「別に、今となっては過去に過ぎねぇ。」


「…アンタそれ、お姫様が聞いたら号泣しそう。」


「オレの代わりにオレのレプリカがあいつの傍にはいる。」


「…はぁ。」


「あいつも、オレなんかに気を使ってても仕方ないだろう。」





と、そう簡単に貴方は言い切ってしまうけれど。
殊の外寂寥を感じさせる言葉に、だけど呆れて何も言えなくなってしまう。







埋めて固めて






だるい。
一向に慣れることもない痛み、しかしまとわりつく空気は段々と慣れてきてしまっている。
ベッドの上に投げ出した体はほとんど裸と言ってもいい。
一応形ばかりシャツはまとっているけれど、意味は成していない。

何故?
聞くまでもない、ついさっきまでアッシュに貪られていたと言えば理解してもらえるだろうか?


  あぁだるい。
ぐで、と投げ出した体は膝を曲げる程度の動きしか取れない。
終わるなりアッシュはシャワーでも浴びに行ったのか部屋にはいなかった。



アッシュの部屋。
初めて抱かれた日からすでに三日。
顔を合わせればどちらともなく口喧嘩が始まり、何故かアッシュの気に触れ、強引に押し倒される。



物静かとは縁遠い存在だとは思っていたが、こんなにも激情家だったとは聞いていない。
むしろ淡白なほうだと思っていたのに。
会えば挨拶に始まり押し倒されて終わりとはどういうことか、そして結局一日動けず、仕事は溜まる一方。
六神将のいるフロアには滅多なことで兵は来ないけれど、一日のほとんどを他人の部屋で過ごしているとはどういうことか。
バレることはないとは思う、しかしバレたら怖いなとも思う。
シンクの素性を知っている神託兵士はいないと言い切れる、だからこそ仮面をつけるし、なるべく接触もしたくない。
それは素性を知っている六神将には関係ないが、自ら接触を持ちたいと思うことはなかった。
なのにこんなに強引に、それも何も知らない僕に。
バレでもしたらシンクも含め、アッシュだって面倒になることは目に見えているのに。

溜息をついて見ても現状が変わるわけでもない。

結局のところ、僕は特に成長していなかった。
何をされているのか、漠然とはわかっても詳しいことは何もわからない。
あくまで興味の範囲で、知っておきたいとは思っていた。
何をされるにしても心構えはほしい、アッシュはそれでなくても強引で心の準備なんてくれないのだから。

しかし、調べには行かなかった。

体の無理は承知しているが、面倒なだけで動かせないかと言われれば否。
こんな形でも格闘家だ、体を動かすことが仕事。
だから図書室に行って文献を読むくらい、問題なかったはずなのに。
行けなかったと言うよりは行かなかった。
何故かはシンク自身分からなかった、調べものなら図書室が最適なことを誰より知っているはずなのに。




「起きてるのか、前二日はぐったりだったくせに。」

「…アンタはそういう…もっとこう、優しいこと言おうって気にはなんないわけ?」

「欲しいならくれてやるが?」

「…いらない、吐き気がしそう。」




考えに没頭しているうちに、アッシュは帰ってきていた。
服は適当。見てわかるくらい。
無造作に拭かれただけの髪は、最近いつ見ても落ちている。
変に立てているより、シンクはこっちのほうが好きだと思う。
もちろん、そんな気持ちの悪いこと、わざわざ口にしてやりたくもないが。
ついでに言えば、アッシュに優しい言葉をもらうというのも気持ち悪いのでぜひやめていただきたい。

たった三日前までほとんど顔を合わせなかったのに、今となっては一日のほとんどを二人で過ごす。
ずっとありえないと思っていたことなのに、当然のように馴染み始めている自分が嫌だった。
もちろん、この関係が好ましいとは言えない。
突然仮面を剥がれ、襲われ。
昨日はその前日の比ではなかった、乱暴さというより、その回数。
今日も今日とて、すでに二度も入れられた。
昨日は四回はしたので、今日はさらにひどいと思っていいかもしれない。
さすがに溜息が出そうだった。


