それは常々気まぐれで、尊大で。
何の気なしに手を伸ばしては、勝手に連れ去ってしまう暴君。
自分勝手で猪突猛進、そんな君が。






Tyrant





ある日忽然と消えてしまったのは、ほんの数日も経たない、本当に数秒前まで脳裏に描けていた赤い糸。
腰にまで届くその長い髪は、本人もよく気に入っていたと覚えている。
きめ細やかで、光沢もある暖かな質感。風が吹き抜ければ滑らかに背を揺れていく、心地のいい色合い。
無邪気に揺れる髪に子供っぽさを感じては、皆一様に可愛がって。
それは確かに無邪気なものだからこそ悪意もなく、だから誰も責めることは出来なくて。


どんな自らの無礼も、彼の成すことでは無意味だった。


世界の中心は、紛れもなく彼だったのだから。
誰かが叱ってやれれば、きっと彼はこんなにも尊大にはならなかっただろう。
今更悔いても仕方のないことだけれど、悔やまずにはいられない。
剣の鍛錬で体は強くなったけれど、その背中はまだまだ小さく見えるから。



あぁ、なんて小さな暴君。



あまりにも尊大で、無慈悲でありながら、それは悪意なく振り下ろされる鉄槌。
まるで好奇心に駆られ、抵抗出来ない虫の羽を、一枚一枚折る子供のような。




組み敷き、見下ろすときに背中からさらさらと流れてくる、まるで濡れたような焔。
触れれば熱そうなのに、焦らすように皮膚を流れる毛先は決して熱くない。
本来ならば射貫くような緑の光も、じゃれつくような色ばかりでいて、まるでそれは子犬のような。
そうでいながら、何故君はこんなにも暴君でいられるのだろう。


あまりにも自分勝手で、生意気で。我が強くて、意地っ張り。


何度、殺してやりたいとさえ思ったか、あまりにも辛辣な君の言葉のせいで。
今度こそ、今度こそと思うたびに増える憎悪も、今となっては欠片ともない。

君が暴君でなくなったのは何時からだろう?決別のように髪を失ったあの日から?


あぁ、変わってしまった。









ふと、くすぐったさに目を開ける。

鼻の先を、細く赤い髪が抜けていった。
触れるか触れないかの距離を保ち、一定の速さで肌をかけていく。
視界の端には地面にまで下がる長い赤い糸があって、それとともにこれは夢なのだと自覚した。

自分の知る主人は、もはやこのような長髪を持ち合わせていない。

これが夢ならば、この主人が自分を起こす目的など一つだろう。
彼は退屈している、彼を取り巻く全ての環境、日常に。
飽き果て、その飽きに疲れていた。

どんな玩具も、飽き易い主の心を長くは射止めていない。
ようやく趣味にまでこぎつけた剣術さえも、師範がいなければ触れていることさえ出来ないのだから。
今の君ならば、無邪気に憎んでいられる。
だからこの赤い長い髪が好きだった、憎らしさで気が触れてしまいそうなほど。暴虐の限りで踏みにじられればられるほど、彼の隅から隅まで嫌いになれそうだったから。


頬のあたりを楽しげに、さも愉快げに流れていく髪は鬱陶しさよりも、焦らされる不愉快さのほうが大きい。
これが常の合図であるから、本来ならば狸寝入りなどどかましている場合ではないのだけれど。
薄く開けた視界の先で、意地悪な笑顔を浮かべた暴君は、にぃ、と口の端を上げた。
くすぐったさなど無視して寝入ってしまえばよかった、きっとこれから酷いことをされるのだ、この暴君は。いや、仕える者ならば寝入りなどせず、気配で飛び起きていればよかったのだろうか?
力任せに引かれる腕、不当なほどの扱いにまた増長する憎しみ。
おくびにも出さず口端を上げれば、つられて主人は暴虐なまでの笑みを浮かべた。
強引に起こされたせいか、それとも時節を選ばない主人のせいか、腰が痛い。


露出した首筋に、噛み付くような勢いで唇が触れる。
突き飛ばしてやりたい衝動は笑顔と嬌声で押さえ込む。
がつ、と痛々しい音を立てて歯が肌に立った。
乱暴な愛撫には慣れていたけれど、さすがに顔をしかめる。


