冷え込む朝、今日は何も予定がない。
年始というのは、そういうものである。
挨拶周りくらいは必要かもしれなかったが、そんなものは家族が勝手にやってくれるだろう。
無愛想な僕が挨拶に回ったところで、いい気分はしない。
自覚があるから、やる気も起きず、布団の中でごろごろと寝返りを打った。
朝と言っても、皆が起き出すような時間ではない。
まだ日も昇り始めたところくらいか、朝焼けの光がぼんやりと部屋に差し込んでいた。




金色雪景色




ついさっきまでは、少し浮かれた気持ちで携帯を握っていた。
友人達から続々と送られてくる年賀メールの返信に追われていたから。
日付が変わった直後はなかなか電波がつなげなくて、結局こんな時間になってしまっていた。
大概の友人には、短い文章で新年おめでとう、というだけだったが、それでこんな時間まで続くはずは無い。
たった一人の馬鹿のためだけに起きている自分も、あいつのことを馬鹿と呼べはしないと、なんとなく落ち込んでみたり。
それでも、数分と間を置かず送られてくるメールに何度も心臓を鳴らせたことか。
話に区切りがついたところで、そろそろ寝なければと思い、同意の上でメールを終わらせた。
別に自分は寝坊しても構わなかった、どうせ初詣なんかは昼からだし、家族も昼前までは起き出しては来ないだろう。

ただ、あいつは忙しいはずだ。
新年早々、やることはたくさんある。
家はメイドがほとんどやってくれるからないけれど、老いた祖父とまだ幼い領域を出ていない妹しかいないあいつの家は、きっと大忙しのはずだ。親戚はいるから、そういうのも含めて。それに、以外にもあいつは律儀だから、挨拶まわりなんかもきっちりとしていくはずだ。

それなのに、遅くまでつき合わせていては。


メールが終わると、何故か高ぶっていた気持ちはいきなり落ち着いた。
眠気はとくにない。
これが単に夜遅くなら、まだ何かしようという気にもなったが、今は朝方。
これから行動するなら、出来れば一眠りしたいところだ。それでも眠気は来ない。
枕もとに投げ捨てていた携帯を手にとって、ぼんやりと光るディスプレイに目を向けた。
なんの面白みもない、風景画の待ち受けが現れる。
季節を関係としない、夕焼けの写真。
綺麗だったからといってあいつから送られてきたから、いつの間にか気に入ってしまい、待ち受けにしていた。

青に墨を落とし、地平線に消えていく太陽。
赤色と紫色のバランスは絶妙で、自然の壮大さを感じられる。
よくこんな写真が取れたものだ。

あまり放置しては画面は黒く消えてしまう。
特にやることもなかったけれど、ただ指の動くままにメールの受信ボックスを開いてみた。

長々と連なるのは、ついさっきまでメールしていたあいつの名前。30分と前の話じゃない。
メールの保護機能を使ったのは、たった一回だけだし、ボックスごとにメールを分別したり、そんなことはしたことがない。

別にしなくても、メールはほとんどあいつからの、完全に消えてしまうことなんて、絶対にない。
気恥ずかしくも思う。



「馬鹿は僕だな…。」



冷えた空気を震わしてみても、返答なんてあるはずもない。
この部屋には僕しかいないのだから。
隣に行けば姉さんもいるし、対面の部屋には両親もいる。
階下に行けばメイドもいるが、今はきっと僕の大好きな人一人しかいないだろう。

何か理由をつけて降りてみようか?

いや、きっと邪魔になる。
彼女は邪険にはしないだろうけれど、朝から忙しいのは間違いない。
いつの間にか携帯の光は消えていた、ぼんやりとしていた時間は数分とないけれど、携帯の機能はあんまりいじったことがないから、すぐに消えてしまう。今度姉さんに相談してみよう、あの人はこういうものの飲み込みが早いから。


布団から抜け出してみた。
今まで頭部しか触れていなかった空気が全身に刺さり、寒さを助長する。
冷え切った床は素足で触れると痛みを感じるほどに冷たい、板までもこんなに冷えるなんて、雪でも降ってるんじゃないか、とまで勘繰ってしまう。
カーテンを開ければ、雪の有無もわかるだろう。

そっと足を踏み出し、窓辺に寄ろうとしたその時、ぶぶぶ、と携帯が鳴り始めた。
こんな時間になるはずもなく、僕は驚いて息を呑んだ。
携帯はベッドの上に放置していたから、背後にある。
振り返って、ランプの色をみて驚いた、電話がかかっているのだ。
さすがに誰からかは分からないけれど、こんな時間にかけてくるとはいい度胸だ。
寝ていなかったからよかったものの、寝ていればきっと次の朝日は拝ませなかった。
足音を忍ばせて携帯により、閉じた携帯を開く。