終わってすぐは、だるさのあまり何もしない。
アッシュはあれだけのことをしておきながらまったく堪えていないらしく、終わるなりさっさと仕事を始める。
初めこそ気に障ったが、今はそれを気にする体力もなかった。
微力なスプリングの利いたベッドで寝返りを打ち、仕事に没頭するアッシュの横顔を見つめる。

ぼぅ、と見つめていても飽きない顔。

こう考えるのはイヤなことこの上なかったが、実際秀麗な部類なのだろう。
シンクは自分の顔が大嫌いだから、顔を褒められても嬉しくはないけど。

アッシュなんて嫌いだ。
乱暴だし、自分勝手だし、不躾だし、人のことをお前呼ばわりするし。
ホントに貴族の出か?と聞きたくなることもたくさんある。

それでも貴族だ、と言われればそんな気がしないでもない。
雰囲気というかなんというか。




「…アンタさ、貴族に見えたり見えなかったり、よく分かんないよね。」




特に何か意味を込めたわけでもない、思ったことを思ったまま。
アッシュはぴたりと動きを止めるなり、横目をシンクのほうにやる。




「どういう意味だ。」

「いや、なんとなく。」

「…はぁ?」

「貴族って言われたらあぁ、って思うのに、普段の態度じゃ全然そうは思えないなーって。」

「…今は貴族じゃねぇ。」

「そんなの知ってる。」




緑の目が鋭く細められた。
また怒らせてしまったらしい。
これはまずいな、と思ったときにはもう遅い。
がたん、と椅子を鳴らして立ち上がるなり、アッシュは無表情でベッドの方へと向かってきた。
シンクと言えば、そうなることは予想していたので、ただアッシュの来る様を眺めていることしか出来なかったのだが。




「お前の減らず口は直らないのか?」

「直るようならこんなことにはなってないでしょ。」

「あぁそうだったな。」





アッシュの口端がつりあがる。
そういえば、仮面のほうも最近全然つけていない。





























「…で?これ、何?」

「見りゃわかるだろうが、縛ってんだよ。」

「…何で僕が縛られてんの?」

「さっき引っ掻かれたからな、その防止だ。」

「それくらい我慢したらいいだろ!」

「お前が抵抗しないほうが楽だ。」



手が動かない。
首の後ろでカーテンの止め布を巻かれてしまって、動かせない。
最低だ、この鬼畜。
何をされるのかと思って黙ってたら、まさか縛られるとは思わなかった。
ほとんど纏ってもいないに等しいシャツをはぎ取られたかと思えば、ベッドの上に仰向けに転がされる。
シンクが今の今まで纏っていたシャツと、アッシュの羽織っていた教団服の上着が床の上に無造作に転がされる。




「抵抗するなっていうほうが無理だと…っぁ…。」

「黙ってねぇと口も縛るぞ。」

「…どう黙ってろっていうのさ。」

「減らず口だけ言わなきゃいいんだ。」



何を簡単に。
ひねられて縛られているせいか、必要最低限身を捩ろうにも痛い。
もちろん、関節を外せばこの程度の拘束逃げ出せないわけでもなかったが、やらなかった。
気まぐれだ、どうせ。
アッシュの指は、舌は、容赦なく肌の上を滑りまわり、すぐに体は熱を持つ。
第七音素で作られているのに、体の精巧さには溜息しか出ない。
そこまで完璧に人間にする必要はなかったのに、いやむしろ、してほしくなどなかった。



「っは…んん…。」



声は出したくない。
回数は重ねても、これだけは慣れなかった。
アッシュも口を出すなと言ったわけだし、唇を噛み締めて声は堪える。



「ぁっ…はぁ…ぅ…。」



さっきされたばかりだから、体は余計なほど敏感で。
触れれば触れるだけ熱くて、一向に冷めなくて。



「いった…ぁっ…!」
「――っ我慢してろ…!」



やっぱり直前で後ろを向かされて、何が何だかわからないうちに打ち込まれる。
慣れたとはいっても痛いものは痛くて、悲鳴が上がる。
それにしても、さっきにも増して乱暴だった。



