々しいものが沸いて来るのだが。
ぽつりと呟いたささやかな声に、隣を歩き揺れる金色の髪が止まり、視線が向く。
自分より少し低い、けどあまり変わらない視線の高さで、不思議げに目を丸めているのは、自分の片割れの恋人。
この状況を見て間違いなく嫉妬心に駆られているであろう片割れのことを考えれば少し気が重い。
その上自分の恋人(あまり考えたくないが)がその弟といると言えば、これもまた嫉妬を始めると思えば気が重い。
少し眉根を寄せれば、カイルは心配げに視線を揺らす。



「リオンさんは、バレンタインとか嫌い?」



少々的外れな問い掛けも彼らしくあればというか、そんなところを可愛いらしいと思うのはやはり双子だからというか。



「嫌いといえば嘘になる、甘い物は嫌いじゃない。でなければ、僕はここにはいないだろう。」

「あはは、ほんと。甘い物の食べ歩きなんて絶対しないや。」



チョコレートを食べてもとくに何も言われない、バレンタインの魔力には感謝しているくらいだった。
しかしネックはある、当然のように。
欲しいとねだられるのは面倒この上ない。



「…それで突然どうしたんだ?食べ歩きならジューダスとでもスタンとでも…。」

「え?えーと…二人にはちょっと内緒にしたくて。」

「相談なら僕は向かないと思うが。」

「リオンさんじゃなきゃダメなんです!」



ぐ、と拳を握って力説。
気遣いなんかは圧倒的に向いていないはずなのに、カイルもそれを分かっているはずなのだからあえて自分をチョイスする理由がわからない。
女性の多い大通りを男二人でゆるゆると歩き抜けながら、カイルの次の言葉を待つ。



「バレンタイン、だから…。」

「?」

「ジューダスは、どんなチョコなら食べるかなって…。
リオンさんならジューダスと味の好みも似てるだろうし、リオンさんに見てもらいながら選べたら間違いないかなって。」

「それは…。」



十中八九、カイルに貰えるものなら大嫌いなにんじんやピーマンでも神棚に飾る勢いだろう。
我が片割れながら気持ちの悪い奴だ。
とは思うが、それで納得するようなカイルではないだろう。



「本人に聞くわけにもいかないしさ、それにリオンさんだってちょうどいいと思って。」

「ちょうどいい?」

「兄さんに、チョコ買わないんですか?」

「………。」

「?」

「どうして僕がスタンに渡さなくてはならない。アイツが寄越せばいい。」

「あ、リオンさんは貰いたい側なんだ!」

「違っ、そうじゃなくて、チョコを…。」

「兄さん、期待してたからなぁ。今年こそはって。」



たしかに、不本意ながら付き合い始めた頃から今まで、一度もバレンタインにチョコを上げたことはない。
毎年ねだられるが、最終的にスタンからチョコをもらう、お返しというものはしたことない。
カイルがこの実状を知らないはずはないだろう。
ピンクに彩られたショーウインドウを横切る。
艶やかに飾られたガラスの向こうには色とりどりの可愛らしいチョコレートが並んでいて、カイルの視線はころころと変わっていった。



「僕は上げないぞ。」

「リオンさんて、実はすごい意地っ張りだよね。」

「…。」

「オレ、知ってるよ、ジューダスとシャルティエさんから聞きました。」



嫌な予感が…家に帰ったら、二人とも撫斬りにしてやる。



「毎年、用意だけはするんだって。」

「…。」

「でも渡せず終いで、15日くらいに自分で食べてるって。」



恥ずかしいことを…スタンの様子からしてカイルはアイツには話していないようだが…。



「オレも協力するしさ、リオンさんも今年こそ渡そうよ!」



ね、と正面に回り込んだカイルが、ねだるように上目使いに見つめてくる。
この様子に頷かない男がいるなら、会ってみたいものだ。
ジューダスと同じ血が流れていることは否めないというか、それとも―――。



「今年だけだからな…。」

「うん!」



花が綻ぶように笑う様に、僕もつられて笑みを浮かべた。









「やっぱりリオンさんと回れてよかったよ、ジューダス、喜んでくれるかなー。」

「僕が助言してるんだ、間違うはずがない。」

「へへっ、リオンさんもオレが一緒に選んだんだから、兄さん絶対喜ぶよ。」

「…当然だ。」



ようやくチョコレートを買い帰路につく、カイルの右手にはお菓子屋のプリントが入った紙袋が揺れている。
その中にはついさっき買ったばかりの、可愛らしいラッピングを施されたチョコレート。
薄暗くなりはじめた帰り道を二人で歩くのはそう珍しいことでもないが、ジューダスとスタンに見られるのは御免被りたい。
もうそこの角で別れてしまうのだから、気にすることもないのだろうが。



「あ、そうだ。」

「どうした?」



何かを思い付いたように突然立ち止まると、手に提げた袋を漁り始める。
すぐに手を引き抜くと、買ったときには見覚えのないラッピングの箱。



「少し早いけど、今日のお礼も兼ねて、はい、リオンさん。」

「僕に、か?」

「はい、ハッピーバレンタイン!」



押し付けるように箱を渡され、またあの笑顔。



「じゃあリオンさん、また明日!」

「あ、あぁ、また明日。」



たっ、と駆け出す背中を見送り、家に帰るだけなのだが、何故かなんとなく、動きだせなかった。