不機嫌になりかけていた心が、ぱっと変わる、現金な自分が恥ずかしくなるくらい。
ディスプレイには、あいつの名前が出ているから。

急いで通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。



「もしもし…?」

『リオン?ゴメン、寝てた?』

「いや、起きていた…だがスタン、お前は何をしているんだ、こんな時間に…僕は寝ろといったはずだろう?」

『うん、そうなんだけどさ。布団入って、目ぇ閉じてても、どうしても眠れないんだよ。』

「…。」

『ね、リオン、カーテン開けてみて?きっとびっくりするよ。』

「え?あ、あぁ。」



聞きなれた柔らかな声に心が氷解していく、まったく馬鹿らしいとは思うけれど。
喜んでいる。
促されるままに先ほどまで行きかけた窓のほうへ、携帯を持っていない反対の右手でカーテンを掴み、さっと引いた。

そこには二重の驚きが待っていた。



朝日がじんわりと立ち込める中、ちらちらと粉雪が待っている。
僕の予想は当たっていたらしい。風もなく、ただ落ちるだけの白い粒。


そして、眩い程の金色。
いてもたってもいられなくて、僕は窓を開け放つ。



「ば、馬鹿かお前は!!そんなところで何をしている!?」

「わ、リオン!しっ!ダメだよ、そんな大声だしたら…。」

「っ…。」



スタンの言うことはもっともだった。
こんな朝から騒ぎ立てるとは、僕らしくも無い。
それでも驚いた。スタンが、何故か僕の家の前に立っている。



「それで…何でここにいるんだ?」

「初詣、しようと思って。」

「…はぁ?」

「だって、昼間に行ったら人が多いだろ?リオン、人ごみ嫌いだと思ったから。」



嫌いは嫌いだが、初詣とはそもそもそんな早くから行くものではない。


それでも、その気遣いは嬉かった。本当に、調子が狂うほど―――。





「…少し待っていろ、すぐに着替えてくるから。」




飛び出して行きたかったけれど、こんな格好でうろうろするなど、プライドがずたずたになるのは目に見えている。
せめて人前に出ても恥ずかしくない格好をしなければ。
窓を閉めて、寝巻きのボタンに手をかける。
脱ぐ作業はとてもまどろっこしかったが、慌ててしまえば上手く外れないものだった。
慎重に、それでも手早くボタンを外して、着替えを急ぐ。
かけてあったシャツは当然のように冷たくて、冷え切った部屋の中で着替えをするのはなかなか致命的だったけど、あいつが外で待っていると思うと、そんなことまで考えていられなかった。
ジーンズに履き替え、靴下を履き、携帯をポケットにねじ込む。
コートを手にかけ、マフラーを掴むと、まだ寝ている家族に心配をかけないよう、そろそろと部屋を抜け出した。

階下は人の気配がする、やっぱりもうマリアンは何らかの準備に追われているのだろう。
静かに階段を下りると、やっぱり、出くわしてしまった。




「あら…エミリオ、早いわね…?」

「うん、少し、出かけてくる。」

「こんな朝早くに?」

「スタンが来てるんだ、初詣に。」

「まぁ、せっかちさんですね、気をつけて行ってらっしゃいな?」

「うん。」




にこやかに微笑み見送るマリアンに背を向けると、玄関まで早足で行き、靴に足を入れる。

冷たい。

とん、と靴を鳴らして、はやる気持ちを押さえながら玄関のドアを開いた。
門の正面で、金髪がふらふらと揺れている。
柔らかく波打つそれは、間違いなくスタンのものだろう。



「スタン!」

「あ、リオン。もっとゆっくりでもよかったのに。」

「こんな寒い中で待たせてるんだ、僕だってそれくらいの気遣いはする。」

「…へへ、ありがとう。」

「礼を言われるようなことはしていない。」



無邪気に笑む姿に、つられて表情は崩れる。
すっと差し出された手も、普段ならば気になるところだったけど、今日は誰もいないから。
抵抗もなく添わせて、きゅ、と力を入れた。
幼児体温、と呟けば、手を繋ぐから暖めておいたんだ、と返答。
反対のポケットから、カイロが出てくる。



「こういう時には知恵が働くんだな、お前も。」

「リオンのためだからね。」



くすぐったくなるような台詞。溶けてしまいそうなほど甘い笑顔。
嬉しくて、仕方ないから勢いよく手を引いた。
鐘鳴りな心臓も、走り出せばきっと納まると思ったから。



「わ、リオンっ!」

「早く行くぞっ、寒いのは嫌なんだ!」

「うん、急ごっか!」



追随する笑みがあまりにも愛しくて幸せだったから、自然と笑顔が浮かんでしまう。

繋いだ手もそのままに、朝日に向けて駆け出した。






END















あとがき
スタンもリオンもお互いが大好きだとめっちゃめっちゃ可愛い、お互いのためならえんやこら状態だと嬉しい。
きっとこの後お家に帰ったら、ヒューゴパパがわんわん泣きながらエミリオを迎えてくれるのだよ。
そんな微笑ましい一年の始まりとかだといいと思った。