「アッシュ…っ!痛い…!!」



こんな悲鳴を上げられる立場でないのはわかっていても、声は出てしまった。
もっと酷くされる、そんな予感がして唇をまた噛み締めても、衝撃はなかった。
動きが止まっている。



「…アッシュ?」

「…悪いな、歯止めが利かねぇ。」





珍しく素直だった。





「体、回していいか?」

「…いつも勝手にしてんじゃん。」

「聞いてるんだ。」



頷いた。
おかしい、別に顔が見たいわけでもないのに。
さっきはもっと乱暴に回されたのに、今は驚くほどゆっくり。
さっき慣らされた分も相まっているのか、思いのほかスムーズに動く。
正面を向いたかと思えば、今度は抱きしめられる。
変なやつ。
そうとしか思えなかった。
さすがに腰にきたんだろうか?




「…アッシュ…?」

「…。」


「ねぇ、アッシュ…?」


「うるさい、ちょっと黙ってろ…。」



そう言われては口を開くこともできない。
腕も取られているから、ホントに何にもできない。



「…お前、何で抵抗しねぇんだ。」

「アンタがさせてくれないんでしょ、腕だって縛られてんのに…。」





「なら解いたら逃げるのか?」





言葉に詰まった。
縛られたのは今が初めてで、そう、今までは。

逃げようと思えば逃げれたはずだった。

初めは怖かった。
体が動かなかった。

だけど二回目は?



「ふ、ふざけるな…!アンタ何が言いたいんだよ!!」



また、得体の知れないものが胸の内を占めていく。
何。
知らない、こんな。

何も聞きたくない。



「…別に、何も言いやしねぇよ。」



少し、体が離れる。
する、と紐がとける。
束縛が解ける。
首の後ろに回っていた腕を正面に回される。

手のひらは、アッシュの胸板に当てられる。



「してみたらどうだよ、それくらい出来るんだろ。」



「な…!」


顔を見やっても、表情からは何も読み取れない。
何が言いたいのか理解もできない。
ついた手が、震える。



「押しのけねぇとこのままする。」



こんな脅迫じみたことを、何を求められているのか理解が出来ない。



「されんのが嫌なら、そう言え。」

「…。」



「お前は知らねぇんだろうが、こういうのはそうそう適当な人間としてもいいもんじゃねぇんだ。」




理不尽だ、そんなの。







抜ける力を込めて。
こんな胸、貫けてしまえとばかりに。


叫ぶ。



































「…っかしいなぁ…僕、嫌だって叫んだよね?」

「あぁ、言ったな。」

「めちゃくちゃ押しのけたよね?」

「あぁ、微妙に譜術混ぜてな。おかげで出血がとまんねぇ。」

「手当もしないでアンタは…!!馬鹿じゃないの!?」




結論から言えば、シンクの切実な願いは一切叶えられなかった。
あらん限りの声で叫び、譜力を付与させた手のひらで押しのけても、アッシュは全く動かなかったのである。
思えば、その行動が逆に逆鱗だったのかもしれないが、今のシンクはそれどころではなかった。
譜力は見事にアッシュの胸板にへこみを植え付けたのに、彼はまったく動じない。
譜力を付与させたのはシンクの思うところではなく、つい。
白い胸板からだらだらと血が流れているにもかかわらず、結局そのまま押し返され、抵抗空しく食いつくされた。


が、かすり傷程度とはいえない大怪我は確実にアッシュの気力を奪い、終わるなり倒れこんだ。
力の限り抵抗し、結局かなわなかったシンクはその時点で体力の限界だったにも関わらずアッシュはこの様。
いやがおうにも放っておくわけにはいかないわけで、何故かこうして包帯をぐるぐると巻いている。