「…ってぇ…おいおいルーク、いくらなんでも噛むなよ。」

「いいだろ、こういうキスマークだって。」
「痛いのはごめんだよ…。」


なんて屈辱的な。


この視界では見えないけれど、頬を伝う生暖かい流動と、鉄錆の臭いからして、割と深い傷口が出来たのは明確だった。


じんじん、と疼く傷が。


あぁ、憎らしいほどの痛みが。




「どうせ感じてるくせに。」




選択肢さえ奪う暴君。
乱暴な振る舞いが憎らしくて、無邪気さに見え隠れする欲情が、愛しい。
傷口の上をざらりとした生暖かいものが抜けていく、溢れる血液をすべて舐めとり、余すことなく吸い取るように。
無慈悲な愛撫にさえ確かに高ぶっていく、不甲斐なさ。
まだ目は開けない、どうせこんな狸寝入りなど、すぐに暴かれてしまうのだから。


「ガイ、起きてんのわかってんだぞ、いつまで寝たふりかましてんの?」

「はいはい、っと…だったら少しは丁寧に起こしてほしいもんですね。」


初めて、ゆるりと瞳を開く。

視界の端々には光沢のある長い赤。
背後には空がある。
鮮烈な赤と空は混ざり合うこともなく、悠然とそこにある。


なんて自由な。


場すらもわきまえない主人は、そうそうに胸元のボタンに手をかけている。
ここが外だということに自覚はあるかもしれないが、ここは彼の屋敷であり、そんな行為を見咎めようという人間はいないだろう。

そもそも、一応は死角である。
首筋がまた温かな口腔に含まれる、ざらざらとした質感が肌を滑る。
慈しむようでいて荒々しいその愛撫には、当然愛しみがあるわけではない。
もしも感じるならば錯覚には過ぎない、暴君の前では等しく皆、玩具にしか過ぎないのだから。
復讐を誓った身としては、不名誉極まりないのだが。


「っ…く…。」

「声、気にしてんの?この時間ならペールも来ねぇよ。」

「白昼堂々色事に取り組めるほど、度胸のある人間じゃないんだよ。」

「あ、そ。」


どうやらこの返答は不満だったらしい。

つついてはいけない場所をつついてしまったらしく、主人は唐突にボタンを弾き飛ばしてしまった。
悠長に構えていられるのは、肝が据わったからだろうか。


「今日は思いっきり嬲ってやる。」

「今日?いつものことじゃないか。」

「減らず口。」

「申し訳ございませんね、ご主人様。」


そよそよと風に靡く赤い髪が憎らしくて仕方がない、いつか目の前で、こそぎ落としてやりたいくらいに。
もしこの復讐が身を結び、彼の首を刎ねることになるのなら。


この髪を切り落とすことで、命だけは助けてやってもいい。


自分を満たせるほど、暴虐に生きていけるのならば。









いつしか彼の髪を切り落とす、それだけに焦がれる日が続いていたのに、それはあまりにも突然終わりを告げた。
拍子抜けするほどの唐突さに、薄ら虚無のようなものを感じたことさえ覚えているから。

自ら髪を切り落とし、傲慢な過去を捨てた主人が。

あっさりとその瞬間を目にしたとき、しかし意外なほど落ち着いていたことも。

意外なほど自然に微笑めたことも。

君を彩る悪魔のような赤い髪は消え失せてしまったのに。
何故だろう?ここにあった確かな憎しみは、一体どこへ消えてしまったんだろう?






あぁ、そうか。
これが君の、最後の暴虐。
だからいつまでも君は暴君。



君が主である限り。







END

















あとがき

まとまりなく、かつ、意味不明なものの代表作ですね、これは!!
アビスです、ガイルクが書きたかった。
ルークは断髪前は絶対ドSだったと思う。
んで、愛憎だなんだを書いてみたかったのです、ルクはなんだかんだでガイ様がお好きなのです。
対してガイ様はルクが嫌いで嫌いで仕方が無いんだけど、段々とその酷い扱いをするのが子供っぽさ故と気付くわけなのです。
んで、そんな可愛い彼がいつの間にか好きになっちゃったり。

あぁあ自分でわけわかんなくなってきた、アビスやろうアビス。