「何が抵抗してみろさ!やめる気なんかさらっさらもないくせに、最低なんじゃないの?」

「途中でやめる阿呆がいるか、遊び心だ。」


ホントに最低だ。
縛り終えた包帯の上からばし、と傷口をたたいてやれば、小さくうめき声が上がる。

ザマミロ。
口に出せば間違いなく酷い目に合うので心で呟く。
シーツに散乱した血液のほうもどうにかしなくてはならないだろう。
シンク個人としてはこの上で寝ろとでも言ってやりたいが、そんなこと言えば明日はこの血の海の上に押し倒されることになるだろう。
それは嫌だ。
ただ抵抗する術は会得したので、今までみたくは行かないと思いたいが。

どうもこの目に射られると、体が竦んでしまう。
憎たらしい緑色。
緑は嫌い。




「とにかく、これで少しは大人しくしてたら?術にもなってなかったとはいえ、譜力ぶつけられてんだから。」


「この程度で動けない俺じゃねぇ。使い物になんねぇだろうが。」


「はぁ…アンタ馬鹿じゃないの?」


「お前も相当だとは思うが?」

「…っるさいなぁ、アンタもよっぽど減らず口じゃないか。」




自分よりもよっぽど。
性格も悪いし口も悪い、態度も悪いし頭まで悪い…顔まで悪く言うのはやめてやろう。
こんなやつ大嫌いだ、こんなやつ。




「いい?とにかく安静にしてなよ?」




シンクだって暇ではない。
やらなければいけない仕事は山積みだし、それもほとんど片付いてない。
それどころか体調も最悪で、ヴァン達が帰って来ること思えばかなり憂鬱だというのに。
そうとなれば、こんなところに用はない。
治療のために腰かけていたベッドから立ち上がれば、仮面を探して部屋の真ん中を陣取る机のほうへ。
たいがい取られたらここに投げてある、今日も例に漏れずそうだった。
手にとってつけようとした瞬間、




「っわ、…アッシュ?何してんの?」

「…別に。」




刺されたかと思ってしまうような、変な衝撃。
抱きつかれている。
これほど不思議な光景があるものだろうか?
手に持っていた仮面がまた机の上に落ちる、からん、からん。
動くなと言った傍から、こいつは。
…様子が、おかしい?




「黙ってたらわかんないだろ…何か言いなよ。」

「…行くのか?」

「…は?」




そのつもりで仮面を持っていたんだけど。
そう思って口を開こうとすれば、いつもの乱暴ぶりで振り向かされる。
けどそれだけでは終わらなかった。




「ちょ、何っ…んん…!?」




ぐ、と顔が近づいたかと思えば、唇が触れる。
あぁ、あれだ。
何かの本で読んだ、これ。
触れたと思った唇は、すぐに離れる。

口付けの意味、よくは知らないけど。
何に対してするのかは、わかっているつもりだった。
だけど、どうして、アッシュが?

熱い。



「…顔、赤い。」

「ば、馬鹿言うな!いきなり何するんだよ!」






「…さぁ…何でだろうな…。」






「ふざけんな…!!」















「したかったから、じゃダメか?」















しれ、とした顔でなんて言うことを。
意味が分からない。
どう、気持ちを測れと?




「顔、洗ってくる。」

「…。」




呆然と、まったく変哲のないアッシュの顔を見つめ、そこでようやく体が離れる。
今は自由な手で口元を押さえれば、言うなりアッシュは洗面所のほうへと踵を返した。
扉が閉まる音がして、力が抜ける。
熱は一向に抜けない。
溜息も、止まる姿勢はまったくない。
床に座り込む。


僕に、どうしろと?



膝を抱えて考えてみたけれど、どうしたらいいのかなんて全然わからない。

頬の熱も、当分は抜けそうになかった。



END





あとがき
やっぱり書いちゃったよアシュシン続編あわわ。
アッシュに鬼畜キングになっていただきたいのに、全然そんな風になっていただけません。
あれ?何で?
鬼畜眼鏡野郎はうまく鬼畜っぷりしてくれるのになぁ。
これでもアシュシンは純愛志向です、はい。
え?よくねぇ?
いちゃいちゃバカップルしてればよいと思う。